神梅の隧道群で最も長い一基
延長166メートル。わたらせ渓谷鐵道第一神梅トンネルは、この路線で登録された煉瓦隧道のなかで最も長く、群馬県みどり市大間々町桐原の稜線を貫いて単線を通す。坑口は馬蹄形断面の煉瓦4枚厚で、覆工は壁面を目で追うとささやかな構造の物語を見せる。頭上のアーチ部は全て煉瓦で積み、腰部では煉瓦積に切石積を併用して、壁が最も大きな荷重を受ける位置に切石の面を据える。
竣工は大正元年(1912年)、昭和49年(1974年)に改修された。今日くぐり抜ける隧道は、当初の躯体と後年の手直しの双方を帯びている。この一基は単独では立たない。第二・第三神梅トンネルが近い間隔で連なり、三基は同じ稜線を続けざまに貫いて築かれた。三つはあわせて渓谷の土木景観の一続きを構成し、大間々の付近で線路が開けた谷を離れ、上流の狭い風景へ転じる境目に、明暗の律動を刻む。
鉱山鉄道の構造物を文化財として残す
路線の起源は私鉄の足尾鉄道にあり、大正元年(1912年)に足尾銅山の鉱石を渡良瀬渓谷から運び下ろすため開通した。アジア有数の規模を誇った足尾銅山は、川の流域を損なった初期の産業公害、足尾鉱毒事件の舞台でもあった。鉄道は大正7年(1918年)に国有化されて国鉄足尾線となり、昭和48年(1973年)の閉山を経て、平成元年(1989年)に第三セクターのわたらせ渓谷鐵道となって現在に至る。
第一神梅トンネルは平成21年(2009年)11月2日に登録有形文化財として登録され、告示は同月19日。路線に沿う約37件の構造物が一括登録された際の一基である。登録有形文化財は、指定文化財より緩やかな枠組みで、おおむね建設後50年を経た建造物を、日々の使用を続けながら守る制度だ。登録は、このトンネルが「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である点を認めている。近傍では、1年早い平成20年(2008年)に登録された上神梅駅本屋が、同じ一帯を印づけている。
渓谷が狭まる区間を乗る
第一神梅トンネルは第二神梅トンネルの約240メートル南東に位置し、上流へ向かう列車のなかで、二基が短い間隔で続く。ちょうどこのあたりで、わたらせ渓谷線は大間々の下手の町並みを離れ、樹木の深い渓谷へと入る。神梅の隧道群がその転換を印づける。車両が通り抜ける間、壁の下部に目を凝らせば、注意深い乗客は、全煉瓦のアーチから、その下の煉瓦と切石の混用へと積み方が変わる様子をとらえられる。
トンネルは現役の軌道であり、立ち入りや徒歩通行はできない。味わうなら列車からで、暖候期に走る窓のないトロッコ車両では、連続する隧道の連なりがひときわ間近に迫る。路線の土木をたどる人には、近くの上神梅駅と、隣り合う第二・第三のトンネルが、谷をゆっくり遡る旅に応えてくれる。
Q&A
- トンネルの長さは。
- 延長166メートルで、この路線で登録された煉瓦隧道のなかで最も長い一基です。単線仕様です。
- 構造上の特徴は。
- アーチ部は全て煉瓦積で、腰部では煉瓦積に切石積を併用します。坑口は馬蹄形断面で、煉瓦4枚厚です。
- ほかにも神梅トンネルはありますか。
- あります。第二・第三神梅トンネルが近い間隔で続き、同じ稜線を続けざまに貫いて築かれました。第二は約240メートル北西にあります。
- 訪ねられますか。
- トンネル自体には立ち入れません。現役の鉄道施設で歩行者は入れず、わたらせ渓谷線の列車から見学できます。
基本情報
| 名称 | わたらせ渓谷鐵道第一神梅トンネル |
|---|---|
| 所在地 | 群馬県みどり市大間々町桐原 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(登録 平成21年11月2日/告示 平成21年11月19日) |
| 登録番号 | 10-0299 |
| 員数 | 1基 |
| 年代 | 大正元年(1912年)、昭和49年(1974年)改修 |
| 構造及び形式 | 煉瓦造及び石造、延長166メートル、擁壁付 |
| 公開状況 | わたらせ渓谷線の車窓から見学可。トンネル自体は非公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — わたらせ渓谷鐵道第一神梅トンネル
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007872
- わたらせ渓谷鐵道株式会社 — 沿革・歴史
- https://www.watetsu.com/company/history.php
- わたらせ渓谷鐵道わたらせ渓谷線(ウィキペディア)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/わたらせ渓谷鐵道わたらせ渓谷線
最終更新日: 2026.07.02