床裏の墨書が示す年

曽我家住宅稲荷社は、群馬県桐生市本町一丁目の曽我家の庭に祀られた慶応3年(1867年)建築の屋敷社で、平成18年(2006年)10月18日に登録有形文化財に登録された。

主屋の南、本町通りの門を入って正面に位置し、東を正面とする。社殿は木造で建築面積1.6平方メートルと小さく、その全体を覆屋がすっぽりと包んでいる。

建てられた年がはっきりしているのは、社殿の床裏に墨書が残っているからである。桐生市の解説によれば、そこには慶応3年の丁卯の年、11月15日に遷宮したことと、書上氏の名が記されている。書上家はこの土地の前の持ち主で、酒造業を営んでいた。曽我家が大正6年(1917年)に土地を買い取ったとき、社も屋敷とともに受け継がれたことになる。

再現の難しい細工

曽我家住宅稲荷社の登録基準は、再現することが容易でないものである。同じ敷地のほかの4件がいずれも国土の歴史的景観への寄与を理由に登録されているのに対し、この社だけが細工の質で評価されている。

社殿は一間社流造で、正面の柱間が1間の小さな社である。垂木は二軒の繁垂木とし、屋根は板葺、正面には浜床を設ける。

目を引くのは彫物である。向拝虹梁の上には龍が、頭貫の木鼻には獅子が彫られている。文化庁の解説はこれらを精緻な彫物と評している。建築面積わずか1.6平方メートルの社に、大きな社殿と同じ種類の装飾が、縮尺を落として詰め込まれている。

覆屋の中の社

曽我家住宅稲荷社は、覆屋の中に納められている。覆屋は正面を入母屋造、背面を切妻造とする鉄板葺の建物で、正面に両開きの格子戸が付く。

覆屋は、板葺の社殿と彫物を雨風から守る殻の役目を果たしている。外から見えるのは覆屋の入母屋の屋根と格子戸で、社殿の彫物は格子越しに近くでのぞかなければ分からない。

曽我家住宅稲荷社の見学

曽我家住宅稲荷社は個人の屋敷社で、一般の参拝や見学は受け付けていない。門の中は私有地なので立ち入らないでほしい。

本町通りの門柱の間からは、正面奥に覆屋が見える。龍と獅子の彫物は覆屋の格子の内側にあり、通りからは見えない。桐生市は保存地区の建物の撮影に許可を求めている。

Q&A

Q曽我家住宅稲荷社はいつ建てられましたか?
A慶応3年(1867年)です。社殿の床裏に、この年の11月15日に遷宮したことと書上氏の名を記した墨書が残っています。
Q曽我家住宅稲荷社を建てたのは曽我家ですか?
Aいいえ。墨書に名があるのは書上氏で、この土地の前の持ち主である酒造業の書上家です。曽我家は大正6年(1917年)に土地と建物を買い取り、社を受け継ぎました。
Q曽我家住宅稲荷社はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A登録基準は「再現することが容易でないもの」です。一間社流造の社殿に、向拝虹梁上の龍や頭貫木鼻の獅子など精緻な彫物が施されている点が評価されています。
Q曽我家住宅稲荷社の彫物は外から見られますか?
A彫物は覆屋の格子戸の内側にあり、本町通りからは見えません。通りの門柱の間から見えるのは覆屋の外観です。
Q曽我家住宅稲荷社に参拝できますか?
A個人の屋敷社のため、一般の参拝や見学はできません。門の中は私有地ですので立ち入らないでください。撮影には許可が必要です。

基本情報

名称曽我家住宅稲荷社(そがけじゅうたくいなりしゃ)
所在地群馬県桐生市本町1-7-7
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)10月18日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、板葺、建築面積1.6平方メートル、覆屋付
所有者個人(文化庁データベースに所有者の記載なし)
公開状況非公開(外観のみ道路から見学可)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)曽我家住宅稲荷社
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005754
桐生市 曽我家住宅
https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/bunkazai/1010700/kunitouroku/1002005.html
桐生市 曽我家住宅稲荷社(解説PDF)
https://www.city.kiryu.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/005/soga_inari.pdf
桐生市 桐生新町伝統的建造物群保存地区の概要について
https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/spot/denken/about/1003081.html

最終更新日: 2026.09.24