義圓亭——信徒たちが牧師のために建てた六畳の書斎

群馬県安中市、新島襄記念会堂で知られる日本基督教団安中教会の敷地、その北西の片隅に建築面積わずか36平方メートルの木造平屋がひっそりと建っている。これが義圓亭(ぎえんてい)である。昭和10年(1935年)、当時75歳で同教会第5代牧師を退こうとしていた柏木義圓(かしわぎ ぎえん)のために、安中教会の信徒たちが建てた書斎であった。

建物は桁行2間、梁間3間。切妻造で、屋根は鉄板を葺く。間取りは6畳の和室を2室並べたごく単純なもので、西側にはやや低く下屋を差し掛けて土間と便所に充てる。玄関は南面の東端に開いた。柱を見せる真壁造に、装飾といえるものは見あたらない。手の込んだ欄間も、贅をこらした銘木の床柱もない。

それでも、この建物には独特の佇まいがある。文化庁の解説が「たちが高い」と書きとめるとおり、足元の小ささに比して柱が長く、内部に立つと不思議と天井が遠い。長押の上には高窓が設けられ、通常の窓を含めて開口部の数が多い。光は朝から夕まで机に届き続ける。読み、書くためだけに考えぬかれた一室である。

反戦を貫いた牧師

義圓亭を語るには、その主であった柏木義圓(万延元年〜昭和13年、1860–1938)の生涯に触れざるをえない。義圓は越後国与板(現・新潟県長岡市与板町)の真宗大谷派西光寺の住職の家に生まれた。明治11年に東京師範学校(現・筑波大学の前身)を卒業し、群馬県碓氷郡で小学校長を務めるなかで、安中に伝道に来ていた新島襄の存在を知る。一度は同志社英学校に学び、学費難から中退して帰郷したが、明治17年、安中教会で海老名弾正から洗礼を受け、同志社普通学校に再入学。22年の卒業後は同志社予備校や熊本英学校で教鞭をとった。

明治30年(1897年)、同志社の教師職を辞した義圓は、湯浅治郎の推薦により安中教会の第5代牧師として安中に戻る。翌31年11月、義圓は『上毛教界月報』を創刊した。当初は地域伝道のための小さな月報であったこの紙誌を、義圓は次第に時評の場へと押し広げていく。

その筆鋒の鋭さは、後の歴史が証言している。日露戦争への反対、朝鮮半島と中国大陸への侵略批判、教育勅語と国家神道への抵抗、足尾鉱毒事件への糾弾、廃娼運動、被差別部落問題、関東大震災時の朝鮮人虐殺批判。発禁、罰金、要視察人指定を幾度も浴びながら、昭和11年(1936年)12月に459号で廃刊を余儀なくされるまで筆を折ることはなかった。

日露戦争期に非戦を唱えた知識人の少なからずが、その後の時代の流れのなかで沈黙し、あるいは転向していったのと対照的に、義圓は最後まで地方の小さな会堂に踏みとどまり、書き続けた。「徹底して弱さの上に立つ」——研究者の片野真佐子はその生涯をそう評した。

36㎡の建築が登録された理由

義圓亭の建立は昭和10年(1935年)。義圓が38年にわたる安中教会の牧師職を辞して隠退する、その年のことであった。安中教会の信徒たちが、なお筆を執り続けることを願って牧師に贈った書斎である。義圓はこの新室に移ってまもなく、昭和13年1月8日にこの世を去る。新居としての使用期間は、ごく短いものに終わった。

文化庁が義圓亭を登録有形文化財(建造物、登録番号10-0121)に登録したのは、平成16年(2004年)11月8日のことである。同年11月29日に告示。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」一項のみ。同じ教会敷地内では、大正8年(1919年)建立の教会堂(新島襄記念会堂、古橋柳太郎設計、大谷石造)、旧牧師館の温古亭、宣教師館(旧ベーケン邸)の3棟も登録されており、初期プロテスタント受容期の建築群が4棟まとまって残る稀有な事例となっている。

意匠としては地味な建物である。とはいえ、ここに置かれた一脚の机から発信された言葉が、当時のいかなる権力にも屈しなかったという事実を踏まえてこの空間を見ると、簡素なつくりそのものが意味を帯び始める。決して裕福ではない教会の財布から、敬愛する牧師の最後の数年のために信徒たちが捻出した、その精神の方が建物より雄弁である。

訪問のために

義圓亭は、日本基督教団安中教会の敷地内に立つ。教会には併設の幼稚園もあり、敷地全体が現役の宗教施設として日常的に使われている。一般の見学者に門が開かれているのは、日曜日の午後1時から5時まで。それ以外の時間は、塀越しに外観をうかがう形となる。

教会堂内部の見学を希望する場合は、3週間以上前に教会事務所(電話 027-381-0680)への予約が必要とされる。小川三知(おがわ さんち)作の白百合と十字架のステンドグラスや、茨城産大理石のコンポジット式円柱など、内部の見どころは多いが、無断での立ち入りは控えたい。義圓亭そのものは通常、敷地内の散策中に外観のみを拝観する形になる。

JR信越本線の安中駅からは、車で約5分、徒歩なら25分ほどの距離。歩いて向かう道のりは、かつて中山道安中宿として栄えた町を抜けていく。義圓自身もこの町並みを毎日歩いていた。

周辺の見どころ

義圓亭を訪ねたなら、ぜひ合わせて回りたいのが、徒歩10分ほどの安中1丁目に保存されている新島襄旧宅である。新島の父・民治が住まいとした安中藩士の家屋を移築・保存したもので、明治7年に米国留学から帰国した新島襄が3週間滞在し、伝道を行った場所にあたる。その3週間に湯浅治郎ら30名が受洗し、安中教会創設へと結びついた。教会の歴史の、文字通りの起点である。

同じ徒歩圏内には、明治21年(1888年)築の旧碓氷郡役所、安中藩時代の武家長屋の遺構も残る。中山道の宿場としての安中宿、安中藩の城下町としての安中、近代群馬の小さな県南拠点としての安中——複数の時代が重なって地形と街割りに残っている。

少し足を伸ばすなら、車で15分ほど西、信越本線旧線跡には重要文化財「碓氷峠第三橋梁」、いわゆる「めがね橋」がある。明治26年(1893年)に英国人技師チャールズ・ポーナルの設計で開通したレンガ造の四連アーチ橋で、義圓が書斎の窓から望んだであろう山々の中に、いまも堂々と架かっている。

Q&A

Q義圓亭の中に入って見学できますか。
A義圓亭は現役の教会の私有施設のため、通常は内部の一般公開は行われておらず、敷地内から外観を拝観する形となります。教会の門が開放されるのは日曜午後1時から5時まで。教会堂内部の見学を希望する場合は、3週間以上前に教会事務所(027-381-0680)への予約が必要です。
Q柏木義圓とはどのような人物ですか。
A柏木義圓(1860–1938)は、明治30年から38年間にわたって安中教会の第5代牧師を務めたプロテスタント牧師・キリスト教思想家です。明治31年に創刊した『上毛教界月報』を通じて、日露戦争への反対、朝鮮半島・中国大陸への侵略批判、教育勅語や国家神道への抵抗を生涯にわたって貫きました。義圓亭は昭和10年、その隠退に際して信徒たちが建てた書斎です。
Q新島襄や同志社との関係は。
A安中教会は明治11年(1878年)、同志社の創立者・新島襄によって創設されました。新島が米国留学から帰国後、両親の住む安中で行った3週間の伝道で30名が洗礼を受けたことが始まりで、日本人の手による日本最初のプロテスタント教会とされます。柏木義圓は明治17年に同教会で受洗、同志社で新島の薫陶を直接受けた後、母校の地ともいうべき安中に牧師として戻りました。
Qいつ訪れるのがよいでしょうか。
A門が開かれる日曜午後が基本です。教会の庭は4月の桜、11月中旬の紅葉が見ごたえがあります。日曜10時30分からの主日礼拝は誰でも参加でき、礼拝堂内部の雰囲気を体験できる貴重な機会となります。平日は塀越しの拝観に限られますが、大谷石造りの教会堂は門前からでも十分に印象的です。
Q義圓亭以外の見どころは。
A同じ敷地内には、義圓亭のほか登録有形文化財3棟——新島襄記念会堂(教会堂)、温古亭(旧牧師館)、旧ベーケン邸(宣教師館)——が並びます。徒歩圏内には新島襄旧宅、旧碓氷郡役所、武家長屋など、近代安中の歩みを伝える建物群が点在しており、車で15分ほど西には重要文化財「めがね橋」(碓氷峠第三橋梁)も訪ねられます。

基本情報

名称日本基督教団安中教会義圓亭(旧柏木義圓書斎)
ふりがなにほんきりすときょうだんあんなかきょうかいぎえんてい(きゅうかしわぎぎえんしょさい)
指定区分登録有形文化財(建造物)登録番号 10-0121
登録年月日平成16年(2004年)11月8日(告示11月29日)
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
建立年昭和10年(1935年)
員数1棟
構造及び形式等木造平屋建、鉄板葺、建築面積36㎡(桁行2間、梁間3間、切妻造、真壁造)
所在地群馬県安中市安中3-19-10
所有者日本基督教団安中教会
公開状況通常は敷地外からの外観拝観のみ。教会敷地は日曜午後1時〜5時に開放。教会堂内部の見学は3週間前までの電話予約が必要
電話027-381-0680(安中教会)
アクセスJR信越本線「安中駅」より車で約5分、徒歩約25分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):日本基督教団安中教会義圓亭(旧柏木義圓書斎)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004332
文化遺産オンライン(NII):日本基督教団安中教会義圓亭(旧柏木義圓書斎)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/169642
安中市公式サイト:市内文化財詳細(柏木義圓ほか)
https://www.city.annaka.lg.jp/page/2134.html
安中市公式サイト:日本キリスト教団安中教会
https://www.city.annaka.lg.jp/kanko_spot/christ.html

最終更新日: 2026.05.16