武家の座敷が、牧師の住まいになった

安中教会の大谷石の会堂と道一本を隔てた南側に、ひっそりと建つ木造平屋がある。温古亭——大正9年に建てられた、旧牧師館である。建築面積はわずか115平方メートル。切妻造、桟瓦葺。会堂の壮麗さに比べれば、目を引く要素は何もない。だが、その中央に据えられた8畳と10畳の座敷は、安中藩の家老屋敷から移されたものと伝わる。武家の家老が客を迎えた部屋に、その後、キリスト教の牧師が暮らした。日本の宗教史と政治史の断層が、ひとつの平面図のなかで静かに重なっている。

石造の会堂の翌年に建てられた

安中教会の中心となる新島襄記念会堂は、大正8年(1919年)に完成した。設計は古橋柳太郎、栃木県宇都宮から運ばれた大谷石を主材としたロマネスク様式の石造建築である。同志社英学校を創った新島襄の召天30周年を記念して建てられたもので、群馬県最初の教会、そして日本人の手で設立された日本最初の教会にふさわしい記念碑であった。

温古亭が建てられたのは、その翌年。大正9年、すなわち1920年である。教会堂とは打って変わって低く、木で覆われ、桟瓦葺の屋根が東西に長く伸びる。会堂が石で天を指したのに対し、牧師館は地を這うように構えた。両者の対比は意図的なものに見える。

「温古亭」という名にもひと工夫がある。『論語』の「温故知新」から採られたこの名は、古きを温めることで新しきを知るという意味だ。新築の牧師館に据えられた8畳と10畳の座敷が、もと安中藩家老屋敷の一部であったという伝承を踏まえれば、この命名は文字通りの宣言である。新しい牧師館は、旧い武家屋敷の温もりを抱え込んで建てられた。座敷の東側には玄関と台所、西側には4畳半の和室が増築され、座敷の南面には半間幅の縁が回された。明治以前の身分制度のもとに建てられた部屋が、明治以降のキリスト教伝道の現場として再生されたのである。

登録の理由

温古亭が登録有形文化財に登録されたのは、平成16年(2004年)11月8日。第44回の登録回で、登録番号は10-0120である。告示は同月29日。指定基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」——3つある登録基準のなかでも、最も広く適用される項目である。これは、温古亭そのものの建築技術や意匠が際立って稀有だからではなく、それが安中教会境内という稀有な歴史的アンサンブルの一部だからこそ、文化財として守るべきだという判断であった。

同教会の境内には4棟の登録有形文化財がある。大正8年の教会堂(新島襄記念会堂)、大正9年の温古亭、柏木義円の書斎であった義圓亭、そして宣教師館(旧ベーケン邸)。この4棟が一体となって、明治11年に湯浅治郎ら30人の受洗者によって創立された群馬県最初のキリスト教会の物理的な痕跡を伝えている。そのなかで温古亭が背負っているのは、最も古い層——創立者世代がその少年期を過ごした、幕末安中藩士の住まいそのものから受け継いだ材である。

見どころ

核となる二間の座敷

建物の中央に東西に並ぶ8畳と10畳の座敷が、登録記録が守ろうとしているまさにその核である。間取りの比例、床の間や違い棚の位置(残るものについて)、南側の縁との関係——いずれも幕末期の武家住宅の作法に従っており、大正期の住宅潮流とは異なる。半間幅の縁は現代の感覚からすれば狭いが、庭との距離を測りながら立ち止まり、また座敷へ戻るための寸法としては理にかなう。

東西棟の構え

建物は東西に長く、道を挟んだ会堂とは直交する向きに据えられている。妻側は東西を向き、長い軒と座敷の列が南面の陽光を受ける。この向きは公共建築のものではなく、住宅のものである。群馬県で最も歴史的に重要なキリスト教会の牧師を住まわせる、という極めて公共的な機能を担いながら、たたずまいは徹底して住まいに徹している。

石の会堂への、静かな対の関係

道のあいだに立ち、しばらく南北を見比べる時間に価値がある。北の会堂には大谷石の異国感、野心、ある種の華やぎがある。南の温古亭はそこに以前から在ったかのように見える。境内は全体として動くように設計されていた。石で営まれた礼拝は、木で営まれた牧会によって支えられていた。

ここで暮らした牧師

温古亭が建てられた頃、安中教会の牧師は柏木義円であった。明治30年(1897年)から昭和10年(1935年)に引退するまで、長く同教会を担った人物である。柏木は越後の真宗寺院に生まれ、新島襄の薫陶を受けてキリスト教に転じた、明治・大正期日本でも稀な水準の社会批判者であった。明治31年に創刊した『上毛教界月報』の編集を昭和11年まで続け、足尾鉱毒事件への加担を拒み、廃娼運動を支持し、1923年の関東大震災に伴う朝鮮人虐殺を糾弾し、満州事変以降の軍国主義に一貫して反対した。発禁処分を受けることもあった。温古亭で過ごした大正・昭和初期の15年あまりは、柏木の生涯で最も筆の活発な時期と重なる。この控えめな建物の規模を見たうえで、ここから発信された社会的良心の量を思い返すと、印象が変わる。

安中城下を歩く

教会と温古亭は、かつての安中城のすぐ上、旧中山道に並行する一段高い通り沿いに位置する。安中の旧城下町は、群馬の城下町としては珍しく、江戸期の市街地構成が比較的明瞭に残されている。教会から徒歩圏内に、復元された江戸期の遺構が点在する。

  • 旧安中藩武家長屋——下級藩士の住まいであった4軒長屋。古図と建物に残る痕跡から復元された。教会の東側にあたる。
  • 旧安中藩郡奉行役宅——領内の農民統治を担った郡奉行の住まい。平成5・6年度に復元された。温古亭の核となった座敷の母体である武家住宅の典型像を、ここで実際の空間として体験できる。
  • 新島襄旧宅——安中教会創設者・新島襄の両親が暮らした住まいを移築保存したもので、安中1丁目に資料館として開かれている。
  • 安中城址——本丸跡は現在の安中小学校敷地となっており、遺構はほぼ残らないが、旧中山道より一段高い街路の配置から城下の構成は読み取れる。

安中駅から城下を巡って戻る一巡は、半日あれば歩ける。教会と温古亭の見学は、近隣の武家長屋・郡奉行役宅とあわせて回ると最も腑に落ちる。温古亭に取り込まれた座敷が、どのような家屋のなかにあったものか——その想像を、復元された武家屋敷が支えてくれる。

Q&A

Q温古亭は見学できますか。
A温古亭は教会の現役施設の一部であり、一般公開はされていません。教会堂(新島襄記念会堂)の内部見学は、希望日の3週間前までに同教会へ予約のうえで可能です。日曜10時30分からの主日礼拝は一般の参加も受け入れられています。
Q「温古亭」の名前の由来は何ですか。
A『論語』の「温故知新」に由来します。古きを温めなおすことで新しきを知る、という意味です。20世紀初頭の牧師館の中核に幕末武家屋敷の座敷を取り込んだこの建物の性格を、命名そのものが言い表しています。
Q座敷が安中藩家老屋敷の一部であったことは確定していますか。
A文化庁の登録記録には「もと安中藩家老屋敷の一部と伝える」と記されています。「伝える」という表現が選ばれていることから、文書や口伝による由来は強く伝わるものの、考古学的に完全な特定がなされた段階ではない、と理解するのが正確です。
Q温古亭と境内の他の登録文化財はどう違いますか。
A4棟は層をなしています。教会堂(新島襄記念会堂、1919年)は大谷石造の礼拝堂、温古亭(1920年)は木造の牧師館、義圓亭は柏木義円が用いた小さな書斎、宣教師館(旧ベーケン邸)は来日宣教師のための住まいです。それぞれが教会の歴史の異なる層を支えています。
Qアクセスはどうすれば良いですか。
AJR信越本線の安中駅からタクシーで約5分、徒歩でも25分ほど(旧城下町をやや上る道のり)です。旧武家長屋・旧郡奉行役宅の前を経由して教会へ向かう徒歩ルートは、季節がよければ城下歩きとあわせて楽しめます。

基本情報

名称日本基督教団安中教会温古亭(旧牧師館)
所在地群馬県安中市安中3-19-10
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成16年(2004年)11月8日/告示同年11月29日/第44回登録/登録番号 10-0120
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
建築年大正9年(1920年)
構造・形式木造平屋建、瓦葺(切妻造、桟瓦葺)/建築面積約115㎡/1棟
平面構成核となる8畳・10畳の座敷(もと安中藩家老屋敷の一部と伝える)/東側に玄関・台所/西側に4畳半の和室/座敷南面に半間幅の縁
所有者日本基督教団安中教会
アクセスJR信越本線「安中駅」よりタクシー約5分、徒歩約25分
公開状況牧師館(温古亭)は一般非公開。教会堂見学は3週間前までに要予約。主日礼拝(日曜10:30)は一般参加可。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):日本基督教団安中教会温古亭(旧牧師館)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004331
文化遺産オンライン:日本基督教団安中教会温古亭(旧牧師館)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/141601
文化遺産オンライン:日本基督教団安中教会教会堂(新島襄記念会堂)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189060
文化遺産オンライン:日本基督教団安中教会宣教師館(旧ベーケン邸)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/184243
安中市公式サイト:大名小路(旧安中藩郡奉行役宅)
https://www.city.annaka.lg.jp/page/2090.html
安中市公式サイト:新島襄旧宅
https://www.city.annaka.lg.jp/page/2087.html

最終更新日: 2026.05.16