明王院五重塔|民衆の信仰が築いた国宝――福山市に佇む中世密教建築の至宝

広島県福山市の草戸町、芦田川のほとりに連なる愛宕山の山裾に、鮮やかな朱色の五重塔が静かに空に向かって伸びています。高さ29.14メートル、貞和4年(1348年)に建立された明王院の五重塔は、昭和28年(1953年)に国宝に指定された、日本を代表する中世仏教建築のひとつです。この塔が特別である理由は、その歴史的な古さや建築的な美しさだけではありません。天皇や将軍、貴族ではなく、この地に暮らす名もなき人々が「一文勧進」――一文ずつの小さな浄財を積み重ねて建立したという事実にあります。民衆が建てた五重塔としては日本最古であり、中世の人々の篤い信仰心と、地域の絆を今に伝える貴重な記念碑です。

弘法大師空海が開いた古刹

明王院は真言宗大覚寺派に属する古刹で、寺伝によれば大同2年(807年)に弘法大師空海によって開基されたと伝えられています。もとは「西光山理智院常福寺」と称し、律宗に属して奈良の西大寺の末寺でした。開基から五重塔建立までの約500年間の寺史を示す記録は見つかっておらず、詳細は不明ですが、鎌倉時代後期に南都西大寺流律宗の勧進活動が活発になり、また眼下を流れる芦田川の中洲に栄えた中世の商業都市「草戸千軒」の経済力を背景として、鎌倉末期の元応3年(1321年)に本堂が再建され、さらに27年後の貞和4年(1348年)に五重塔が建立されるに至りました。

江戸時代に入ると、元和5年(1619年)に福山藩初代藩主・水野勝成が入府し、当寺を篤く崇敬します。三代・水野勝貞の時代に、城下にあった別の「明王院」を常福寺に合併し、寺号を「明王院」と改めて現在に至っています。以後、歴代藩主の祈願寺として庇護を受け、末寺48寺を有する当地方有数の寺院としての地位を築きました。

国宝に指定された理由

五重塔は大正2年(1913年)に旧国宝(重要文化財)に指定され、昭和28年(1953年)3月31日に改めて国宝に指定されました。その評価の核心には複数の重要な価値が認められています。

第一に、全国に現存する国宝五重塔のなかで5番目の古さを誇り、中国地方では最古の五重塔であること。第二に、最上部の相輪伏鉢に刻まれた銘文から、貞和4年(1348年)12月18日に九輪を上げたことが明確に記録されており、「一文勧進の小資を積んで」建立されたことが判明していること。それ以前の国宝五重塔はすべて朝廷や皇族の発願によるもので、民衆の浄財で建てられた五重塔としては日本最古の事例です。

第三に、内部の装飾画が建立当初の状態を驚くほどよく保存していること。壁面には「真言八祖行状図」が描かれ、四天柱には金剛界三十七尊が配されています。さらに側柱、長押、天井にいたるまで唐草文様・花鳥・飛天などの彩色で荘厳されており、後補の扉と来迎壁を除けば、ほぼ建立当初の姿を伝えています。これほど完全に当初の彩色装飾を残した塔は他に類例がないと評価されています。

東京スカイツリーにも採用された「浮く心柱」の技術

明王院五重塔のもうひとつの注目すべき特徴は、心柱(しんばしら)の構造です。通常の五重塔では心柱が基礎から最上部まで一本で通っていますが、本塔の心柱は初重の天井部分で止まっており、地面には接していません。いわば「浮いている」状態にあるのです。この構造は全国的にも極めて珍しく、地震の際に心柱が建物本体と独立して揺れることで、振動エネルギーを吸収・分散する効果があると考えられています。

この「心柱制振」の原理は、2012年に完成した東京スカイツリーの制振構造にも採用されたことで広く知られるようになりました。670年以上前の中世の建築職人たちが、現代の最先端工学と同じ発想の耐震技術を実現していたという事実は、日本の伝統建築技術の奥深さを物語っています。

見どころと魅力

五重塔の外観は常時見学が可能で、純和様の端正な姿は四季を通じて美しい景観を見せてくれます。春には桜、秋には紅葉が朱色の塔を彩り、雨に濡れた新緑とのコントラストもまた格別です。初重から五重へとゆるやかに逓減する屋根の比率が生み出す、軽やかで均整のとれたシルエットは、南北朝時代を代表する建築として高く評価されています。

五重塔の隣に建つ本堂もまた国宝であり、全体に和様、細部に唐様を用いた折衷様式としては現存最古の建物です。境内にはほかにも書院・庫裡・護摩堂(いずれも広島県指定重要文化財)があり、拝観料500円で内部を見学できます。書院と護摩堂の間には「鶴亀の庭」と呼ばれる美しい庭園があり、夏には蓮の花が咲き誇ります。

五重塔の内部は通常非公開ですが、毎年11月第3土曜日に初重のみ特別公開が行われます。このとき、壁画の真言八祖行状図や金剛界三十七尊の極彩色の仏画、そして広島県指定重要文化財の弥勒菩薩坐像・不動明王坐像・愛染明王坐像を間近に見ることができます。年に一度しかない貴重な機会ですので、この時期の訪問を強くおすすめいたします。

また、明王院は「山陽花の寺 二十四か寺」の第十八番札所に数えられており、サツキ・ツバキ・アジサイが寺を代表する花として親しまれています。参道の石段脇には沙羅の木も植えられており、6月ごろに可憐な花を咲かせます。

草戸千軒と周辺観光

明王院のすぐ前を流れる芦田川の中洲には、かつて「草戸千軒町」と呼ばれた中世の一大商業都市が栄えていました。平安時代末期から戦国時代にかけて多くの商人や職人が集い、瀬戸内海交易の拠点として繁栄しましたが、洪水によって川底に埋没し、「日本のポンペイ」とも称されます。1960年代以降の大規模な発掘調査で膨大な出土品が発見され、それらは近隣の広島県立歴史博物館で展示されています。中世の暮らしを生き生きと伝える展示は、明王院訪問と合わせてぜひご覧いただきたいスポットです。

明王院に隣接する草戸稲荷神社も見逃せません。同じく大同2年(807年)に空海が明王院の鎮守として祀ったと伝えられ、全国的にも珍しい懸崖造りの朱塗りの社殿が特徴です。約23メートルの高さにある本殿まで階段を上ると、福山市街を一望する絶景が広がります。初詣には約40万人が訪れる広島県屈指の参拝スポットでもあります。

福山駅方面では、新幹線駅から最も近い城のひとつとして知られる福山城がわずか徒歩数分の距離にあり、城内の博物館とあわせて見学できます。また、福山駅からバスで約30分南下すると、スタジオジブリ映画「崖の上のポニョ」のモデルとなったことでも知られる港町・鞆の浦に到着します。明王院への途中にあるため、同じ日に組み合わせて訪れるのに最適です。

Q&A

Q五重塔の内部は見学できますか?
A五重塔の内部は通常非公開です。ただし、毎年11月の第3土曜日に初重のみ特別公開が行われ、壁画や仏像を拝観することができます。最新のスケジュールは明王院または「明王院を愛する会」のウェブサイトでご確認ください。
Q拝観料はかかりますか?
A境内の散策および五重塔・本堂の外観見学は無料です。書院・庫裡・護摩堂など建物内の拝観は有料で、大人500円、中高校生300円となっています。建物内の拝観時間は午前10時から午後4時までです。
Q福山駅からのアクセスは?
AJR福山駅からタクシーで約10分が最も便利です。路線バスの場合、南口バスターミナル5番乗り場からトモテツバス鞆行きに乗車し「草戸大橋」バス停下車、徒歩約15分。または6番乗り場から尾道方面行きに乗車し「明王台入口」バス停下車、徒歩約15分。車の場合は山陽自動車道福山東ICまたは福山西ICから約30分。無料駐車場(約30台分、草戸稲荷神社と共用)があります。
Q訪問に最適な季節はいつですか?
A四季を通じて美しいお寺ですが、特におすすめなのは桜の季節(3月末〜4月)と紅葉の季節(11月中旬〜12月初旬)です。11月の特別公開に合わせた訪問が最も充実した体験となります。夏には庭園の蓮の花も見事です。普段は参拝者も少なく、静かな環境でゆっくりと国宝建築を鑑賞できます。
Q海外からの旅行者でも楽しめますか?
A英語の案内表示は限られていますが、五重塔や本堂の壮麗な外観は言葉を超えて感動を与えてくれます。事前にウェブサイトで情報を確認するか、翻訳アプリをご利用ください。ご住職はお客様に丁寧に対応してくださることで知られています。団体拝観については直接お寺へFAX(084-944-8881)でお問い合わせください。

基本情報

名称 明王院五重塔(みょうおういんごじゅうのとう)
指定 国宝(昭和28年〈1953年〉3月31日指定)
建立年 貞和4年(1348年)
構造 三間五重塔婆、本瓦葺
高さ 29.14メートル
規模 方三間(4.363メートル)
建築様式 純和様
寺院名 中道山円光寺明王院
宗派 真言宗大覚寺派
所在地 〒720-0831 広島県福山市草戸町1473
参拝時間 境内:8:00〜17:00 / 建物内拝観:10:00〜16:00
拝観料 境内:無料 / 建物内:500円(大人)、300円(中高校生)
電話番号 084-951-1732
FAX 084-944-8881
アクセス JR福山駅からタクシー約10分 / 山陽自動車道 福山東ICまたは福山西ICから約30分
駐車場 あり(約30台・無料、草戸稲荷神社と共用)

参考文献

明王院五重塔 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195800
明王院五重塔(みょうおういんごじゅうのとう) — 福山市ホームページ
https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64287.html
明王院(みょうおういん) — ふくやま観光・魅力サイト「えっと福山」
https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/site/miryoku2023/288940.html
国宝 五重塔 — 明王院を愛する会
https://myouo-in.jimdofree.com/
【国宝】明王院 — 福山観光コンベンション協会
https://www.fukuyama-kanko.com/travel/tourist/detail.php?id=19
明王院 (福山市) — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/明王院_(福山市)
明王院 〜 境内に国宝建造物が2棟 — 備後とことこ
https://bintoco.com/myooin/
明王院 — 中国観音霊場
https://www.kannon.org/author/jiin9/

最終更新日: 2026.02.17