道を挟んだ北東の敷地に構える土蔵
亀齢酒造五号蔵は、広島県東広島市西条本町にある大正期(1912年〜1926年)の酒蔵で、昭和39年(1964年)頃に手が加えられ、平成28年(2016年)8月1日に国の登録有形文化財に登録された。亀齢酒造の中心敷地から道を挟んだ北東の敷地にあり、土蔵造2階建、瓦葺、建築面積は597平方メートルである。
建物は2つの棟でできている。中央棟は東西に長い2階建で、その北側に、中央棟を増築する形で北棟が並行して建つ。北棟は敷地いっぱいまで広がっている。
年代の記録には食い違いがある。文化庁のデータベースは年代欄で「大正期/昭和39頃増築」とする一方、西暦欄では昭和39年頃を「移築」と記している。解説文の記述(中央棟を増築する形で北棟を建てる)からは増築と読むのが自然だが、どちらかを確定できる資料は見つかっていない。
登録の理由は道沿いの白壁と腰板
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁の解説が景観の担い手として挙げるのは北棟で、白い漆喰の外壁に、腰まわりを簓子下見(ささらこしたみ)で張っている。この壁面が道沿いに続き、街路の景観をつくっているという評価である。
簓子下見は下見板張の一種で、横に重ねた板を、その段に合わせてぎざぎざに刻んだ縦材(簓子)で押さえる。上の白壁は平滑、下の腰板は板の重なりが段になって影を落とす。上下で質感がはっきり分かれる壁である。
亀齢酒造五号蔵の規模は597平方メートルで、中心敷地の一号蔵(642平方メートル)に次ぐ。中心敷地の外にこれだけの蔵を構えたことは、大正期以降の蔵元の広がりを示している。
見どころは中央棟の東西で違う屋根
中央棟の屋根は、両端の形が違う。東端は切妻造で、妻壁が三角形のまま立ち上がる。西端は入母屋造で、下半分が寄棟のように四方へ流れ、上部だけに小さな妻面が残る。
1棟の屋根の東西で納め方を変えるのは珍しい形ではないが、並べて見ると違いがはっきりする。東の妻は面で、西の妻は屋根の重なりで見せる。中央棟の両端を回って見比べたい。
北棟は、中央棟の屋根と平行に棟を通す。2本の棟が並ぶため、見る位置によっては屋根が二重に重なって見える。
見学方法
亀齢酒造五号蔵は稼働中の酒造場の建物で、内部は公開されていない。北棟は道沿いに建っているので、白漆喰の壁と簓子下見の腰板は公道から見られる。
中央棟の東西の妻は、周囲の道からどこまで見通せるかが場所によって違う。撮影は公道からにとどめ、敷地内には立ち入らないようにしたい。
Q&A
- 亀齢酒造五号蔵はいつ建てられたのですか?
- 文化庁のデータベースは大正期(1912年〜1926年)の建築とし、昭和39年(1964年)頃に手が加えられたとしています。ただしデータベースの中で、これを「増築」とする欄と「移築」とする欄があり、記述が食い違っています。
- 亀齢酒造五号蔵はどこにありますか?
- 亀齢酒造の中心敷地から道を挟んだ北東の敷地にあります。所在地は広島県東広島市西条本町693-1ほかです。
- 亀齢酒造五号蔵の中を見学できますか?
- 内部は公開されていません。道沿いに建つ北棟の白壁と腰板は、公道から見られます。
- 亀齢酒造五号蔵の屋根にはどんな特徴がありますか?
- 中央棟の屋根は、東端が切妻造、西端が入母屋造と、両端で形が違います。北棟は中央棟と平行に棟を通しています。
- 亀齢酒造五号蔵はなぜ登録有形文化財になったのですか?
- 「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として、平成28年(2016年)8月1日に登録されました。白漆喰の外壁に簓子下見の腰板を張った北棟が、街路の景観をつくっている点が評価されています。
基本データ
| 名称 | 亀齢酒造五号蔵(きれいしゅぞうごごうぐら) |
|---|---|
| 所在地 | 広島県東広島市西条本町693-1ほか |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)登録番号34-0196 |
| 指定年 | 平成28年(2016年)8月1日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積597平方メートル |
| 所有者 | 亀齢酒造株式会社 |
| 公開状況 | 内部非公開(北棟の外観は公道から見学可) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):亀齢酒造五号蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011203
- 国指定文化財等データベース(文化庁):亀齢酒造一号蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011200
最終更新日: 2026.09.24