能島城跡 ― 瀬戸内海に浮かぶ「日本最大の海賊」の海城

愛媛県今治市の沖、しまなみ海道の中ほどに浮かぶ小さな無人島・能島。周囲わずか720メートルほどのこの島と、その南に寄り添う鯛崎島の二島の全体が、かつてひとつの城でした。能島城跡は、日本でも数少ない「海城(うみじろ)」の遺跡であり、戦国時代に瀬戸内海を支配した能島村上海賊の本拠です。ポルトガル人宣教師ルイス・フロイスが「日本最大の海賊」と書き記した一族が暮らした島は、今もその姿をほぼそのまま保ち、訪れる人を中世の海の世界へと誘います。

本丸・二の丸・三の丸、出丸、そして岩礁に残された四百を超える柱穴。これほどの規模をもち、しかも往時の状態がよく残る海城は、日本でこの能島だけといってよく、まさに唯一無二の文化遺産です。

潮の流れがつくる天然の要害

能島は、伯方島と大島にはさまれた宮窪瀬戸の中央付近、鵜島の南西に浮かんでいます。この一帯は瀬戸内海でも屈指の難所として知られ、潮の干満のたびに最大10ノット(時速約18キロメートル)にも達する激流と渦が走ります。能島と鵜島が川幅をせばめるように向かい合っているため、潮はさらに速く、複雑にうねります。

能島村上氏はこの厳しい海をむしろ味方につけました。平時には水先案内人として航行する船を安全に導き、その対価として帆別銭(通行料)を徴収する「海の関所」を営み、戦時には急流が外敵の侵入を阻む天然の堀の役割を果たしたのです。

能島村上海賊と城の歴史

地元の伝承によれば、能島城は応永26年(1419年)、伊予水軍の祖とされる村上義弘の後裔、村上義顕によって築かれたと伝えられます。以後この島は、芸予諸島を本拠とした三家の村上海賊(能島・来島・因島)のうち、もっとも独立性の高かった能島村上氏の居城となりました。

戦国期には村上武吉(1533〜1604年)と、その息子の元吉・景親の時代に最盛期を迎えます。彼らは毛利氏や河野氏といった大名と時に手を結び、時に距離を取りながら、独自の海上勢力を保ちました。芸予諸島を中心に、西は北部九州から東は塩飽諸島に至る広大な海域に「過所旗(かしょき)」と呼ばれる通行許可の旗を発給し、瀬戸内海の海上交通秩序を実質的に担った存在です。

その独立性に終止符を打ったのは、天正16年(1588年)に豊臣秀吉が出した海賊停止令でした。通行料の徴収など独自の海上活動が禁じられ、能島城は廃城となり、村上氏は近世大名の家臣団へと吸収されていきます。江戸時代以降は無人島となったため、城の遺構は荒らされることなく現代まで残ることになりました。

なぜ国指定史跡に選ばれたのか

能島城跡は昭和28年(1953年)に国の史跡に指定されました。村上海賊の海城としては、唯一の国指定史跡となります。指定の理由として注目されるのは、まず、自然の地形と潮流そのものを防御施設として組み込んだ「海城」という、中世日本でも非常に稀な城郭形式が良好に残っていることです。本丸・二の丸・三の丸といった平場の構造、北東に張り出す矢櫃、南の目一つの鼻、そして対岸の鯛崎出丸まで、全島が立体的に城として機能していたことが今も読み取れます。

さらに、能島の南岸を中心に、岩礁の上にうがたれた数百もの円形の柱穴(ピット)の群れがあります。これは桟橋や防材を立てるための柱跡と考えられ、四百個を超える数で確認されています。船を係留し、外敵の接近を阻む海上の構造物の痕跡が、これほど明瞭に残る城跡は他に例がありません。今治市教育委員会が継続している発掘調査では、二の丸だけでも掘立柱建物跡が9棟確認され、生活用の陶磁器なども多数出土しており、ここが単なる物見の城ではなく、実際の居住の場であったことが裏付けられています。

能島城は瀬戸内海国立公園の特別地域内にも位置し、自然と歴史の両面で保護されています。平成29年(2017年)には続日本100名城(178番)に選定され、平成28年(2016年)には村上海賊の物語が日本遺産にも認定されました。

島で出会える見どころ

上陸ツアーに参加すると、まず島の南端の埋立地に着岸します。ここは荷揚げや漁具の手入れ、軍事演習などに使われたと考えられている平坦地で、足元の発掘調査からは石列や多数の柱穴が見つかっています。そこから島の中心へと上り、三段に削平された三の丸を経て、九棟もの掘立柱建物跡が確認された二の丸、そして島で最も高い場所に置かれた本丸へと至ります。

本丸からは、北東の矢櫃、南の目一つの鼻、そしてすぐ目の前に浮かぶ鯛崎出丸を一望でき、島全体が城として一体的に機能していた様子を実感できます。岩礁にうがたれたピットの群れは、潮が引いた時間帯にこそはっきりと見え、まるで石の地図のように当時の桟橋の規模を伝えてくれます。

かつて島を覆っていたソメイヨシノは、平成30年(2018年)の西日本豪雨や令和元年(2019年)の台風による土砂災害を機に、令和4年(2022年)に遺構保護のため大部分が伐採されました。現在は曲輪や城の構造そのものが視覚的に把握しやすくなっており、城跡としての魅力はかえって増したともいわれています。

アクセスと拝観のご案内

能島は無人島であり、激しい潮流に囲まれているため、上陸できるのは公式の「能島城跡上陸&潮流クルーズ」に参加する場合に限られます。発着場所は、大島の今治市村上海賊ミュージアム正面にある「能島水軍」乗り場(愛媛県今治市宮窪町宮窪1293-2)です。運航は基本的に土曜・日曜・祝日のみで、9:45/11:45/13:45の1日3便、所要時間は約75分です。事前予約が必須で、天候や海況によっては中止または上陸なしの潮流クルーズのみとなる場合があります。

上陸できない場合でも、村上海賊ミュージアム3階の展望室や、車で約13分のカレイ山展望公園からは、能島と渦巻く潮流を見下ろすことができます。

車でのアクセスは、本州方面からは西瀬戸自動車道(しまなみ海道)大島北ICから約3キロメートル・5分、四国方面からは大島南ICから約10キロメートル・15分です。公共交通機関では、しまなみライナーで「大島BS」または今治駅から路線バスで「石文化公園」へ向かい、大島島内の路線バスに乗り換えて「村上水軍博物館」(村上海賊ミュージアム前)で下車します。

周辺のおすすめ

まず立ち寄りたいのは、すぐ目の前にある今治市村上海賊ミュージアムです。能島城出土の遺物や復元模型、火薬を用いた海戦の展示など、能島村上氏の世界を多角的に学べる施設で、ミュージアムからは正面に能島を望むことができます。乗り場併設の「能島水軍」では、瀬戸内の海の幸を生簀から味わえます。

もう少し足を延ばせば、大三島には「日本総鎮守」として古来より海の武人たちの信仰を集めた大山祇神社があり、能島村上氏の連歌が奉納されたことでも知られます。また、しまなみ海道のサイクリングルートは尾道と今治を結ぶ世界的に有名なコースで、能島周辺の島々を自転車で巡るのも、この地ならではの楽しみ方です。

Q&A

Q能島城跡には平日でも上陸できますか。
A能島城跡上陸&潮流クルーズは、原則として土曜・日曜・祝日の運航です。1日3便(9:45・11:45・13:45)で所要約75分。10名以上での貸切などを除き、平日の運航は基本的にありません。事前予約が必須です。
Q能島城は他の城とどう違うのですか。
A能島城は、島全体が要塞化された中世の「海城」で、村上海賊の城として唯一の国指定史跡です。江戸時代以降は無人島であったため、本丸・二の丸・三の丸といった曲輪や、岩礁に残る数百の柱穴の遺構が極めて良好な状態で残っています。
Q島ではどのような場所を見学できますか。
Aガイド付きツアーでは、本丸・二の丸・三の丸の各曲輪、岩礁に並ぶピット(柱穴)、対岸の鯛崎出丸を望むビューポイントなどを見学します。船からは島周辺の急流も体験できます。
Q村上海賊は本当に「海賊」だったのですか。
A現代の歴史学では、彼らを単なる略奪者ではなく、海上交通の安全を保障する「海の警察」「水先案内人」「海運業者」としての性格が強かったと評価しています。茶や香、連歌をたしなむ文化人としての一面も知られています。
Q島内に売店やトイレはありますか。
A能島は無人島で、トイレ・売店などの設備はありません。乗船前に村上海賊ミュージアム前の施設で済ませるのが安心です。歩きやすい靴と気候に応じた服装で参加しましょう。

基本情報

名称 能島城跡(のしまじょうあと)
所在地 愛媛県今治市宮窪町
指定区分 国指定史跡(昭和28年・1953年指定)
その他の認定 続日本100名城 第178番(平成29年)/日本遺産「村上海賊」構成文化財(平成28年)/瀬戸内海国立公園特別地域
築城・廃城 応永26年(1419年)築城と伝承/天正16年(1588年)廃城
築城者 村上義顕(伝承による)
構成 能島(周囲約720m)・鯛崎島の二島/本丸・二の丸・三の丸・矢櫃・目一つの鼻・鯛崎出丸/岩礁の柱穴(ピット)400以上
アクセス しまなみ海道・大島北ICから約3km、大島南ICから約10km。今治市村上海賊ミュージアム前「能島水軍」乗り場より上陸クルーズ(要事前予約)
運航時間 土・日・祝の9:45/11:45/13:45の3便(約75分・運航日や時間は変更の場合あり)

参考文献

文化遺産オンライン 能島城跡
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/191872
日本遺産ポータルサイト(文化庁) 能島城跡
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/2501/
株式会社瀬戸内しまなみリーディング 国指定史跡 能島城跡 能島上陸&潮流クルーズ
https://s-leading.co.jp/kanko_noshima
公益社団法人 今治地方観光協会 能島城跡
https://www.oideya.gr.jp/spot-c/noshima/
愛媛県公式観光サイト「いよ観ネット」 能島城跡
https://www.iyokannet.jp/spot/211
Wikipedia 能島
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%BD%E5%B3%B6

最終更新日: 2026.04.27