海を渡ってきた11世紀・遼の石造仏教モニュメント

九州国立博物館の4階文化交流展示室、その一画にひっそりとそびえる高さ5.5メートルの巨大な石柱――それが重要文化財「多宝千仏石幢(たほうせんぶつせきとう)」です。如来・菩薩・比丘・飛天・伽陵頻伽(かりょうびんが)といった仏教世界の住人たちの姿が、八角の石面いっぱいに彫り込まれ、その間を梵字(サンスクリット悉曇文字)で書かれた真言・陀羅尼の銘文が流れるように刻まれています。1084年、中国北方を支配した契丹(きったん)族の王朝・遼(りょう)の時代に造られたこの石幢は、海を渡って日本へ伝えられ、いまは大陸と日本をつなぐ古都・大宰府の地で静かに来館者を迎えています。

「石幢」とは何か

「幢(どう)」とは、もともと仏堂の内外を荘厳する旗・幡(はた)のことを指します。これを石で造ったものが「石幢」で、中国では隋代(6〜7世紀)ごろから盛んに制作されました。本来は布の旗だったものを、永遠に風化しない石に置き換え、その表面に経文や陀羅尼を刻み込むことで、仏の教えを末永く衆生に届けようとした祈りの建造物です。本石幢は、この種の石造遺品の中でも世界的に屈指の優品であり、銘文によって制作年と発願者が明確にわかる希少な作例です。

総高は554センチメートル、総重量はおよそ3.5トン。八角形を基本とした細長い柱状の建造物で、屋蓋部(おくがいぶ)・軸部(じくぶ)・基壇部(きだんぶ)の三部からなり、全体で10個の部材が積み上げられています。一面一面が、職人の手によって、千年近い時を超える「石の説法」へと彫り上げられているのです。

契丹族の信仰から日本の博物館へ

遼(916〜1125年)は、モンゴル系の遊牧民族・契丹族が中国北方・現在の内モンゴルから東北部にかけて打ち立てた大帝国です。草原の出身ながら、遼の王朝は熱心な仏教の保護者であり、寺院・仏塔・仏像彫刻の造営を国家規模で支えていました。多宝千仏石幢が造られたのは、まさにそうした遼仏教美術の黄金期。幢身に刻まれた中国年号「大康10年」――西暦1084年にあたります。

三王朝の銘を持つ重層的な歴史

このように細長く立ち上がる石造建築物は、長い年月のあいだに地震や風雨で倒壊することが少なくありません。本石幢もその例外ではなく、よく観察すると各部材の石質はそろっておらず、部材同士の継ぎ目の凹凸も完全には一致していません。実際、石幢には三つの異なる年代を示す銘文が刻まれています――1084年(遼・大康10年)の建立銘、1276年(元・至元13年)の再建にかかわる銘、そして1405年(明・永楽3年)におそらく基壇部の修理に関わる銘です。私たちが目にしている今の姿は、遼・元・明という中国の三王朝にまたがる修理と再建を経た「重層的な姿」であり、それ自体が中国の仏教徒が代々この石幢を大切に守り続けてきた証しでもあります。

海を越えてきた近代の物語

大陸からどのような経緯で日本に渡ったのかは詳らかではありませんが、近代の来歴ははっきりしています。昭和2年(1927)、本石幢は福田政之助氏により恩賜京都博物館(現・京都国立博物館)に寄贈されました。以来、京都国立博物館の構内や本館で長らく展示されてきましたが、平成17年(2005)、九州国立博物館の開館を機に大宰府の地へと移されました。古来より大陸との交流の窓口であった大宰府こそ、この遠来の石幢にとってふさわしい「第二の故郷」と言えるでしょう。

重要文化財に指定された理由

多宝千仏石幢は、昭和10年(1935)5月13日、建造物として国の重要文化財に指定されました。指定理由として特筆されるのは次の点です。第一に、「大康10年(1084)」と発願者を明示する銘文を備えており、遼代の仏教彫刻を年代基準として位置づけるうえで欠かせない「基準作例」であること。第二に、幢身に刻まれた浮彫が、おだやかなモデリングを特徴とする11世紀後半の契丹仏教美術の作風を典型的に示すこと。第三に、かつて中国で多数つくられた石幢のうち、これほど良好な保存状態を保つ作例は本国にもごく少なく、まして海外に伝わった例は極めて稀であること。そして第四に、遼・元・明の三王朝にわたる修理銘を持つことで、それ自体が中国仏教史の生きた史料となっていることです。

日本における国指定の石幢はわずか4基にとどまり、そのうち3基は日本国内で造られたもの。本石幢は、その中で唯一の中国製の作例であり、わが国の文化財リストに国際的な広がりをもたらしている存在でもあります。

見どころ

遠目には堂々たる暗色の八角柱――しかし近づけば近づくほど、石幢は無数の細部を語りはじめます。ぜひ時間をかけて、ゆっくりと一周しながらご覧ください。

三部・十部材の塔状構成

石幢は、上から順に「屋蓋部」「軸部」「基壇部」という三つの大きな構造に分かれています。最上部の屋蓋部は宝頂と屋根付き八角宝形造で、ちいさな仏堂が宙に浮いているかのよう。中央の軸部は、中台(ちゅうだい)を挟んで大小2段の幢身からなり、その下に基壇部として、蓮台3段と束(つか)2段が互い違いに積み重ねられた五段積みが据えられます。すべての段が八角形を基調としており、仏教における「八方」の宇宙観をかたちにしています。

無数の仏たちと梵字の経文

大小の幢身には、仏龕(ぶつがん)に収められた如来坐像、立像の比丘、空を舞う飛天、楽器を奏で舞う歌舞・音声菩薩、そして仏教世界で「最も美しい声で鳴く」とされる伝説の半人半鳥・伽陵頻伽など、多彩な尊像が彫り出されています。その間を梵字で刻まれた真言や陀羅尼が縦に流れ、石幢全体がひとつの巨大なマンダラのよう。彫り方も「浅肉浮き彫り」と「高肉浮き彫り」の両方が併用されており、時代によって異なる作風が混在していることが見て取れます。

九人の僧が結縁した祈りのモニュメント

幢身に刻まれた銘文には、「廣法院(こうほういん)大衆九名」という結縁願主(けちえんがんしゅ)の名が記されています。すなわち、本石幢は皇帝の発願による国家的モニュメントではなく、廣法院という寺院に属する九人の僧たちが共同で出資して造立した、コミュニティの信仰の結晶なのです。千年近く前、北方の仏教徒たちが共に手を合わせた祈りが、いまも石のなかに息づいています。

建物免震+床免震という万全の保護

地震大国・日本でこの貴重な石造遺品を未来へ伝えるため、九州国立博物館は建物自体の免震に加え、本石幢専用の床免震構造を独自に設けています。展示位置の周囲には結界がもうけられ、来館者が安全に間近で観覧できる工夫がなされています。

観覧のご案内

多宝千仏石幢は、九州国立博物館4階・文化交流展示室(基本展示室)に常設展示されており、入口エリアから比較的近い位置に据えられています。八角形のすべての面を見ていただくため、ぜひゆっくりと周囲を一周しながらご覧ください。

開館時間とアクセス

九州国立博物館は火曜日から日曜日まで開館し、開館時間は9時30分から17時(入館は16時30分まで)。金曜日・土曜日は夜間開館の時期もありますが、実施状況は変更される場合がありますので、訪問前に公式サイトをご確認ください。休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)です。福岡市内からは西鉄電車で太宰府駅まで約40分、太宰府天満宮の境内を抜けて動く歩道(アクセストンネル)を進むと博物館入口に到着します。

周辺の見どころ

博物館が立つ丘陵のすぐ麓には、学問の神様として知られる菅原道真公を祀る太宰府天満宮があります。徒歩圏内には、枯山水庭園で名高い禅寺・光明禅寺、698年鋳造の梵鐘で知られる古刹・観世音寺、そして古代大宰府政庁跡である都府楼(とふろう)跡が点在しており、いずれも徒歩や短いバス移動でめぐることができます。九州国立博物館・大宰府天満宮・観世音寺・大宰府政庁跡を一筋に結ぶこのエリアは、千年以上にわたる日本・朝鮮半島・中国の文化交流を体感できる、まさに「アジアとの交差点」です。

Q&A

Q多宝千仏石幢は日本で造られたのですか?
Aいいえ、中国・遼(契丹族の王朝)の時代、1084年に北方中国で造られた石造仏教モニュメントです。後に日本へもたらされ、1927年に京都の博物館へ寄贈、2005年に九州国立博物館へ移されました。
Q「石幢」とは何ですか?
A仏堂を荘厳する「幢(はた・幡)」を石で造ったもので、中国で隋代以降に発展した仏教建造物です。表面に経文や陀羅尼を刻んで、仏法を永く後世に伝える働きを担います。
Q写真撮影はできますか?
A九州国立博物館の文化交流展示室は、基本的に多くの作品でフラッシュなしの写真撮影が可能ですが、作品や時期によってルールが変わる場合があります。掲示や係員の案内に従ってください。
Qなぜ三つの異なる中国王朝の銘文が刻まれているのですか?
A本国・中国において、長い年月のあいだに何度も修理・再建が行われたためです。1084年(遼)が建立時、1276年(元)が再建時、1405年(明)はおそらく基壇部の修補時の銘文と考えられており、それぞれの時代の中国仏教徒がこの石幢を大切に守り伝えてきたことを示しています。
Q地震が多い日本で大丈夫なのですか?
A九州国立博物館の建物自体が免震構造を備えているうえに、本石幢のためにさらに専用の床免震装置が追加で設置されています。3.5トンに及ぶ重量の石造遺品を、最大限の安全性で展示できるよう設計されています。

基本情報

名称 多宝千仏石幢(たほうせんぶつせきとう)
指定区分 重要文化財(建造物)
指定年月日 昭和10年(1935)5月13日
制作年代 中国・遼・大康10年(1084)/元・至元13年(1276)・明・永楽3年(1405)の修理銘あり
制作地 中国(遼王朝)
品質形状 石製、八角形、10部材構成
法量 総高554.0cm/総重量約3.5トン
所在地 福岡県太宰府市石坂四丁目7番2号 九州国立博物館内
所有者 独立行政法人国立文化財機構
展示場所 九州国立博物館 4階 文化交流展示室(基本展示室)
お問い合わせ 九州国立博物館 TEL:092-918-2807

参考文献

九州国立博物館 収蔵品ギャラリー|重要文化財 多宝千仏石幢
https://collection.kyuhaku.jp/gallery/3579.html
e国宝(独立行政法人国立文化財機構)|多宝千仏石幢
https://emuseum.nich.go.jp/detail?content_base_id=100018
文化遺産オンライン|多宝千仏石幢
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189633
福岡県の文化財データベース|多宝千仏石幢
https://www.fukuoka-bunkazai.jp/frmDetail.aspx?db=1&id=156
九州国立博物館(公式サイト)
https://www.kyuhaku.jp/

最終更新日: 2026.05.13