真龍寺山門とは
真龍寺山門(しんりゅうじさんもん)は、岐阜県岐阜市長良の真龍寺の境内南正面に開く昭和23年(1948年)建築の門で、令和4年(2022年)10月31日に登録有形文化財となった。木造、瓦葺で、間口は2.8メートルである。
台風で倒れた門の再建
岐阜市の年表によると、真龍寺の山門は大正10年(1921年)の台風で倒壊した。現在の真龍寺山門は、それから27年後の昭和23年(1948年)に再建されたものである。戦後間もない時期に、寺の正面を取り戻した門ということになる。
棟梁は村瀬省吾(むらせしょうご)である。文化庁の解説によると、村瀬は鐘楼を建てた棟梁の弟子にあたる。
登録の理由と価値
真龍寺山門の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。百々ヶ峰を背にした寺の正面として、地域の歴史的景観をかたちづくっている点が評価された。
岐阜市は、蟇股などの彫刻による豊かな装飾性をこの山門の特徴に挙げ、装飾を抑えた鐘楼と並んで景観に寄与していると説明している。
龍の蟇股と小組格天井
薬医門は、前の本柱2本と後ろの控柱2本で屋根を支える門で、棟が本柱寄りに載るのが特徴である。真龍寺山門の軒は、垂木を二重にして間隔を詰めて並べた二軒繁垂木(ふたのきしげだるき)で、軒先の線が細かく揃う。
正面でまず見たいのは蟇股である。蟇股は梁の上で荷を受けつつ飾りにもなる部材で、ここには精緻な龍が彫られている。寺号の一字と同じ龍が、門の正面を飾っている。門の下に入って見上げると、天井は格子をさらに細い組子で分けた小組格天井(こぐみごうてんじょう)である。
真龍寺山門の見学
真龍寺山門は境内の南正面にある。正面からは蟇股の龍が、門の下に立って見上げると小組格天井がよく分かる。文化庁の写真は門を南西から写しており、その位置からは袖塀の潜りと屋根の重なり、背後の百々ヶ峰が一度に視野に入る。
門は寺の出入口として日常的に使われているので、通る人の妨げにならないよう見学したい。拝観料や撮影についての案内は見当たらない。
Q&A
- 真龍寺山門はいつ建てられたのですか?
- 大正10年(1921年)の台風で旧門が倒壊したあと、昭和23年(1948年)に再建されました。年代は梁の墨書によります。
- 真龍寺山門はどんな形式の門ですか?
- 切妻造、瓦葺の薬医門です。軒は二軒繁垂木で、両脇の袖塀に潜りを設けています。
- 真龍寺山門の蟇股には何が彫られていますか?
- 正面の蟇股に、精緻な龍が彫られています。
- 真龍寺山門を建てたのは誰ですか?
- 棟梁は村瀬省吾で、鐘楼を建てた笠原治七の弟子にあたります。
- 真龍寺山門はなぜ登録有形文化財になったのですか?
- 百々ヶ峰を背にした寺の正面として地域の景観をかたちづくっていることから、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で令和4年(2022年)10月31日に登録されました。
基本情報
| 名称 | 真龍寺山門 |
|---|---|
| 所在地 | 岐阜県岐阜市長良2509-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和4年(2022年)10月31日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 間口2.8メートル |
| 所有者 | 宗教法人真龍寺 |
| 公開状況 | 境内の出入口として外観を見学可(拝観料・撮影の案内なし) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 真龍寺山門(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014387
- 文化遺産オンライン 真龍寺山門
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/586606
- 岐阜市 [国登録]真龍寺本堂ほか3件
- https://www.city.gifu.lg.jp/kankoubunka/bunkazai/1005549/1021043/1021041/1023383.html
- 岐阜市 真龍寺 建造物の解説(PDF)
- https://www.city.gifu.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/023/383/kaisetu_sinryuji.pdf
最終更新日: 2026.10.04