耕三寺銀龍閣とは

耕三寺銀龍閣は、広島県尾道市瀬戸田町の耕三寺の境内南東方に建つ昭和18年(1943年)の建物で、2003年(平成15年)に登録有形文化財となった。庭園の池泉に張り出して建ち、登録された15棟のなかでは最も新しい。

木造平屋建、銅板葺で建築面積は40平方メートル。八畳大の板間の三方に縁を廻らし、東側に床と小室を設ける。屋根は宝形造の銅板葺である。板間は鏡天井として龍の絵を描き、軸部はすべて銀色とする。板間の障子に花頭窓を設ける点も特徴になっている。

寺は、信楽殿の後方、巨石と樹林に囲まれた林泉のなかに建つ書院造の建物と説明する。泉水は琵琶の池と呼ばれる。玄関と勝手を付け、茶室として利用できるようにしてある。

登録有形文化財としての価値

耕三寺銀龍閣の登録基準は「再現することが容易でないもの」である。文化庁の解説は、この建物を特異な意匠の建築としている。境内の堂塔が古建築を手本とするなかで、耕三寺銀龍閣には特定の原型が挙げられていない。

銀を基調とする軸部の仕上げがその中心にある。寺は、内外部とも銀色の塗装を多く用いており、これが白色とともに戦後の耕三寺の建築色の基調になったと説明している。昭和18年のこの建物が、のちの色彩方針の起点になったという位置づけである。

障子に花頭窓を設ける点も挙げられている。花頭窓は本来、壁に開ける窓の形式で、建具そのものに取り入れる例は多くない。登録日は2003年9月19日、登録番号は34-0056である。

見どころ

耕三寺銀龍閣は、水面との関係から見るのがよい。建物は池に張り出して建つので、水に映る姿が建物の半分をつくる。風のない朝は輪郭が二重になり、風が出れば下半分だけが崩れる。

屋根は宝形造の銅板葺で、四面が頂点に集まる。40平方メートルという小ささに対して屋根の比重が大きく、離れて見ると屋根だけが樹林のなかに浮かんで見える。

縁は三方に廻る。北・西・南の三面が開き、東側だけが床と小室で閉じている。開いた側は池と林に向き、閉じた側が背になる。この向きの決め方が、建物の性格を池側に寄せている。

内部の鏡天井に描かれた龍と、銀色の軸部は非公開のため直接は見られない。ただし縁側や障子の向こうに銀の反射が見える位置はある。障子に切られた花頭窓の輪郭は、外からでも確かめられる。

見学方法

耕三寺銀龍閣は内部が非公開で、建物のなかに入ることはできない。見学は外観に限られ、庭園越しに眺める形になる。

信楽殿の後方へ回ると、樹林のあいだから耕三寺銀龍閣が見えてくる。池を手前に入れるなら、池の対岸に当たる位置まで歩く。屋根の形を見るなら、少し高い場所から見下ろす角度を探すとよい。木立が近いので、季節によって見える範囲が変わる。

撮影は個人で楽しむ範囲と個人のSNSやブログへの掲載が認められている。営利目的での無断使用は認められておらず、敷地内でのドローン飛行は禁止されている。開館時間と入館料は耕三寺のページにまとめてある。

よくある質問

Q耕三寺銀龍閣の中に入れますか?
A内部は非公開で入れません。見学は外観に限られ、庭園越しに眺める形になります。
Q耕三寺銀龍閣の名前はどこから来ているのですか?
A板間の鏡天井に龍の絵を描き、軸部をすべて銀色とすることに由来します。文化庁も特異な意匠の建築としています。
Q耕三寺銀龍閣はどんな用途の建物ですか?
A書院造の建物で、玄関と勝手を付け、茶室として利用できるようにしてあります。池泉に張り出して建ちます。
Q耕三寺銀龍閣の規模はどれくらいですか?
A八畳大の板間を本体とし、建築面積は40平方メートルです。木造平屋建、宝形造の銅板葺です。
Q耕三寺銀龍閣はいつ建てられましたか?
A昭和18年(1943年)で、登録された15棟のなかでは最も新しい建物です。

基本データ

名称耕三寺銀龍閣
所在地広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田553-2
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年2003年(平成15年)9月19日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、銅板葺、建築面積40平方メートル
所有者宗教法人耕三寺
公開状況外観は開館時間内に見学可、内部は非公開

参考文献

国指定文化財等データベース 耕三寺銀龍閣(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003598
堂塔のご案内(耕三寺博物館)
https://www.kousanji.or.jp/map.html
写真等の撮影について(耕三寺博物館)
https://www.kousanji.or.jp/news/photograph-manners/

最終更新日: 2026.09.14