井戸の上屋が、国の文化財に登録された理由

建築面積はわずか八・一平方メートル。壁を持たず、四本の柱と桟瓦葺の切妻屋根があるだけの小さな建物が、千葉県習志野市津田沼の住宅地に建っている。井戸の上に架けられた上屋、いわゆる井戸上屋である。この控えめな構築物が国の登録有形文化財となっており、その判断の背景をたどると、日本が建築遺産をどのように守ろうとしているかが見えてくる。

この建物は昭和十年(一九三五年)ごろ、雑穀問屋を営んでいた廣瀬家の屋敷の一部として建てられた。倉庫の北端部の西方に、東西棟で建つ。桁行三・三五メートル、梁間二・四三メートルという小ぶりな規模で、構造は木造、屋根は桟瓦葺の切妻造、四周を吹き放ちとする。

注目したいのは柱の立て方である。四本の柱は垂直ではなく、上に向かってわずかに内側へ傾けて建てられている。内転びと呼ばれる手法で、井戸の上屋という日常の構築物に、本来は格式ある建築で用いられる技法が取り入れられている。

「登録」と「指定」のちがい

日本では歴史的建造物を二つの制度で保護しており、この建物を理解するうえでその区別が欠かせない。一方は指定の制度で、重要文化財や、その頂点に位置する国宝を生み出す。指定は厳選された少数の建造物に対し、強い規制と手厚い保護を行うものである。

廣瀬家住宅井戸上屋が属するのは、もう一方の登録の制度である。平成八年(一九九六年)に導入されたこの仕組みは、別の課題に応えるために設けられた。近代以降、多種多様な建造物が、社会的な評価を受けないまま失われつつあった。登録制度は届出と指導・助言を基本とする緩やかな保護措置で、従来の指定制度を補完する役割をになう。指定が拾いきれない、身近で大量の建造物を後世に継ぐことを目指したものである。

井戸上屋が登録されたのは平成十五年(二〇〇三年)七月一日、登録番号は12-0054、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」であった。登録は単独ではなかった。同じ夏、廣瀬家の四棟、すなわち主屋・蔵・倉庫・井戸上屋がまとめて登録されている。習志野市にとっては市内三件目、住居としては初めての登録であった。

小さな上屋に宿る、確かな手仕事

井戸上屋のおもしろさは、ひとつの対比にある。家庭が水を清潔に保つために設ける実用の構築物でありながら、より格式の高い仕事に通じる技法でつくられている点だ。内側へ傾けた柱がその好例である。同じわずかな内転びは、寺院の門の柱や塔の各層にも見られ、安定した印象を与えるとともに、外へ広がろうとする力に抗う働きをもつ。四周吹き放ちの井戸上屋にそれが用いられていることは、規模の大小にかかわらず伝統的な大工仕事の作法が職人の手に行き渡っていたことを示す、ささやかな証左といえる。

建物は、これを建てた一族を知ると、いっそう腑に落ちる。屋敷の主屋を手がけたのは廣瀬弥兵衛で、現在の市川市にある法華経寺の仁王門を建てた名大工として知られ、廣瀬家の先祖にあたる。その主屋は明治末期に現在地へ移築された。これらの建物を今日見る形にそろえたのは、慶応元年(一八六五年)に生まれた廣瀬秋之助である。秋之助は雑穀問屋を営むかたわら、津田沼町会議員、名誉助役、千葉郡会議員、漁業組合長などを歴任した地域の名士であった。

立地もこの場所の性格を形づくっている。屋敷は、かつての海岸線と旧の上総街道との間に位置する。雑穀問屋にとっては、海にも街道にも近いこの位置こそが望ましかった。主屋、蔵、倉庫、そして井戸上屋という一群の屋敷構えが、おおむね手つかずのまま残されていること。登録が認めているのは、単独の記念碑的建築ではなく、こうした商家の屋敷の全体像である。

訪問を考える方への注意を一点。廣瀬家住宅は個人の住居であり、一般には公開されていない。井戸上屋は、門前に立つよりも、記録や写真を通じて味わうのが現実的である。

津田沼・習志野をめぐる

井戸上屋をきっかけに習志野へ足を運ぶなら、周辺には一日を費やすに値する場所がいくつもあり、実際に見学できる施設も多い。JR総武線が通り、京成線へも徒歩圏の津田沼駅が、めぐる際の起点として便利である。

実際に建物の中へ入れる民家を求めるなら、旧大沢家住宅が地域随一の見どころである。寛文四年(一六六四年)の建築で、東日本に現存する最古級の民家のひとつとされ、復元・移築のうえ公開されている。実籾本郷公園にある旧鴇田家住宅も、もう一棟の茅葺民家として歩いて見学できる。

自然に親しみたい方には谷津干潟がよい。市街地に囲まれながら、渡り鳥にとって重要な干潟としてラムサール条約に登録されており、津田沼駅からバスで自然観察センターへ行ける。その隣の谷津バラ園では、約八百種・七千五百株のバラが植えられ、晩春と秋に見ごろを迎える。

Q&A

Q井戸上屋を間近で見学できますか。
Aいいえ。廣瀬家住宅は個人の住居であり、一般には公開されていません。近隣で歴史的な民家を歩いて見学したい場合は、習志野市内の旧大沢家住宅や旧鴇田家住宅が公開されています。
Qなぜ井戸の小さな上屋が文化財として保護されるのですか。
A平成八年に始まった登録制度は、格式ある建物だけでなく、身近な近代の建造物を守るために設けられました。この井戸上屋は、おおむね一体で残る四棟の商家屋敷の一部として登録され、周囲の歴史的景観に寄与しています。
Q「登録」と「指定」はどう違うのですか。
A重要文化財や国宝を生む指定は、厳選された少数の建造物に強い規制と保護を及ぼします。登録は、より広い範囲の建物を対象とする緩やかな制度で、届出と指導を基本とします。廣瀬家住宅井戸上屋は登録の文化財です。
Q「内転び」とは何ですか。
A柱を垂直ではなく、上に向かってわずかに内側へ傾けて建てる技法です。安定した印象を与え、外へ広がる力に抗う働きをもちます。寺院の門や塔に見られる手法で、ここでは小さな井戸上屋に用いられています。
Q井戸上屋はいつ建てられたのですか。
A昭和十年(一九三五年)ごろ、昭和の初めに建てられました。同じ屋敷の主屋はそれより古く、明治末期に現在地へ移築されています。

基本情報

名称廣瀬家住宅井戸上屋(ひろせけじゅうたくいどうわや)
所在地千葉県習志野市津田沼六丁目五番十一号
区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成十五年(二〇〇三年)七月一日登録(七月十七日告示)/登録番号12-0054
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数一棟
建築年代昭和十年(一九三五年)ごろ
構造及び形式木造、瓦葺、建築面積八・一平方メートル/桁行三・三五メートル、梁間二・四三メートル/切妻造、桟瓦葺、四周吹き放ち
公開状況個人の住居につき、一般公開はされていない

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース(廣瀬家住宅井戸上屋)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003392
文化遺産オンライン 廣瀬家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/194389
習志野市 登録有形文化財 廣瀬家住宅(シティセールスサイト)
https://www.city.narashino.lg.jp/citysales/shizen/walk/sansaku/h16/sansaku068.html
千葉県 廣瀬家住宅主屋ほか
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/q111-015.html

最終更新日: 2026.06.20