安国寺釈迦堂とは
安国寺釈迦堂は、広島県福山市鞆町後地の安国寺にある禅宗様の仏殿で、昭和2年(1927年)4月25日に国の重要文化財に指定された。読みは「あんこくじしゃかどう」。旧金宝寺の仏殿と伝えられる建物である(文化庁、広島県)。
文化庁の記録では、桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、本瓦葺で、年代を室町時代中期としている。広島県の文化財一覧によれば、附として柱聯1双が指定されている。
金宝寺から備後安国寺へ
広島県によれば、この寺はもと金宝寺と称し、愚谷和尚が創建して師の法燈円明国師(心地覚心)を開山に仰いだという。暦応2年(1339年)、足利尊氏が元弘の乱以来の戦没者の冥福を祈って国ごとに安国寺を設けた際、この寺が備後の安国寺とされた。
寺は一時衰えたが、天正7年(1579年)に安国寺恵瓊が再興し、慶長4年(1599年)に恵瓊が釈迦堂に大修理を加えた。大正7年(1918年)に釈迦堂の背後の本堂が焼失し、現在は釈迦堂1棟と庭園の一部の石組や蘇鉄の巨樹が残る。境内地は県の史跡「備後安国寺」である(広島県)。
重要文化財としての価値
安国寺釈迦堂は昭和2年(1927年)に重要文化財に指定された。広島県は、鎌倉時代末期から南北朝時代初期(14世紀前半)の質実な禅宗様仏殿の形式をよく残す建物と評価している。
県の重要文化財「達磨大師位牌」は、文永10年(1273年)に金宝寺仏殿(現在の安国寺釈迦堂)が造営されたのを記念して大工藤原季弘が施入したものとされる(広島県)。
見どころ
安国寺釈迦堂は三間四方の入母屋造・本瓦葺の仏堂で、禅宗様の仏殿の形式を伝える(文化庁、広島県)。
堂内には、ともに重要文化財の木造阿弥陀如来及び両脇侍立像と木造法燈国師坐像が伝わる。阿弥陀三尊は文永11年(1274年)の作で、中尊の高さ170センチメートルの一光三尊形の善光寺如来であり、法燈国師坐像は建治元年(1275年)、国師69歳の時の写実的な像である(広島県)。
拝観について
安国寺釈迦堂は安国寺の境内にある。拝観の時間や料金について、寺や自治体の公的な案内は見当たらなかった。所在地は福山市鞆町後地。
Q&A
- 安国寺釈迦堂はいつ建てられましたか?
- 文化庁は室町時代中期、広島県は鎌倉時代末期から南北朝時代初期(14世紀前半)としています。
- 安国寺釈迦堂はもともと何の建物でしたか?
- 旧金宝寺の仏殿と伝えられます(広島県)。
- 備後安国寺とはどんな寺ですか?
- 足利尊氏が国ごとに設けた安国寺の一つで、安国寺恵瓊が再興しました(広島県)。
- 安国寺釈迦堂には何が祀られていますか?
- 重要文化財の阿弥陀如来及び両脇侍立像と法燈国師坐像が伝わります(広島県)。
- 安国寺釈迦堂が重要文化財に指定されたのはいつですか?
- 昭和2年(1927年)4月25日です。
基本情報
| 名称 | 安国寺釈迦堂(あんこくじしゃかどう) |
|---|---|
| 所在地 | 広島県福山市鞆町後地 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 昭和2年(1927年)4月25日指定 |
| 員数 | 1棟(附 柱聯1双) |
| 寸法 | 桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、本瓦葺 |
| 所有者 | 文化庁の記録に記載なし |
| 公開状況 | 寺院境内(拝観の公的案内なし) |
参考文献
- 安国寺釈迦堂(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3144
- 福山市の指定文化財一覧(広島県)
- https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/640310.pdf
最終更新日: 2026.10.08