加藤家住宅主屋(市川市本行徳)とは

加藤家住宅主屋は、千葉県市川市本行徳の旧行徳街道沿いにある明治後期の近代和風住宅で、平成22年(2010年)4月28日に登録有形文化財となった。行徳の有力な塩問屋だった加藤家の住まいで、木造平屋建、寄棟造の桟瓦葺、建築面積は123平方メートルある。

規模は桁行12メートル、梁間7.3メートル。旧行徳街道に東面して建ち、街道に対して正面を大きく見せる構えをとる。

起りの玄関と銅板葺の出格子

加藤家住宅主屋の正面は、中央に玄関を張り出し、その屋根を緩やかに起った(むくった)切妻屋根とする。起りは屋根の面を上へふくらませる曲線で、寺社の屋根に多い反りとは逆向きの、柔らかい丸みを生む。玄関の両脇には銅板葺の屋根をのせた出格子が付き、左右がそろった端正な正面になっている。

玄関の屋根については、資料の記述に違いがある。文化庁のデータベースと千葉県教育委員会は「緩やかに起る切妻屋根」とし、市川市は「唐破風造りの玄関」と紹介する。この記事は文化庁の記述に従った。唐破風は破風板の中央が弓なりに持ち上がり両端が反り返る形で、屋根の面全体がふくらむ起りとは見え方が違う。現地では破風の輪郭に注目すると、どちらに近いかが分かる。

上質な室内と登録の理由

加藤家住宅主屋の内部は部屋が細かく分けられ、銘木を使い、模様ガラスをはめた戸を用いるなど、手の込んだ造作になっている。文化庁はこれを上質な近代和風住宅と評価し、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で、登録番号12-0147として登録した。

市川市は、玄関の造りや銅板葺の庇、模様ガラス戸を挙げ、塩問屋として力のあった家の贅と趣味がよく表れた住まいとしている。江戸時代以来の塩の町で、明治の終わりに問屋がどんな家を建てたかを伝える1棟である。

加藤家住宅主屋の見学

加藤家住宅主屋は個人の住宅で、内部の公開は行われていない(市川市・千葉県の案内に公開情報なし、令和8年(2026年)9月確認)。銘木や模様ガラス戸は外からは見えず、見学できるのは街道に面した正面の外観に限られる。

玄関屋根の曲線は、真正面よりも少し斜めから見たほうが読み取りやすい。道の向かい側に立つと、加藤家住宅主屋の正面と、それに並ぶ煉瓦塀を一つの視野に収められる。

Q&A

Q市川市本行徳の加藤家住宅主屋はいつ建てられたのですか?
A明治後期です。文化庁のデータベースは年を特定せず、明治後期としています。
Q加藤家住宅主屋(市川市)はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A起りの玄関と銅板葺の出格子を備えた正面や、銘木と模様ガラス戸を使った室内をもつ上質な近代和風住宅として、歴史的景観への寄与が評価されました。平成22年(2010年)4月28日の登録です。
Q加藤家住宅主屋(市川市)の中は見学できますか?
Aできません。個人の住宅で、公開の案内はありません。旧行徳街道から正面の外観を見られます。
Q加藤家住宅主屋(市川市)の玄関は唐破風ですか?
A文化庁と千葉県は緩やかに起る切妻屋根の玄関と記し、市川市は唐破風造りと紹介しています。この記事は文化庁の記述に従っています。
Q加藤家住宅主屋(市川市)の大きさはどのくらいですか?
A桁行12メートル、梁間7.3メートルの木造平屋建で、建築面積は123平方メートルです。

基本情報

名称加藤家住宅主屋
所在地千葉県市川市本行徳6-1
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号12-0147
指定年平成22年(2010年)4月28日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、桟瓦葺、桁行12メートル、梁間7.3メートル、建築面積123平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(旧行徳街道から外観のみ)

参考文献

国指定文化財等データベース 加藤家住宅主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008097
文化遺産オンライン 加藤家住宅主屋(文化庁)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/178115
加藤家住宅主屋ほか(千葉県教育委員会)
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/q111-008.html
国登録有形文化財(市川市)
https://www.city.ichikawa.lg.jp/page/4202.html

最終更新日: 2026.09.29