大正元年の姿を保つ、上路式プレートガーダー
群馬県桐生市、わたらせ渓谷線が川口川を渡る地点に、一世紀を超えてほとんど姿を変えていない鋼橋が架かる。わたらせ渓谷鐵道城下橋梁である。渡良瀬川水系の支流をまたいで単線を通す橋長20メートルの鋼製単桁橋で、桁の上に軌道を載せる上路式のため、通過する列車の足もとに橋の存在はほとんど意識されない。
径間は60フィート。施工者が用いた英式単位が、1910年代の日本の鉄道技術がなお英国の実務を範としていたことを示す。技術者の目を引くのは、当初の細部がよく残る点である。桁の腹板を補剛する垂直材、すなわちスティフナーはJ形に切り出される。主桁を連結するロ字形のブラケットには、後年に荷重増へ対応して加えられることの多い筋違補強が入らず、当初リベット留めされたままの姿を保つ。この後補の補強を持たない点が、新造時の橋の姿を率直に伝える資料としての価値を高めている。
鉱山鉄道の橋が文化財となるまで
橋の使用開始は大正元年(1912年)。私鉄の足尾鉄道が、足尾銅山の鉱石を渡良瀬渓谷から運び下ろすため路線を延ばした際に架けられた。アジア有数の規模を誇った足尾銅山は、同時に、川沿いの農地を損なった足尾鉱毒事件という日本初期の大規模公害の舞台でもあった。鉄道は大正7年(1918年)に国有化されて国鉄足尾線となり、閉山後の平成元年(1989年)に第三セクターのわたらせ渓谷鐵道へ移管された。
城下橋梁は平成21年(2009年)11月2日に登録有形文化財として登録され、告示は同月19日。この路線に沿う約37件の構造物が一括登録された際の一件である。登録有形文化財は、指定文化財より緩やかな枠組みで、おおむね建設後50年を経た建造物を使用しながら守る制度だ。登録の理由は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」とされ、その景観とは、急峻な河谷を縫って走る20世紀初頭の鉱山鉄道が形づくった風景である。
路線のどこで出会えるか
城下橋梁は城下トンネルの約40メートル南西に位置し、橋と隧道が一組をなして、乗客は数秒のうちに両方を通り過ぎる。この区間は桐生市黒保根町にあたり、下流の市街よりも静かで樹木の深い一帯だ。軌道が桁の上に載る上路式のため、橋の姿は側面から、川岸の視点や道路との交点から眺めるとよくわかる。プレートガーダーとロ字形ブラケットが水面を背に立ち上がる。
橋梁は現役の鉄道施設で、徒歩での通行はできない。味わうなら路線の座席からがよく、暖候期に走る窓のないトロッコ車両では、川を渡る瞬間がとりわけ鮮やかに感じられる。初期の鋼橋の技術に関心のある人には、隣接する隧道群や、近傍に連なる大正元年の構造物を渓谷沿いにたどる旅をすすめたい。
Q&A
- どのような橋ですか。
- 川口川に架かる橋長20メートルの単線鋼製単桁橋です。桁の上に軌道を載せる上路式のプレートガーダー橋です。
- 古い鉄道橋のなかで、どこが注目点ですか。
- J形のスティフナーや、後年の筋違補強を加えられていないロ字形ブラケットなど、当初の形式をよく残している点です。
- どうすれば見られますか。
- わたらせ渓谷線の列車から、あるいは近くの川岸から見られます。現役の鉄道施設のため徒歩で渡ることはできません。
- 城下トンネルは近いですか。
- 近いです。トンネルは橋の約40メートル北東にあり、両者は短い間隔で続きます。
基本情報
| 名称 | わたらせ渓谷鐵道城下橋梁 |
|---|---|
| 所在地 | 群馬県桐生市黒保根町宿廻 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(登録 平成21年11月2日/告示 平成21年11月19日) |
| 登録番号 | 10-0295 |
| 員数 | 1基 |
| 年代 | 大正元年(1912年) |
| 構造及び形式 | 鋼製単桁橋、橋長20メートル、橋台付 |
| 公開状況 | 列車の車窓および近傍の川岸から見学可。橋は歩行者立入不可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — わたらせ渓谷鐵道城下橋梁
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007868
- わたらせ渓谷鐵道株式会社 — 沿革・歴史
- https://www.watetsu.com/company/history.php
- わたらせ渓谷鐵道わたらせ渓谷線(ウィキペディア)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/わたらせ渓谷鐵道わたらせ渓谷線
最終更新日: 2026.07.02