浄福寺離れ座敷とは

浄福寺離れ座敷は、福岡県大川市小保の浄福寺で本堂の背後に建つ大正5年(1916年)頃の座敷棟で、令和5年(2023年)に国の登録有形文化財に登録された。

浄福寺離れ座敷は木造平屋建、屋根は入母屋造の桟瓦葺で、建築面積は60㎡。本堂とは廊下でつながっている。大川市によると、寺伝では客僧をもてなす部屋として建てられたという。

文化庁のデータベースには、平成16年(2004年)、平成28年(2016年)、令和3年(2021年)の改修が記録されている。

浄福寺離れ座敷が登録された理由

浄福寺離れ座敷は「造形の規範となっているもの」として登録された。文化庁が評価の中心に置くのは、座敷の床構えである。この床構えは、同じ小保にある旧吉原家住宅のものとよく似た独特の形で、地域の特色を示すと解説されている。

大川市は別の角度から価値を説明する。伝統的な住宅が多く残る小保・榎津でも、大正期に建てられた住宅は少ない。浄福寺離れ座敷は、この地域の大正期の座敷の構成を伝えるものとして貴重だという。

七畳の座敷と床構え

浄福寺離れ座敷は、座敷を続き間に並べ、その周りに廊下を巡らせた平面をもつ。北西の隅には便所の角屋が付く。

見どころは奥の座敷の床構えである。床の間に付書院を備え、隣の床脇を廊下の側へ張り出している。張り出した分だけ畳を1枚増やし、座敷を七畳間としているのがこの建物の工夫である。

文化庁が旧吉原家住宅と似た床構えと記すことから、浄福寺離れ座敷の床まわりは、寺の建物というより小保の町の座敷の作法で造られていることがうかがえる。

浄福寺離れ座敷の見学方法

浄福寺離れ座敷は本堂の背後に建つため、山門の前からは見通しにくい。内部は通常公開されておらず、ガイド付きツアーで見学できるかどうかも公式の案内では確認できなかった(2026年9月確認)。浄福寺離れ座敷の内部を見たい場合は、小保・榎津藩境のまち保存会に事前に相談するのが確実である。

浄福寺は現役の寺院なので、境内の奥へ入る場合は、寺の方の許しを得てからにしたい。撮影の可否についても公式の案内は見つからなかった。境内への行き方は浄福寺(大川市)のページにまとめてある。

Q&A

Q浄福寺離れ座敷はいつ建てられましたか?
A大正5年(1916年)頃です。寺伝では、客僧をもてなす部屋として建てられたといいます。
Q浄福寺離れ座敷の特徴は何ですか?
A付書院のある床構えで、床脇を廊下側に張り出して畳を1枚増やし、座敷を七畳間にしている点です。文化庁は旧吉原家住宅と似た独特の床構えと解説しています。
Q浄福寺離れ座敷が登録有形文化財になったのはいつですか?
A令和5年(2023年)2月27日に登録されました。登録番号は40-0212で、「造形の規範となっているもの」が登録の基準です。
Q浄福寺離れ座敷はどこにありますか?
A浄福寺の本堂の背後にあり、本堂とは廊下でつながっています。
Q浄福寺離れ座敷の中は見学できますか?
A通常は公開されていません。見学を希望する場合は、小保・榎津藩境のまち保存会に事前に相談してください。

基本情報

名称浄福寺離れ座敷
所在地福岡県大川市大字小保字上町市場40-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和5年(2023年)登録
員数1棟
寸法建築面積60㎡(木造平屋建、瓦葺)
所有者宗教法人浄福寺
公開状況内部は非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)浄福寺離れ座敷
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014548
文化遺産オンライン 浄福寺離れ座敷
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/578282
大川市 浄福寺(登録文化財)
https://www.city.okawa.lg.jp/s065/010/010/020/20230424155255.html
小保・榎津 藩境のまち ガイド付きツアー
https://hanzakai.com/guide-tour/

最終更新日: 2026.09.30