大谷石の壁に五連の鋸屋根
旧曽我織物工場は、群馬県桐生市本町一丁目にある大正11年(1922年)建築の木骨石造平屋建の織物工場で、平成18年(2006年)3月2日に国の登録有形文化財に登録された。
文化庁のデータベースには「旧曽我織物工場(佐啓産業本町工場)」の名でも載る。曽我家住宅の細長い敷地の最も奥、駐車場を挟んだ西寄りに建ち、建築面積は550平方メートルある。敷地の表側に並ぶ主屋や土蔵に比べ、ひとまわりもふたまわりも大きい。
屋根は鋸屋根である。北に向けた急な面をガラス窓とし、直射日光を避けた安定した光を室内に入れる。糸の色や織りむらを目で確かめる機織りの仕事のために、織物産地の工場に広く使われた屋根の形だ。旧曽我織物工場はこの屋根を5連かけ、壁を石で積んでいる。
「新工場」の50年
旧曽我織物工場は、曽我家の2代喜一郎の結婚を機に建てられ、当時は「新工場」と呼ばれた。生糸の商いで身を起こした家が、自ら織物を織る側へ踏み出した建物である。
昭和10年代前半が織物業の最盛期だった。その後、昭和18年(1943年)の機業統制によって、工場の織機はすべて供出された。
戦後は桐生工業高校にあった織機2台を借り受けて操業を再開した。昭和26年(1951年)には織機が26台まで増えたが、それでも注文に追いつかず、外注に出すほどだったという。織物の操業をやめたのは昭和45年(1970年)頃で、その後は市内の企業の工場や倉庫として使われた。桐生市は、建物の積極的な活用を検討中としている。
木の骨組みと石の壁
旧曽我織物工場の構造は木骨石造と呼ばれる。柱と小屋組は木でつくり、外壁は大谷石の切石を高さをそろえて水平に積む整層積である。大谷石は栃木県で産出する軽くて加工しやすい凝灰岩で、北関東では蔵や塀に多く使われてきた。
規模は、文化庁の解説によると桁行8間。そこに梁間20尺(約6メートル)の鋸屋根を5連かける。屋根の棟は東西に通り、ガラス面は北を向く。
桐生市の解説はさらに細かい。東西(桁行)21.58メートル、南北(梁間)30.65メートルで、各連の間隔は6.07メートル×5.46メートル。各連の境と桁行の独立柱の位置では、外壁に幅40センチ、厚さ約10センチの補強の壁が付く。棟ごとに円形の換気塔が4本ずつ立ち、骨組みは14.5センチ角の柱がトラスを支え、梁と斜材を鉄筋で締め付けている。
戸口と窓にはまぐさを入れ、両開きの鉄扉を吊る。西の妻壁は屋根の頂まで石を積み、丸い換気口を開ける。後年の改修で屋根は鉄板葺となり、建具はアルミサッシに替わった。
旧曽我織物工場の見学
旧曽我織物工場は個人の所有で、内部は公開されていない。見学できるのは外観だけである。曽我家住宅の敷地の奥にあるため、本町通りからは直接見えない。敷地に入って近づくことはできないので、敷地の外から眺めることになる。
外観で注目したいのは石の積み方である。大谷石の切石が水平の目地でそろい、各連の境に補強の壁が柱のように浮き出る。西の妻の丸い換気口と、屋根の上の円形の換気塔も、この工場の特徴を示す部分である。桐生市は保存地区の建物の撮影に許可を求めている。
Q&A
- 旧曽我織物工場の内部は見学できますか?
- 内部は公開されていません。個人の所有で、見学は外観のみです。桐生市は建物の積極的な活用を検討中としていますが、現在のところ一般公開は行われていません。敷地には立ち入らないでください。
- 旧曽我織物工場の壁は何でできていますか?
- 栃木県産の凝灰岩である大谷石です。切石を高さをそろえて水平に積む整層積で、柱と小屋組は木造の木骨石造です。
- 旧曽我織物工場と曽我家住宅はどういう関係ですか?
- 同じ曽我家の敷地にあります。工場は敷地の最も奥にあり、大正11年(1922年)に2代喜一郎の結婚を機に建てられました。表側の主屋・土蔵・新座敷・稲荷社・門は別に登録有形文化財に登録されています。
- 旧曽我織物工場の屋根はなぜ鋸のような形をしているのですか?
- 北に向けたガラス面から、直射日光を避けた安定した光を取り入れるためです。糸の色や織りを目で確かめる仕事に向いており、織物産地の工場に広まりました。この工場では梁間20尺(約6メートル)の鋸屋根が5連かかっています。
- 旧曽我織物工場ではいつまで織物が作られていましたか?
- 昭和45年(1970年)頃までです。昭和18年(1943年)の機業統制で織機はすべて供出され、戦後は借り受けた2台から再開して昭和26年(1951年)には26台まで増えました。その後は市内企業の工場や倉庫として使われました。
基本情報
| 名称 | 旧曽我織物工場(きゅうそがおりものこうじょう) |
|---|---|
| 所在地 | 群馬県桐生市本町一丁目甲225-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成18年(2006年)3月2日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木骨石造平屋建、鉄板葺、建築面積550平方メートル。梁間約6メートルの鋸屋根5連 |
| 所有者 | 個人(文化庁データベースに所有者の記載なし) |
| 公開状況 | 非公開(外観のみ見学可) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)旧曽我織物工場
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005248
- 文化遺産オンライン 旧曽我織物工場
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/181466
- 桐生市 旧曽我織物工場
- https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/bunkazai/1010700/kunitouroku/1002006.html
- 桐生市 旧曽我織物工場(解説PDF)
- https://www.city.kiryu.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/005/soga_koujou.pdf
- 桐生市 桐生新町伝統的建造物群保存地区の概要について
- https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/spot/denken/about/1003081.html
最終更新日: 2026.09.24