佐々木酒造主屋 ― 旧街道に残る、明治の造り酒屋の佇まい
愛媛県の中央、松山平野の南にひろがる山あいの里に、ひときわ趣ある町家が静かに建っています。砥部町総津に建つ「佐々木酒造主屋(ささきしゅぞうおもや)」は、明治41年(1908年)頃に建てられた登録有形文化財です。旧広田村の中心集落・総津を南北に貫く旧街道に東面して建ち、明治後期の造り酒屋の堂々たる風格をいまに伝えています。砥部焼の里として知られる砥部町ですが、町の南半分を占める広田地域は、いまなお豊かな里山風景と昔ながらの暮らしが残る、知る人ぞ知る歴史の里。佐々木酒造主屋は、その町並みの記憶を支える、かけがえのない存在です。
歴史的背景
佐々木酒造の創業は明治5年(1872年)。日本が大きな近代化の歩みを始めて間もない頃のことです。蔵元は当時の広田村の中心集落であった総津に居を構え、地域の人々の祝い事や四季折々の暮らしに寄り添う地酒を造り続けてきました。総津は南北に旧街道が通る山里であり、商いと農林業、そして地酒づくりが共にゆっくりと根づく、典型的な四国の山村でした。
現在見ることのできる主屋は、創業から30年以上を経た明治41年(1908年)頃に建てられたものです。佐々木家がこの地で確固たる商家として認められた頃の自信と意気込みが、堂々たる主屋の姿に表れています。建物は旧街道の東側に建ち、長い正面を街道に向けて開きます。当時の主屋は、店舗であり、住まいであり、なによりも造り酒屋という地域に根ざした生業の「顔」でした。
総津を含む広田地域は、平成17年(2005年)に旧砥部町と広田村が合併して新しい砥部町となるまで、長らく独立した村として歩みを刻んできました。激動の20世紀を経てもなお、佐々木酒造主屋がこの旧街道沿いに姿を残していること自体が、山あいの小さな共同体が育んできた歴史の厚みを伝えてくれます。
なぜ文化財に指定されたのか
佐々木酒造主屋は、国の登録有形文化財(建造物)に登録されています。登録有形文化財は、地域の歴史的景観を構成する重要な建造物を後世に伝えるために設けられた制度であり、佐々木酒造主屋はいくつかの点でその趣旨にかなった、価値ある建物として評価されています。
まず第一に、明治後期の山間地域に建つ造り酒屋の主屋として、丁寧な造りと意匠の整いが際立っています。明治期の商家建築は都市部に多く残るものの、四国の山あいの集落でこれほど格式ある主屋が良好に伝わる例は決して多くありません。
第二に、店舗と住まいを兼ねた商家としての構成が、よく保たれていることも貴重です。街道に向かう正面の落ち着いた構え、中央に開かれた店舗の入口、その北に配された出格子窓など、明治の商人の家のあり方を読み取ることができます。
そして第三に、総津の歴史的な町並みの一画を形成する、景観上の役割があります。登録有形文化財制度は、個々の建物の価値だけでなく、その建物が地域の風景にもたらす意味も重視します。佐々木酒造主屋は、まさに広田・総津の歴史的雰囲気を今に伝える、町並みの要となる存在です。
建築の見どころ
旧街道に立って見上げるだけでも、佐々木酒造主屋には実に多くの「読みどころ」があります。落ち着いた均衡のなかに、明治の大工が込めた誇りと技がにじみます。
真壁造の端正な外観
外観は、柱を壁の表面に見せた「真壁造(しんかべづくり)」で仕上げられています。壁を塗る際に柱を隠さない真壁は、塗壁の白と木部の濃色が美しく対比し、建物の立面に静かなリズムを与える伝統的な技法です。長い正面の壁にうかぶ柱筋は、見る者の視線を縦に立ち上げ、主屋全体に凛とした品格を与えています。
店舗の入口と出格子窓
東に向く正面の中央には、もとは店舗の入口が開かれています。その北側に、外に少し張り出した「出格子窓(でごうしまど)」が設けられているのが見どころです。出格子窓は、商家建築のなかでも特に愛されてきた意匠で、品物を並べたり、街道を行き交う人々の気配を感じたりするために用いられました。木の格子が織りなす細やかな影は、街道に面した建物の表情をやさしく整えています。
特徴ある「持ち送り板」
佐々木酒造主屋でとくに注目されるのが、1階の庇下に並ぶ「持ち送り板(もちおくりいた)」です。庇を支える小さな飾り板で、繊細な彫りの輪郭が時間とともに陰影を変え、長い軒先に静かなアクセントを与えます。この持ち送り板の意匠こそ、佐々木酒造主屋の最大の見どころとして知られており、明治の大工がこの建物に込めた愛情と技量を、もっとも雄弁に物語る存在です。
訪ねる際に
佐々木酒造主屋は、砥部町総津の旧街道東側に建っています。個人の所有する建物であるため、見学は基本的に建物の前を通る公道からの外観鑑賞となります。静かに足を止め、軒先の持ち送り板を見上げ、出格子窓の格子の細やかさを確かめ、真壁の柱が織りなす立面のリズムを目で追ってみてください。
総津へは、松山市内から車で向かうのが現実的です。国道33号を南下し、砥部町中心部から国道379号を西へと折れて広田地域に入ります。所要時間はおよそ1時間。松山郊外の住宅地を抜けると、やがて山ひだに包まれた里山の風景が広がり、川沿いの集落をいくつも越えて、広田の中心地・総津へと至ります。道のり自体が、山里の旅の趣を味わえる時間となるでしょう。
広田地域は、公共交通の便がたいへん限られています。車を持たない場合は、レンタカーを利用するか、砥部町中心部の観光(砥部焼の窯元巡りなど)と組み合わせた一日プランを丁寧に立てておくのが安心です。少し手間をかけてでも訪ねる価値のある、静かで奥深い里がここに広がっています。
周辺のみどころ
佐々木酒造主屋を訪ねる際に、ぜひ立ち寄ってみたい広田・砥部のスポットをご紹介します。
- 仙波渓谷 ― 「伊予十二景」のひとつに数えられる景勝地。春は山椿、初夏は紫陽花、秋は紅葉と、四季ごとに表情を変える清流と甌穴の渓谷美が楽しめます。
- 道の駅 ひろた(峡の館) ― 広田の自然薯(じねんじょ)をはじめ、地元の野菜や山の幸の加工品が並ぶ道の駅。地域の暮らしを身近に感じられます。
- 坂村真民記念館 ― 砥部に縁の深い詩人・坂村真民を顕彰する記念館。素朴な詩世界と山里の風景が響きあう、静謐な空間です。
- 砥部焼の窯元と砥部焼伝統産業会館 ― 砥部町中心部の大南・五本松地区には、200年を超える歴史を持つ砥部焼の窯元が80軒以上集まっています。白磁に呉須の藍が映える名品の数々を、見て、買って、絵付け体験することもできます。
- 愛媛県立とべ動物園 ― 西日本有数の規模を誇る動物園。自然の地形を生かした立体的な展示が魅力で、家族連れにもおすすめです。
Q&A
- 佐々木酒造主屋はいつ建てられたのですか?
- 主屋は明治41年(1908年)頃に建てられたとされています。佐々木家による酒造りそのものは、それ以前の明治5年(1872年)に始まっています。
- どのような文化財に指定されていますか?
- 国の登録有形文化財(建造物)です。地域の歴史的景観を構成する建物を保護する制度のもとで登録されています。
- 建築上の最大の見どころは何ですか?
- 1階庇下に並ぶ「持ち送り板(もちおくりいた)」と呼ばれる飾り板の意匠が、もっとも特徴的とされています。あわせて、中央の店舗入口と、その北に張り出す出格子窓も、商家建築の趣を伝える見どころです。
- 建物の中を見学することはできますか?
- 個人の所有する建物のため、見学は基本的に建物前の公道からの外観鑑賞となります。周辺は静かな住宅街でもあるため、近隣のみなさまへの配慮をもって訪れてください。
- 松山市内からのアクセスは?
- 車での移動が現実的です。松山市中心部から国道33号を南下し、砥部町中心部から国道379号を西へと折れて広田地域に入ります。所要時間はおよそ1時間です。広田地域は公共交通が限られているため、レンタカー等の利用がおすすめです。
基本情報
| 名称 | 佐々木酒造主屋(ささきしゅぞうおもや) |
|---|---|
| 指定区分 | 国 登録有形文化財(建造物) |
| 所在地 | 愛媛県伊予郡砥部町総津785 |
| 建築年代 | 明治41年(1908年)頃 |
| 酒蔵の創業 | 明治5年(1872年) |
| 構造 | 木造2階建、真壁造 |
| 主な特徴 | 中央に店舗入口、北に出格子窓を配置、1階庇下の持ち送り板に意匠 |
| アクセス | 松山市内から国道33号・国道379号経由、車で約1時間 |
参考文献
- 愛媛県の登録有形文化財一覧 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/愛媛県の登録有形文化財一覧
- 佐々木酒造主屋 - 愛媛県教育委員会・愛媛県教育研究センター
- https://ehime-c.esnet.ed.jp/bunkazai/kennobunkazai/tourokubunkazai/touroku-kohyo/sasakishuzouomoya.htm
- 町の概要/砥部町公式ホームページ
- https://www.town.tobe.ehime.jp/soshikikarasagasu/sougou/512.html
- 砥部町 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/砥部町
- 【砥部町広田編】語り継がれる民話 豊かな自然に囲まれた静かな山村 - いよぎん地域経済研究センター
- https://www.iyoirc.jp/post_industrial/post_industrial-3972/
最終更新日: 2026.05.05