旧尾道市役所百島支所庁舎:瀬戸内海の離島に息づく昭和の洋風建築
穏やかな瀬戸内海に浮かぶ小さな離島・百島(ももしま)。広島県尾道市に属するこの島の北東部に、昭和29年(1954年)に建てられた木造2階建ての洋風庁舎が静かに佇んでいます。旧尾道市役所百島支所庁舎は、かつて百島村の行政の中心として島民の暮らしを支えた建物であり、2022年(令和4年)10月に国の登録有形文化財に登録されました。
百島は周囲約12キロメートル、人口400人に満たない小さな島です。本土との間に橋はなく、信号機もコンビニエンスストアもありません。尾道港からフェリーで約45分、高速船で約25分の船旅でしか辿り着けないこの島は、まさに瀬戸内海の原風景が残る隠れた宝物です。その離島の地で70年以上の時を刻んできた旧支所庁舎は、現在NPO法人ART BASE百島の手により、ゲストハウス兼イベントスペースとして新たな命を吹き込まれています。
歴史:村役場から登録有形文化財へ
本建築は昭和29年(1954年)、当時の沼隈郡百島村の村役場庁舎として建設されました。戦後復興期の離島においても、住民のための近代的な行政施設が整備されたことを物語る貴重な存在です。
その後の市町村合併により百島村は尾道市に編入され、建物は尾道市役所百島支所として引き続き行政機能を担いました。しかし、島の人口減少と行政機能の集約に伴い、やがて庁舎としての役割を終えることとなりました。
転機となったのは、国際的に活躍する現代美術作家・柳幸典氏が率いるNPO法人ART BASE百島の存在です。同団体は2012年に廃校となった旧百島中学校をアートセンターとして再生させたのを皮切りに、島内の遊休施設を次々とアートの拠点として蘇らせてきました。旧支所庁舎もその一環として改修され、建物の歴史的価値を保ちながらゲストハウス・イベントスペースとして活用されるようになりました。そして2022年10月31日、国の登録有形文化財(建造物)として正式に登録されました。
登録有形文化財としての価値
旧尾道市役所百島支所庁舎が登録有形文化財に選ばれた背景には、いくつかの重要な建築的・歴史的価値があります。
まず、建物の外観です。木造2階建ての半切妻造(はんきりづまづくり)で、外壁はモルタル塗り、腰部分は洗い出し仕上げとなっています。縦長窓を等間隔に配した洋風のファサードは、昭和中期の地方公共建築の特色をよく示しています。正面頂部に設けられたガラリ(換気口)と、2階の4連窓が建物の表情に独特のアクセントを与えています。
そして最大の見どころは、2階の大広間を支えるキングポスト・トラス構造です。梁間10メートルを超える大スパンを中間柱なしで実現するこの西洋式の屋根構造は、離島の小規模な庁舎建築としては極めて珍しいものです。この構造により、桟敷席とステージを備えた約180畳もの広大な多目的空間が生まれました。1階には窓口カウンター付きの事務室が残り、昭和の行政窓口の雰囲気を今に伝えています。
見どころ・魅力
圧巻のキングポスト・トラス大広間
2階の大広間は本建築の最大の魅力です。ART BASE百島による改修では、かつて天井裏に隠されていたキングポスト・トラスの木組みをあえて露出させるリノベーション手法が採用されました。見上げれば力強い木造の骨格が空間いっぱいに広がり、西洋の構造技術と日本の空間美学が融合した独特の雰囲気を味わうことができます。現在この大広間では、アート展示、結婚式、各種イベントが開催されるほか、最大10名の宿泊にも利用されています。
レトロモダンな洋風外観
モルタル塗りの白い外壁に縦長窓が整然と並ぶファサードは、離島とは思えないほど洗練された印象を与えます。正面上部のガラリと2階の4連窓が織りなすリズミカルな構成は、昭和中期の地方庁舎建築の美意識を今に伝えています。1950年代の小さな島の住民たちがこの建物に込めた誇りを、訪れる方にも感じ取っていただけることでしょう。
「泊まれる文化財」の体験
多くの登録有形文化財が外観のみの見学にとどまる中、旧支所庁舎は実際に内部に入り、宿泊やイベントを通じて空間を体験できる「泊まれる文化財」です。歴史ある建物の中で一夜を過ごす体験は、単なる観光を超えた深い文化的体験となるでしょう。
ART BASE百島:島の創造的再生を牽引する存在
旧支所庁舎の復活を語るうえで欠かせないのが、NPO法人ART BASE百島の活動です。現代美術作家の柳幸典氏が2012年に設立したこの団体は、犬島アートプロジェクト「精錬所」の構想者としても国際的に知られる柳氏のビジョンのもと、百島を一枚のキャンバスに見立てた創造的な島の再生に取り組んでいます。
主な拠点として、廃校となった旧百島中学校を再生したメインのアートセンター「ART BASE百島」、昭和36年建造の旧映画館を復活させた「日章館」(柳幸典「ヒノマル・イルミネーション」常設展示)、空き家を改修した宿泊施設「五右衛門風呂の家-乙1731」などが島内各所に点在しています。ニューヨーク近代美術館やロンドンのテート・ギャラリーにコレクションされている作家の作品を、離島ならではの穏やかな時間の中で鑑賞できるのが大きな魅力です。
周辺情報・百島の楽しみ方
百島は小さな島ながら、多彩な楽しみ方ができる場所です。島は徒歩でも一周できますが、港で無料の貸自転車を利用するのが便利です。
自然を満喫したい方には、十文字山へのトレッキング、美しいビーチでの海水浴、シーカヤックやSUP(スタンドアップパドルボード)などのマリンアクティビティがおすすめです。春(3月〜5月)にはいちご狩りも楽しめます。
伝統文化に触れたい方には、毎年1月に百島八幡神社で執り行われる「御弓神事」がおすすめです。この行事は、1441年の嘉吉の乱で敗れて百島に逃れた赤松満祐一族が、幕府の追討に備えて弓の稽古をしたことに始まるとされ、尾道市の無形文化財に指定されています。
百島の玄関口である尾道市街も見どころの宝庫です。千光寺公園からの眺望、坂道に連なる寺院群、ノスタルジックな商店街、そして世界的に有名なしまなみ海道サイクリングの起点としても知られています。百島への旅と尾道観光を組み合わせることで、瀬戸内海の魅力を余すところなく体験できるでしょう。
アクセス・訪問のご案内
百島への交通手段は船のみです。尾道港(JR尾道駅前)から備後商船が運航する高速船「ニューびんご」で約25分、フェリー「百風(ももかぜ)」で約45分で百島・福田港に到着します。福山市の常石港からはフェリーで約10〜12分と、より短時間でのアクセスも可能です。
ART BASE百島の施設(旧支所庁舎を含む)は完全予約制です。訪問・宿泊・イベント利用をご希望の方は、事前にART BASE百島までお問い合わせください。ランチ付きの約3時間のガイドツアーでは、島内の複数のアート拠点を巡ることができます。
島内には飲食店や商店がほとんどありませんので、尾道から食料や飲料を持参されることをおすすめします。ART BASE百島のカフェでは島の食材を使ったランチが提供されますが、こちらも事前予約が必要です。
Q&A
- 百島へはどのように行けますか?
- 尾道港(JR尾道駅前)から備後商船の高速船で約25分、フェリーで約45分です。福山市の常石港からはフェリーで約10〜12分でもアクセスできます。百島には橋が架かっていないため、船が唯一の交通手段となります。
- 旧支所庁舎に宿泊できますか?
- はい、宿泊可能です。NPO法人ART BASE百島によりゲストハウス・イベントスペースとして改修されており、2階のキングポスト・トラス構造を見せる大広間に最大10名まで宿泊できます。建物全体を貸し切って結婚式やイベントを開催することも可能です。いずれも事前予約が必要です。
- 見学だけでも可能ですか?
- ART BASE百島の施設は完全予約制となっています。見学をご希望の場合は、事前にART BASE百島(電話:0848-73-5105)までお問い合わせください。ランチ付きの約3時間のガイドツアーに参加することで、旧支所庁舎を含む島内の複数のアート施設を巡ることができます。
- おすすめの訪問時期はいつですか?
- 春(3月〜5月)は気候も良く、いちご狩りも楽しめます。夏はカヤックやSUPなどのマリンアクティビティが充実しています。秋はART BASE百島の企画展が開催されることが多く、アート鑑賞に最適です。冬は静かですが、1月の「御弓神事」は百島ならではの伝統行事として見応えがあります。
- 百島には他にどのような見どころがありますか?
- 旧支所庁舎のほか、ART BASE百島のメイン施設(旧百島中学校)、旧映画館を再生した「日章館」、アートゲストハウス「五右衛門風呂の家-乙1731」などのアート施設があります。自然を楽しむなら十文字山トレッキング、ビーチでの海水浴、カヤック体験などもおすすめです。
基本情報
| 名称 | 旧尾道市役所百島支所庁舎(きゅうおのみちしやくしょももしまししょちょうしゃ) |
|---|---|
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(建造物) 登録年月日:令和4年(2022年)10月31日 |
| 建築年 | 昭和29年(1954年) |
| 構造 | 木造2階建、半切妻造、鉄板葺、建築面積251㎡ |
| 所在地 | 広島県尾道市百島町字郷1316-1 |
| 所有者 | 特定非営利活動法人ART BASE百島 |
| アクセス | JR尾道駅より徒歩すぐの尾道港から高速船で約25分またはフェリーで約45分、福田港下船後徒歩約10分 |
| 見学・利用 | 完全予約制(電話:0848-73-5105) |
参考文献
- 文化遺産オンライン — 旧尾道市役所百島支所庁舎
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/547681
- 中国新聞デジタル — 旧尾道市役所百島支所庁舎、益田の新比惠家住宅主屋など登録有形文化財へ
- https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/192205
- ART BASE 百島 | YANAGI+ARTBASE
- https://yanagi-artbase.com/art-base-momoshima/
- アートベース百島|ART BASE MOMOSHIMA 公式サイト
- https://artbasemomoshima.jp/
- 百島Net — 百島へのアクセス
- https://momoshima.net/access/
- 尾道市の観光情報 — アートベース百島
- https://www.ononavi.jp/sightseeing/museum/detail.html?detail_id=816
最終更新日: 2026.03.26