なかむらや旅館本館:飯坂温泉に佇む江戸時代の土蔵造り旅館
奥州三名湯のひとつに数えられる飯坂温泉。その発祥の地・湯沢地区に、白壁の土蔵造りがひときわ目を引く三階建ての旅館があります。なかむらや旅館本館は、江戸時代末期に建てられた木造建築であり、国登録有形文化財に指定された貴重な建物です。百年以上にわたって旅人を迎え続けてきたこの宿では、文化財の中に実際に宿泊するという特別な体験を楽しむことができます。
飯坂温泉は福島市の北西部に位置し、「福島の奥座敷」とも呼ばれる温泉郷です。その歴史は古く、2世紀頃には日本武尊が東征の折に立ち寄ったとも伝えられ、元禄2年(1689年)には俳聖・松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の途中で訪れたとされています。なかむらや旅館が建つ湯沢地区は、そうした歴史の息づく飯坂温泉の中でもとりわけ古い趣を残す一画です。
歴史的背景
なかむらや旅館の歴史は、元禄元年(1688年)に花菱屋が現在の地で創業したことに始まります。花菱屋を営む一族は、明治時代中頃まで18代にわたり土湯温泉で旅籠を営んでいましたが、たび重なる洪水と火災に悩まされ、家運の衰えを懸念して飯坂温泉湯沢地区への移住を決断しました。
明治20年(1887年)に当時の花菱屋を買い受け、明治23年(1890年)に「なかむらや旅館」として創業。以来一世紀以上の歴史を重ね、現在は七代目が経営を受け継いでいます。本館(江戸館)は江戸時代末期(1830〜1867年頃)の建築と伝えられ、創業当初からの施設とされています。
平成23年(2011年)3月の東日本大震災では大規模半壊の被害を受け、七代目当主の阿部寛氏は130年の歴史に幕を下ろすことも覚悟したといいます。しかし最終的に存続を決意。文化財修復免許を持つ専門家の手による4期にわたる修復工事を経て、見事に元の姿を取り戻しました。この復旧の取り組みは高く評価され、平成28年(2016年)に第32回福島県建築文化賞・復興賞を受賞しています。
文化財指定の理由
なかむらや旅館本館は、平成10年(1998年)4月21日に国登録有形文化財(建造物)として登録されました。本館は土蔵造3階建、瓦葺で、建築面積は209平方メートルです。
江戸時代に創業した旅館を現所有者の祖先が買い取り営業を続けたと伝えられるこの建物は、外壁を土蔵造とする堂々たる構えが特徴です。外観には後世の改造が見られるものの、3階部分を1・2階より小さく造ることで安定感を持たせた重厚な姿は独特であり、町中でひときわ目立つ存在として長年親しまれてきました。
また、同時に登録された新館(明治館)は明治29年(1896年)頃の建築で、同じく土蔵造の木造3階建てです。本館とは対照的に全階の平面が同じ大きさで、2・3階が高く開放的な造りとなっており、両棟が並ぶ姿は飯坂温泉の象徴的な景観を形成しています。
建築的見どころと魅力
なかむらや旅館に一歩足を踏み入れると、そこはまさに生きた博物館です。総欅造りの館内には、帳場や土蔵など昔の旅籠を彷彿とさせる空間が広がり、屏風、掛け軸、古時計、囲炉裏など、時代物の調度品がそこかしこに配されています。帳場に置かれた古時計は百年の時を越えて今も動き続けており、まるで明治時代にタイムスリップしたかのような不思議な感覚に包まれます。
江戸館の正面2階外壁には、鏝絵(こてえ)で装飾された「花菱」と「丸に違い鷹の羽」の二つの家紋が並び、建物を大切にしてきた先人たちの想いを今に伝えています。客室の床の間には楓、松、欅をはじめ、随所に自然木が使われ、素朴ながらも味わい深い空間が広がります。
明治館の最上階は特に見事で、唐木・紫檀・黒檀・鉄刀木を駆使した床の間や杉柾目のらん間は、現代では再現不可能な貴重な素材と職人技の結晶です。洗面所に残る可憐な花のガラス絵は、当時最先端であったアールヌーヴォーの影響を感じさせます。階段の縁はすり減って丸みを帯び、人が触れた場所には柔らかな艶が宿り、建物全体が一世紀以上のもてなしの歴史を物語っています。
現在、なかむらや旅館は1日限定5組の宿として営まれており、静かで心のこもったおもてなしを受けることができます。
震災からの復興:地域の絆が紡いだ再生の物語
2011年の復旧は、単なる建物の修復にとどまらず、多くの人々の善意と絆が結実した物語でもあります。被災により廃業を決断した他地域の老舗旅館からは格子の引き戸が託され、顧客からは欅の柱が贈られました。商工会のサポートにより各種助成金の承認を受け、文化財修復の専門家の手で丁寧な修復が施されました。
一部の柱は震災の記録としてあえて着色せずに据えられており、パッチワークのように多くの人々の物と想いで紡がれた建物は、単なる復元を超えた新たな価値を宿しています。
温泉の魅力
なかむらや旅館は自家源泉を有し、湧出温度67℃の豊富な湯量を誇ります。各浴槽には源泉が直接注がれ、浴槽温度は43〜44℃を目安に調整されています。初めはピリッとした刺激があり、その後さっぱりとした爽快感が広がる、源湯ならではの効能高い温泉です。貸切風呂は無料で利用することができ、プライベートな空間で源泉かけ流しの湯を心ゆくまで堪能できます。
アクセス・ご利用案内
なかむらや旅館は、飯坂温泉の歴史ある湯沢地区の中心に位置しています。JR福島駅から福島交通飯坂線(通称「いい電」)に乗車し、約25分で飯坂温泉駅に到着。駅から旅館までは徒歩圏内です。お車の場合は、東北自動車道・福島飯坂インターチェンジから約10分です。
文化財保護のため全館禁煙となっています。江戸館の客室にはトイレが設置されていないため、階段を7段下りた共用トイレをご利用ください。館内全域でWi-Fiが利用可能です。
周辺の見どころ
なかむらや旅館の目の前には、飯坂温泉のシンボルである共同浴場「鯖湖湯」があります。日本最古の木造建築共同浴場として親しまれてきた鯖湖湯は、平成5年(1993年)に明治時代の姿を再現して改築されました。源泉かけ流しのお湯は46〜47℃と熱めですが、地元の方にも観光客にも愛される名湯です。入浴料は大人200円、子ども100円と手軽に利用できます。
鯖湖湯のすぐ近くには旧堀切邸があります。江戸時代から続く豪農・豪商の堀切家の旧邸宅を修復・整備した観光交流施設で、安永4年(1775年)建立の福島県内最大最古の土蔵「十間蔵」をはじめ、歴史的価値の高い建造物群を無料で見学できます。敷地内には足湯やカフェも併設されています。
飯坂温泉には全部で9つの共同浴場があり、湯めぐりを楽しむことができます。そのほか、源義経の忠臣・佐藤継信ゆかりの医王寺、毎年10月に開催される日本三大けんか祭りのひとつ「飯坂けんか祭り」の飯坂八幡神社、春には約80アールの敷地に花桃が咲き誇る「花ももの里」など、見どころが豊富です。
Q&A
- 文化財の建物に実際に宿泊できるのですか?
- はい。なかむらや旅館は国登録有形文化財である江戸館(本館)と明治館(新館)の両棟に実際に宿泊することができます。1日限定5組の宿として、静かで落ち着いた滞在をお楽しみいただけます。
- 東京からのアクセス方法を教えてください。
- 東京駅から東北新幹線で福島駅まで約1時間30分、福島駅から福島交通飯坂線に乗り換えて約25分で飯坂温泉駅に到着します。駅から旅館までは徒歩圏内です。
- 温泉はどのような泉質ですか?
- なかむらや旅館は自家源泉を有しており、湧出温度67℃の豊富な湯量が自慢です。源泉かけ流しで提供され、浴槽温度は43〜44℃を目安としています。貸切風呂は無料でご利用いただけます。
- 目の前にある鯖湖湯とはどんな施設ですか?
- 鯖湖湯は飯坂温泉発祥の湯として知られる共同浴場で、松尾芭蕉も入浴したと伝えられています。明治時代の造りを再現した趣ある建物で、入浴料は大人200円、子ども100円。営業時間は6:00〜22:00です。
- 東日本大震災の影響はまだ残っていますか?
- 震災で大規模半壊の被害を受けましたが、文化財修復の専門家による4期にわたる修復工事を経て、元の姿に復元されています。その復旧は福島県建築文化賞・復興賞を受賞するなど高く評価されており、安心してご宿泊いただけます。
基本情報
| 名称 | なかむらや旅館本館 |
|---|---|
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成10年(1998年)4月21日 |
| 建築年代 | 江戸時代末期(1830〜1867年頃) |
| 構造 | 土蔵造3階建、瓦葺、建築面積209㎡ |
| 所在地 | 〒960-0201 福島県福島市飯坂町字湯沢18 |
| アクセス | 福島交通飯坂線 飯坂温泉駅より徒歩約5分/JR福島駅より飯坂線で約25分 |
| 創業 | 明治23年(1890年)なかむらや旅館として創業/元禄元年(1688年)花菱屋として開業 |
| 公式サイト | https://iizaka-nakamuraya.com |
参考文献
- なかむらや旅館本館 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/137781
- なかむらや旅館新館 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/165822
- なかむらやについて — 飯坂温泉 なかむらや旅館 公式ページ
- https://iizaka-nakamuraya.com/aboutus
- なかむらや旅館 — 福島県商工会連合会イノベーションサポート
- https://www.do-fukushima.or.jp/innovation/nakamurayaryokan.html
- 飯坂温泉 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%AF%E5%9D%82%E6%B8%A9%E6%B3%89
最終更新日: 2026.04.02