湯蓋の森と衣掛の森 宇美八幡宮の二株の大クス

どちらも一株のクスノキである。それでいて名に「森」を負う。実際に幹の前に立てば理由はすぐにわかる。幹まわりは大人が何人も手をつないでようやく届くほどで、枝葉の広がりは一本で小さな林ほどの空間を占める。福岡県糟屋郡宇美町、宇美八幡宮の境内に並び立つこの二株は、大正11年(1922年)3月8日に国の天然記念物に指定された。

樹種はクスノキ(Cinnamomum camphora)。暖かい西日本を代表する常緑樹で、社寺の境内にひときわ古い大木が残ることが多い。湯蓋の森は社殿に向かって右手、衣掛の森は左手にあり、本殿は二本の生きた巨木にはさまれるように鎮座している。

「産み」の地に立つ社

木の意味を知るには、まず場所を知るとよい。宇美八幡宮の祭神は神功皇后と、その御子である応神天皇。母子の神としてともに祀られる。『古事記』『日本書紀』によれば、神功皇后は朝鮮半島への遠征から帰還したのち、この地で応神天皇を出産したという。一帯の古い地名は蚊田(かだ)で、のちに「産み」にちなんで宇美と称されるようになったと伝わる。

この由緒から、宇美八幡宮は安産と子育ての信仰を集める社となり、その役割は今も変わらない。妊娠中の人やその家族が各地から参拝に訪れ、境内には子安の石や産湯の水など、出産にまつわる場所が点在している。

二株のクスも、この伝承のなかに位置づけられている。元禄2年(1689年)に成った貝原好古の『八幡本紀』には、皇后が産屋のかたわらのクスの下で応神天皇に産湯を使わせたところ、枝葉が湯の上を蓋のように覆ったとあり、後世これを湯蓋の森と名づけたと記す。産衣を掛けた木が衣掛の森とされる。名はそのまま、伝承の一場面と木とを結びつけている。

指定の理由

1922年の指定は、名木・巨樹・老樹や社叢を対象とする基準による。保護の理由は明快で、これほどの大きさと樹齢を備えたクスが、移植や孤立ではなく本来の神域にそのまま生き続けている、という点にある。

指定を支えた当時の調査記録『天然紀念物調査報告(植物之部)第二輯』は、寸法を当時の単位で書き留めている。玉垣外の地面から五尺(約1.5メートル)の高さで測った幹まわりは、いずれも五丈五尺、およそ16.7メートルに及ぶ。同じ報告は、湯蓋の森について「老樹なるが為主幹は頗る朽損せり」と記し、老いによって主幹がかなり傷んでいる状態をありのままに伝えている。百年前すでに、生きた古木として扱われていたことがうかがえる。

幹まわりの数値は出典によって幅がある。これだけの古木では、どの位置でどう測るかによって値が動くためで、現在は湯蓋の森を約15.7メートル、衣掛の森を約20メートルとする記載が多く、樹高はともに約20メートルとされる。樹齢は推定で、千年を超えるとする案内が多い一方、宇美八幡宮や宇美町は二千年以上とみている。正確なところは誰にもわからない。その不確かさ自体が、木の下に立ったときの感慨につながっている。

見どころ

二本は、それぞれ違った見方を誘う。右手の湯蓋の森は枝ぶりがおおらかで、幹から上へ外へと腕を広げるような姿をしている。下部の幹には洞や風化した木肌が目立つが、これは1922年の調査が記した朽損の名残であり、いまは欠点というより見どころになっている。

左手の衣掛の森は、より迫力がある。根元は大きな板根とこぶ状の襞に分かれ、一本の幹というより、いくつもの幹が癒着したかのような塊として立つ。人の少ない朝に訪ねると、おおらかな湯蓋と、力をためたような衣掛、二株の性格の違いがよくわかる。

足元だけでなく、上も見上げたい。クスの葉はもむと独特の薬のような香りを放つ。天然樟脳の原料となる成分で、暖かい日には木のまわりの空気にかすかにその香が混じる。境内にはクスが三十本以上あり、二株の天然記念物はその大家族の長老にあたる。そのうちの一本、蚊田の森は福岡県の天然記念物に指定されている。

周辺の楽しみ

宇美八幡宮は宇美町の中心部にあり、ほかの立ち寄り先と組み合わせやすい。境内の南側には宇美町立歴史民俗資料館があり、徒歩圏内で、神社と二株の木を地域の歴史のなかに位置づけて見ることができる。町の北には四王寺山がそびえ、県民の森として遊歩道や福岡平野を見渡す眺望が整えられている。

境内は自由に入ることができ、二株のクスはいつでも見られる。安産を祈る家族連れに人気の場所のため、週末や縁起のよい日はにぎわう。静かに向き合いたいなら、平日の午前が落ち着いている。

電車ではJR香椎線の宇美駅から徒歩約9分、約750メートル。車では九州自動車道の太宰府インターチェンジから約6.5キロメートル、または須恵スマートインターチェンジから約3キロメートルで、駐車場がある。天満宮で知られる太宰府も車ですぐの距離にあり、あわせて訪ねやすい。

Q&A

Q湯蓋の森と衣掛の森は、本当に別々の木ですか。
Aはい。それぞれ一株のクスノキを指す名です。一本でも小さな林のように大きいため「森」と呼ばれます。湯蓋の森が社殿の右手、衣掛の森が左手にあります。
Q樹齢はどのくらいですか。
A推定値です。千年以上とする資料が多い一方、宇美八幡宮や宇美町はともに二千年以上とみています。生きた木では正確な数字を確かめる方法がありません。
Q名前の由来は何ですか。
A伝承では、応神天皇の産湯の上を木の枝葉が蓋のように覆ったことから「湯蓋」、産衣を掛けた木から「衣掛」と名づけられたとされます。
Q自由に見学できますか。拝観料は必要ですか。
A境内は自由に入れ、二株ともいつでも見られます。拝観料はかかりません。安産祈願の参拝者でにぎわい、週末や縁起のよい日は特に人が多くなります。
Qどうやって行けばよいですか。
AJR香椎線の宇美駅から徒歩約9分です。車では九州自動車道の太宰府インターチェンジから約6.5キロメートルで、駐車場があります。

基本情報

名称湯蓋の森(クス)衣掛の森(クス)
所在地福岡県糟屋郡宇美町宇美 宇美八幡宮
樹種クスノキ(Cinnamomum camphora
指定区分国指定天然記念物(大正11年〔1922年〕3月8日指定)
指定基準名木・巨樹・老樹・畸形木、社叢など
おおよその大きさ樹高ともに約20メートル、幹まわり約15.7メートル(湯蓋)・約20メートル(衣掛)
推定樹齢千年以上とされ、地元では二千年以上とも
アクセスJR香椎線・宇美駅から徒歩約9分/九州自動車道・太宰府ICから約6.5キロメートル
公開境内自由・拝観無料、随時見学可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2603
文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/139677
宇美町ホームページ「湯蓋の森」
https://www.town.umi.lg.jp/site/miru/kanko121.html
宇美町ホームページ「衣掛の森」
https://www.town.umi.lg.jp/site/miru/kanko122.html
宇美八幡宮公式ホームページ「宇美八幡宮について」
https://www.umi-hachimangu.or.jp/about/

最終更新日: 2026.05.28