一家に受け継がれた七千八百点余の貨幣

谷家貨幣資料は、日向国延岡藩の豪商であった谷家に伝来した貨幣および貨幣類の集まりで、その数は七千八百七十七点にのぼる。多くの貨幣コレクションが収集家の意図によって一枚ずつ集められるのに対し、この資料群は商家の経済活動のなかで蓄積され、家に残されてきた点に特徴がある。

谷家は屋号を藤屋といい、幕末以降、山海の産物を中心に廻船で上方との交易を積極的に行って財政の基盤を築いた。明治に入ると宮崎県の旧藩貨幣受取方や官金取扱人といった公職も担い、近代には県下屈指の大地主となっている。商いと公務の両面で多額の現金を扱った家であり、その手もとを通り過ぎた貨幣がまとまって残された結果が、この資料群である。

収載される貨幣の年代は七世紀から十九世紀におよぶが、その大半は江戸時代から明治時代にかけてのものである。とりわけ江戸時代後期、文政・天保・万延の各年間に鋳造された貨幣が大量に含まれており、これは延岡における谷家の経済活動の活発さを反映していると考えられている。

登録美術品としての位置づけ

谷家貨幣資料は、国宝や重要文化財とは異なる枠組みで保護されている。平成十年(一九九八年)に制定された美術品の美術館における公開の促進に関する法律にもとづく登録美術品であり、その登録番号は六十七である。この制度は、国宝・重要文化財に相当する価値をもつ美術品を、美術館での公開を条件として国に登録するもので、所有者には税制上の措置などが講じられ、作品は国内にとどまって公開される。

谷家貨幣資料の公開契約館は、福岡県太宰府市の九州国立博物館である。本資料群がこの位置づけを得ているのは、質と量の両面で類例が少ないことによる。江戸時代に発行された基本的な額種がほぼそろい、なかでも文政・天保・万延年間の貨幣が多量に含まれる構成は、一商家の経済活動の実態を具体的に示す資料となっている。江戸から明治にかけての貨幣体系や貨幣流通の状況を知るうえでも、歴史上・学術上の価値が高い。

見どころとなる貨幣

近世以前の貨幣でまず注目されるのは、桃山時代の天正大判である。大判は当時の金貨のなかでも最も格の高いもので、日常の取引よりも進物や高額の蓄財に用いられた。天正大判は現存例が少なく、本資料の一枚は判金の製作が端正で、後藤家五代徳乗の墨書がよく残る。さらに裏面には両替商の墨書が認められ、これは大判が単に蓄えられただけでなく、実際に通用していたことを示す痕跡である。保存状態も良好で、学術的な価値が高い。

小判のなかでは、文政小判百二十七枚、天保小判百十二枚というまとまった点数が残る点が目を引く。小判は江戸時代の取引で用いられた基本的な金貨である。これらは表面に変色がみられる一方、裏面は鋳造当時を思わせるほど良好な状態にあり、長く包み金として保管されていたものと考えられている。

庶民の暮らしを支えた銭貨も豊富である。江戸時代を通じて最も流通した寛永通宝は六千五百枚を超えて残される。あわせて、唐から清までの渡来銭や、日本国内で模造されたとみられる銭も含まれる。子供の玩具などに用いられた絵銭や、秤に使う分銅といった貨幣類もそろう。

資料は明治以降の貨幣にもおよぶ。明治三年(一八七〇年)に明治政府が鋳造した二十円金貨をはじめ、一円銀貨や五十銭銀貨、一銭銅貨などがある。さらに西南戦争の際に薩摩軍が発行した西郷札が二枚含まれており、戦火が延岡周辺にまでおよんだ歴史と、谷家の地域とのつながりをうかがわせる資料となっている。

太宰府で貨幣を見る

九州国立博物館は、太宰府天満宮の背後の丘陵に建つ。平成十七年(二〇〇五年)に開館した、日本で最も新しい国立博物館で、四つの国立博物館のなかで唯一、歴史系博物館として設立された。日本文化の形成をアジアとの交流のなかでとらえることを基本理念としており、谷家貨幣資料も同館の収蔵品として、文化交流展示室で公開される機会がある。

来館にあたって留意したいのは、約七千九百点という点数の多さから、一度に展示されるのはその一部にとどまり、展示される貨幣も入れ替わるという点である。天正大判をはじめとする見どころの貨幣が常に出ているとは限らないため、特定の貨幣を目当てに訪れる場合は、事前に展示情報を確認しておくとよい。観覧は太宰府天満宮や、苔と石庭で知られる光明禅寺、梅ヶ枝餅を売る参道とあわせて楽しめる。

Q&A

Q谷家貨幣資料とはどのようなものですか。
A現在の宮崎県にあたる日向国延岡藩の豪商・谷家に伝来した、七千八百七十七点の貨幣および貨幣類です。金貨の大判・小判から銅の銭貨、渡来銭、明治期の貨幣まで含み、その多くは江戸時代から明治時代のものです。
Qどこで見ることができますか。
A福岡県太宰府市の九州国立博物館です。同館が公開契約館となっています。点数が多いため一度に展示されるのは一部で、貨幣も入れ替わります。訪問前に同館の展示情報を確認してください。
Q最も重要な貨幣はどれですか。
A十六世紀後半の天正大判です。表面に金工後藤徳乗の墨書、裏面に両替商の墨書が残り、保存状態も良好で、学術的な価値が高いとされます。
Qこれは国宝や重要文化財ですか。
A厳密には異なります。平成十年制定の法律にもとづく登録美術品(登録番号六十七)で、美術館での公開を条件に国へ登録された美術品です。これにより資料の保護と公開が確保されています。
Qなぜ西南戦争の紙幣が含まれているのですか。
A含まれる西郷札二枚は、明治十年(一八七七年)の西南戦争の際に薩摩軍が発行した臨時の紙幣です。戦火がおよんだ延岡周辺と谷家との関わりを示すとともに、武家の時代から近代国家へと移る貨幣の姿を補う資料となっています。

基本情報

名称谷家貨幣資料(たにけかへいしりょう)
所在地福岡県太宰府市石坂四丁目七番二号 九州国立博物館
指定区分登録美術品 第六十七号(美術品の美術館における公開の促進に関する法律にもとづく登録)
種別歴史資料
員数七千八百七十七点
時代七世紀~十九世紀(主に江戸時代~明治時代)
公開契約館独立行政法人国立文化財機構 九州国立博物館
公開状況館内の常設展示で随時公開。点数が多く、すべてが同時に展示されるわけではない。観覧前に展示情報の確認を推奨。

参考文献

国指定文化財等データベース(登録美術品)「谷家貨幣資料」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/202/00000067
文化遺産オンライン(文化庁/国立情報学研究所)「谷家貨幣資料」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/277233
文化庁 登録美術品制度の御案内
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bijutsukan_hakubutsukan/torokubijutsuseido/
九州国立博物館 公式サイト
https://www.kyuhaku.jp/

最終更新日: 2026.06.14