三棟のうち最も古いのは門である

金原家住宅門(かねはらけじゅうたくもん)は、広島県東広島市西条町下三永字土壇原にある木造の門で、明治後期の建築に大正期の増築を経たもの、平成24年(2012年)8月13日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

当住宅で登録された3棟のうち、年代がもっとも遡るのがこの門である。原簿は主屋と離れを大正期とするのに対し、門については明治後期(1898〜1912年頃)の建築に大正期の増築を加え、平成9年(1997年)に移築した旨を記す。つまりこの家は、現在門が向き合っている主屋よりも先に、この格の門を構えていたことになる。

門は主屋玄関の北正面に建つ。桁行6.3メートル、梁間2.4メートル、切妻造桟瓦葺である。

三間構成と潜戸

正面は三間に分かれる。棟通りの中央間が門口で、間口3メートル。ここに板扉を吊る。両脇間は横板壁とし、西側に潜戸を開く。

潜戸について一言を要する。腰をかがめて通る小扉で、主扉の脇あるいは主扉自体に設けられ、3メートルの板扉を動かさずに人の出入りを済ませるためのものである。日本の門にはほぼ必ず備わる。主扉が開かれるのは、駕籠や荷車、あるいは改まった来客といった機会に限られ、日々の通行はこの小扉が担った。

両側面は板張りではなく土壁とする。そのため側面から見た門は正面よりも閉じた、量感のある姿となる。解説文が「重厚な構えをもつ表門」と評するのは、この構成全体に対してである。

なお文化庁のデータベースは、この門を他の2棟と異なる区分に置く。主屋と離れの種別2欄が「建築物」であるのに対し、門は「その他工作物」と記される。優劣を示す区分ではなく、内部空間を囲わない構築物であることを反映した目録上の扱いである。ただし種別から検索する場合、同一の住宅に属する3棟が二か所に分かれて現れる点は留意しておきたい。

門が担った役割と、移築という手続き

日本の住宅において、門は西洋建築のファサードに相当する役割を負った。屋敷は塀と植栽で囲われ、通りに対して閉じる。外から見えるのは門だけである。間口の広さ、屋根形式、材の質、脇間に部屋を設けるか否か。それらが家格を示す語彙として機能した。江戸期には身分に応じて許される門の形式が定められ、この対応関係は制度として明文化されていた。明治維新でその規定は失効したが、門から家を読む習慣は制度より長く生き延びた。明治後期に在郷の家が桁行6.3メートル、門口3メートルの門を構えたことの意味は、その文脈で測られる。

平成9年の移築は、移築建物一般につきまとう問いを呼び起こす。現在立っているもののうち、どれだけが元の材か。日本の木造建築は、この問いに比較的よく答えられる。釘に頼らず仕口と継手で組む軸部は、番付を打って解体し、再び組み上げることができる。技法としての蓄積も長い。瓦は下ろして葺き直し、土壁は運べないため塗り直しとなり、腐朽した材は取り替えられる。しかし建物の性格を決める軸部の主要材は、多くの場合そのまま移動を経る。

移築から15年を経た平成24年の登録は、文化庁の調査官が移築後の状態を確認したうえで、登録基準の求める質が保たれていると判断したことを示す。3棟はいずれも「造形の規範となっているもの」により同時に登録され、門の登録番号は34-0132である。

公開状況は他の2棟と同様である。公開日・拝観時間・拝観料の公表はなく、国指定文化財等データベースにも所有者名・管理団体の記載がない。所在地は東広島市西条町下三永字土壇原286-5、JR山陽本線の西条駅から南へおよそ4キロメートル。周辺の移動には自動車が現実的である。同じ下三永には、ほぼ同時代の水道施設である三永水源地があり、堰堤周辺は日中に無料で開放されている。

Q&A

Q金原家住宅門は他の建物と比べていつのものですか。
A3棟のうちもっとも古い建物です。原簿は門を明治後期(1898〜1912年頃)の建築とし、大正期の増築を記します。主屋と離れは大正期の建築です。3棟とも平成9年(1997年)に現在地へ移築されています。
Q金原家住宅門の規模と構造はどのようなものですか。
A木造平屋建、桁行6.3メートル、梁間2.4メートル、切妻造桟瓦葺です。中央間を間口3メートルの門口として板扉を吊り、両脇間は横板壁、西側に潜戸を開きます。両側面は土壁です。
Q金原家住宅門は見学できますか。
A公開されていません。個人所有であり、文化庁の国指定文化財等データベースにも所有者名・管理団体・公開に関する記載がありません。登録有形文化財の登録は、所有者に公開を義務づけるものではありません。
Q金原家住宅門はなぜデータベース上の種別が他の2棟と違うのですか。
A門の種別2欄は「その他工作物」、主屋と離れは「建築物」と記載されています。内部空間を囲わない構築物であることを反映した目録上の区分で、価値の上下を示すものではありません。
Q金原家住宅門の潜戸とは何ですか。
A腰をかがめて通る小扉のことで、当門では西側の脇間に開かれています。3メートルの主扉を動かさずに日常の出入りを済ませるための扉で、主扉は駕籠や荷車、改まった来客のために開かれました。規模を問わず日本の門に広く見られる形式です。

基本データ

名称金原家住宅門(かねはらけじゅうたくもん)
所在地広島県東広島市西条町下三永字土壇原286-5
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号34-0132 第73回登録 種別2は「その他工作物」
指定年平成24年(2012年)8月13日登録・同日告示
員数1棟
寸法間口6.3メートル、梁間2.4メートル、木造、瓦葺、門口の間口3メートル
所有者個人(国指定文化財等データベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。公開に関する情報の公表なし

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 金原家住宅門
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009378
文化遺産オンライン 金原家住宅門
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/230451
東広島市 市内の指定・登録文化財
https://www.city.higashihiroshima.lg.jp/soshiki/kyoikuiinkaishogaigakushu/3/11/bunkazai/index.html
広島県教育委員会 広島県の文化財
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/bunkazai/

最終更新日: 2026.08.04