河合家住宅東土蔵とは
河合家住宅東土蔵は、岐阜県郡上市八幡町市島の河合家住宅にある文政7年(1824年)建築の土蔵で、平成12年(2000年)4月28日に登録有形文化財となった。文化2年(1805年)の主屋から19年後に建てられ、屋敷に現存する2棟の土蔵のうち古いほうにあたる。
河合家住宅東土蔵は土蔵造2階建、瓦葺で、建築面積は38平方メートル。規模は桁行3間半、梁間2間半で、およそ6.4メートル×4.6メートルになる。
河合家住宅東土蔵が登録された理由
河合家住宅東土蔵の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁はこの蔵を、腰を板張りとした標準的な造りの土蔵で、屋敷構えの一構成要素になると評している。
評価の軸は、この蔵単独の珍しさではない。主屋の東南に立ち、西南の西土蔵と対になって主屋の前方を固めることで、庄屋の屋敷構えを形づくっている点にある。標準的な造りであることは、むしろ江戸時代後期の農家の蔵の姿をそのまま見せてくれるということでもある。
河合家住宅東土蔵の見どころ
置屋根の構え
河合家住宅東土蔵の屋根は置屋根形式である。土で塗り固めた蔵の本体の上に、別に組んだ瓦葺の屋根を載せる形で、屋根と壁のあいだに隙間ができ、火災のときに屋根が焼け落ちても本体を守りやすいとされる。蔵の上に屋根が一枚かぶさって見えるのはこのためである。
西面の蔵前
東土蔵は西面が平側(棟と平行な長い面)にあたり、その西面に庇を差し出して蔵前としている。蔵前は出し入れの作業をする庇下の空間で、蔵の入口を雨や雪から守る。入口は西を向いており、蔵の北西には主屋が建つ。
板張りの腰
壁の下部、腰の部分は板張りである。土壁のいちばん傷みやすい足もとを板で覆う、ごく一般的な仕上げで、西土蔵が東面を海鼠壁で飾っているのとは対照的である。2棟を見比べると、同じ屋敷の蔵でも建てた時代によって手のかけ方が違うことが分かる。
東土蔵は雪隠と長屋に挟まれて建っている。雪隠と長屋は登録の対象ではないが、蔵がこうした付属屋と軒を連ねて並んでいたことが、屋敷の使われ方を知る手がかりになる。
河合家住宅東土蔵の見学
河合家住宅東土蔵は一般公開されておらず、内部には入れない。蔵前も屋敷の敷地内にあるため、近づいて見ることはできない。
見学は公道から外観を眺める形になる。置屋根の瓦屋根と白い壁の上部が手がかりになるが、建物の位置関係によって道路からどこまで見えるかは変わる。写真は道路から撮るにとどめ、敷地には立ち入らないようにしたい。
Q&A
- 河合家住宅東土蔵はいつ建てられましたか?
- 文化庁のデータベースでは文政7年(1824年)の建築とされています。主屋より19年後、西土蔵より61年前です。
- 河合家住宅東土蔵はなぜ登録有形文化財なのですか?
- 標準的な造りの土蔵として、主屋・西土蔵とともに庄屋の屋敷構えを形づくり、国土の歴史的景観に寄与していると認められたためです。平成12年(2000年)4月28日に登録されました。
- 河合家住宅東土蔵の大きさは?
- 土蔵造2階建、瓦葺で、建築面積は38平方メートルです。桁行3間半、梁間2間半、およそ6.4メートル×4.6メートルにあたります。
- 河合家住宅東土蔵と西土蔵はどこが違いますか?
- 東土蔵は腰を板張りとした標準的な造りです。西土蔵は東面を海鼠壁とし、まぐさに飾りを付けるなど意匠を変えています。
- 河合家住宅東土蔵の内部は見学できますか?
- 一般公開されておらず、内部には入れません。外観を公道から眺める形になります。
基本情報
| 名称 | 河合家住宅東土蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 岐阜県郡上市八幡町市島1545 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成12年(2000年)4月28日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積38平方メートル |
| 所有者 | 不明(文化庁データベースの所有者欄は空欄) |
| 公開状況 | 非公開(外観は公道から見学) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 河合家住宅東土蔵(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001614
- 文化遺産オンライン 河合家住宅東土蔵
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/114494
最終更新日: 2026.10.03