姉小路氏城跡——古川盆地を囲む五つの中世山城
令和6年(2024年)2月21日、文化庁は岐阜県飛驒市の山稜に残る五つの城跡を、一つの史跡として国の指定文化財に加えた。古川城跡(標高624m)、小島城跡(同617m)、野口城跡(同558m)、向小島城跡(同646m)、小鷹利城跡(同787m)。総面積はおよそ842,521平方メートルにのぼる。いずれも飛驒国の中心部、古川盆地を取り囲む稜線上に位置し、室町から戦国にかけての約2世紀、飛驒の支配勢力が交替するたびに改修されてきた城跡群である。
一つの城ではなく五つを束ねて指定する例は珍しい。指定にあたっての評価は、それぞれの遺構の質もさることながら、五城が連動して機能した一つの軍事ネットワークであったこと、そしてその縄張りの中に飛驒の支配の変遷が読み取れることに置かれている。
京から来た国司、土着した公家
城を築いたのは、いわゆる戦国武将ではない。藤原北家の血を引く公家、姉小路氏であった。14世紀後葉、朝廷から飛驒国司として派遣された姉小路家綱は、任期を終えて京に戻らずそのまま飛驒に居着いた。同様に任地に土着した国司は全国でも珍しく、伊勢の北畠氏、土佐の一条氏とあわせて「三国司」と呼ばれる。飛驒の郷土史は今もこの呼び方を残している。
15世紀の初めには姉小路氏は古川・小島・向の三家に分かれ、それぞれが盆地の異なる地点に居館と山城を持つようになった。ただし政治的な力は早くから衰えていた。応永18年(1411年)に幕府に対して挙兵した「飛騨の乱」で守護京極氏に敗れて以降、三家のいずれも実質的に国司の職を担うことはなく、官位は名残としてのみ存続した。一方で、応仁の乱を経て16世紀に入ると、姉小路基綱が京で従二位・権中納言にまで昇り、歌人として名を残すなど、公家としての側面は逆に色を増した時期もある。
三家、五城——盆地を囲む配置
五城の配置は、地図で見ると一つの構想が浮かび上がる。古川盆地はおおむね南北に細長く、中央を宮川が貫く。盆地の南口を押さえるのが古川城、中央の街道筋を見下ろすのが小島城、北の越中街道と神岡方面の分岐に立つのが野口城。西側の谷筋には向小島城、さらに山深い境界部に小鷹利城が控える。古川氏が古川城を、小島氏が小島城を、向氏(後の小鷹利氏)が向小島城と小鷹利城を本拠とし、野口城は街道監視の要衝に置かれた。
五城のうち、最も訪れやすく、また最も改修の痕跡を留めているのが古川城である。古川の町並みを見下ろす標高624メートルの主郭には、急峻な切岸と、東側に石垣を伴う枡形虎口、そして主郭の櫓台直下に石材列が残る。これらは中世飛驒の在地的な土造りの城には見られない構造で、後世の改修によって導入されたものと考えられている。
指定の理由——三層に重なる支配の痕跡
国指定にあたって文化審議会が挙げた価値は二点ある。一つは、京の公家が在地化し、国人として土着するという稀有な事例の物的痕跡であること。もう一つは、その後の改修が重層的に読み取れる点である。
16世紀前葉、南飛驒の桜洞城を本拠としていた三木氏が、北の古川盆地へと進出を始める。享禄年間(1530年前後)には三木氏と古川氏・向氏の衝突が記録に残り、永禄3年(1560年)には三木良頼が衰退していた古川家の名跡を継いで姉小路(古川)を名乗るに至った。三木氏は旧来の城を再利用し、自身の戦闘様式に合わせて改修する。野口城や向小島城に残る畝状空堀群——畑の畝のように連続した竪堀の列——は、この三木氏期の追加工事と見られている。横堀と組み合わせて敵の動きを制限し、上から弓矢を浴びせるための工夫である。
天正13年(1585年)、羽柴秀吉の命を受けた金森長近が飛驒に侵攻し、三木氏を滅ぼす。長近は古川城と小島城を改修して新たな統治の拠点とし、それ以外の三城は廃城となった。古川・小島両城の石垣、特に算木積みと呼ばれる長短交互に組まれた角石は、織豊系城郭の特徴であり、この段階の遺構である。飛驒市教育委員会が平成30年から続けた発掘調査でも、古川城主郭で礎石建物の存在と、姉小路氏期にさかのぼる土師質土器(かわらけ)の出土が確認されている。
姉小路、三木、金森。性格を異にする三つの支配勢力が、同じ城域に手を加え、それぞれの時代の痕跡を残した。文化庁の指定書はこの構造を「中世から近世に至る地域支配の在り方の縮図」と評している。
五城それぞれの見どころ
古川城は徒歩でアクセスでき、石材を伴う遺構が最も明瞭に残る。東側の枡形虎口に置かれた巨石、通称「蛤石」は、登った者がまず目を留める箇所である。主郭の切岸も比高が大きく、土造りから石造へと過渡する時期の手仕事が観察できる。
小島城は東北方の標高617メートル尾根上に位置し、こちらにも枡形虎口があり、算木積みの石垣が背面に残る。金森氏改修の決定的な物証とされる遺構で、城めぐりに慣れた人ほど見応えを覚える箇所である。
野口城は標高558メートルとやや低い位置にあるが、馬蹄形に連なる三つの郭群、二重に切られた堀切、斜面を覆う畝状空堀群と、五城の中でも土の城としての完成度が際立つ。築城者は文献上不明だが、立地と縄張りから姉小路氏の築城と推定されている。
向小島城は西側尾根に畝状空堀群を集中させており、湯峰峠から押し寄せる金森軍に備えた配置と読み取れる。小鷹利城は標高787メートル、五城の中で最も高所にあり、登城難度も最も高い。遺構の改変が少なく、姉小路期の縄張りに最も近い姿を残しているとされる。
五城とも公園として整備された施設ではない。古川・小島・野口の三城は天候のよい時期であれば徒歩で登れるが、案内表示は限定的で、夏場は下草が伸びる。向小島・小鷹利は地形図を読める登山経験者向けと考えてよい。周辺は熊の生息域であり、熊鈴やラジオの携帯が推奨されている。
飛騨古川の町と周辺
城跡群を訪ねる際の拠点は、JR高山本線で高山駅から15分ほどの飛騨古川駅周辺である。瀬戸川沿いの白壁土蔵、酒蔵、4月の古川祭——その「起し太鼓」はユネスコの無形文化遺産代表一覧に記載されている——など、城跡を抜きにしても一泊する価値のある町並みが続く。
国道41号沿いの道の駅「アルプ飛騨古川」では、令和7年4月から姉小路氏城跡の常設展示「飛騨古川の城跡探訪」が公開されている。13枚のパネルで調査成果を解説し、城郭イラストレーター故・香川元太郎氏が手がけた復元イラストも展示される。古川城の登城口までは道の駅から徒歩15分ほどで、観光案内所では登山道のパンフレットを入手できる。
あわせて訪れたい場所として、町中心部の本光寺、飛騨市美術館、そして少し足を伸ばして神岡町の江馬氏城館跡がある。江馬氏城館跡は昭和55年に国史跡に指定された別グループだが、同じ飛驒で同時期に築かれた山城群であり、姉小路氏城跡と並べて見ることで、北飛驒一帯の中世史をより立体的に把握できる。
Q&A
- 五つの城跡を一日で巡れますか?
- 車を使えば原理的には可能ですが、実際には二、三城に絞る訪問者が多いです。初訪の場合は、金森期の石垣を残す古川城と小島城、土の城としての迫力がある野口城の三城をおすすめします。向小島城と小鷹利城は登山要素が強く、別日程または夏場を外しての再訪に向きます。
- 英語のガイドはありますか?
- 常設の英語ガイドはありません。飛騨市教育委員会が日本語の現地解説会を不定期に開催しており、地元観光協会に問い合わせれば日本語ガイドの手配は可能です。現地の案内板も日本語のみのため、英語話者の同行者がいる場合は事前資料を準備しておくと良いでしょう。
- なぜ五つの城跡が一つの史跡として指定されたのですか?
- それぞれが独立した城ではなく、古川盆地への出入口を分担して監視する連動した防衛網として築かれたためです。姉小路氏が三家に分立した15世紀初頭以降、五城は同じ家系の異なる支族の本拠であり、三木氏期・金森氏期にも一括して改修されました。価値の評価も五城を併せて読むことに置かれています。
- 入場料はかかりますか?
- かかりません。いずれも管理棟のない山中の遺跡で、市有地と民有地が混在しています。料金所も係員もありませんが、登山道から外れないこと、ゴミを必ず持ち帰ることが求められています。
- 訪問に適した時期は?
- 4月下旬から6月上旬、および10月中旬から11月上旬が好条件です。気候が安定し、下草が低い時期に当たります。冬季は積雪のためほぼ登城不可能で、12月から3月は装備のない訪問は避けるべきです。
基本情報
| 名称 | 姉小路氏城跡(古川城跡・小島城跡・野口城跡・向小島城跡・小鷹利城跡) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定史跡(令和6年〔2024年〕2月21日指定) |
| 所在地 | 岐阜県飛驒市 |
| 時代 | 室町時代〜戦国時代(14世紀後葉〜16世紀後葉) |
| 総面積 | 約842,521平方メートル |
| 標高 | 古川城624m/小島城617m/野口城558m/向小島城646m/小鷹利城787m |
| アクセス | JR高山本線・飛騨古川駅。古川城へは飛騨古川駅から濃飛バス古川・神岡線で「上町」下車、登城口まで徒歩約25分、登城口から主郭まで約25分。道の駅アルプ飛騨古川からも徒歩15分で登城口。 |
| 入場 | 無料/現地施設なし |
| 注意 | 登山道のみのため、登山靴・熊鈴・季節判断が必要です。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)「姉小路氏城跡」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00004186
- 文化遺産オンライン(文化庁/NII)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/532974
- 飛騨市公式サイト「姉小路氏城跡が国史跡に指定」
- https://www.city.hida.gifu.jp/soshiki/32/59866.html
- 飛騨市の文化財「飛騨国司・姉小路氏の城館群」
- http://hida-bunka.jp/asset/anegakojishi/
- 飛騨市公式観光サイト「飛騨の旅」古川城跡
- https://www.hida-kankou.jp/spot/893
- 飛騨市プレスリリース「道の駅アルプ飛騨古川 山城情報コーナー」(2025年4月)
- https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000092.000120394.html
最終更新日: 2026.05.18