1基の五重塔 ― 1953年に国宝
明王院五重塔は、広島県福山市草戸町にある室町時代前期の建造物で、1913年(大正2年)4月14日に重要文化財となり、1953年(昭和28年)3月31日に国宝に指定された。員数は1基、所有は明王院である。
員数の単位は基である。浄土寺多宝塔に続いて2件目になる。構造は三間五重塔婆、本瓦葺で、年代の欄は1348年とする。
同じ寺の明王院本堂は、1900年(明治33年)4月7日の重要文化財、1964年(昭和39年)5月26日の国宝である。国宝の日が塔と11年違う。浄土寺では本堂と多宝塔が同じ日に国宝となっており、逆の形になる。
本尊の名が、調査によって変わった
塔の中に安置されている像について、記録が名の変更を示す。
初重の四天柱内に須弥壇を設け、大日如来(平成五年の調査で弥勒菩薩に名称変更)と不動明王・愛染明王とを安置している、とある。
平成五年は1993年である。もとは大日如来と呼ばれていた像が、調査を経て弥勒菩薩とされた。
括弧のなかに変更の事実が書き込まれている。古い名と新しい名の両方が、一つの記録に残っていることになる。
唐招提寺経蔵では、由来が最近の調査で判明したと記されていた。あちらは分からなかったことが分かった例である。
本件は、分かっていたはずのことが変わった例になる。調査によって、名が置き換わっている。
建物は動かず、寺の籍のほうが移ってきた
この寺の名は、途中で変わっている。
明王院はもと常福寺と呼ばれ、律宗に属し、西大寺の末であった、とある。
続けて、元和年間(1615年から1624年)水野勝成が福山入国後、寺籍を移してここを明王院とした、と記される。
別の寺の籍がここへ移され、それによって寺の名が変わった。建物はもとの場所にあり続けている。
不動院金堂では、山口の禅宗寺院の仏殿が広島へ運ばれ、真言宗の金堂になった。建物が動いて宗派が変わった例である。
本件は逆で、建物は動かず、寺の籍のほうが移ってきた。塔が建ったのは1348年で、名が変わったのは元和年間、270年ほど後になる。
頂部を据えた日付まで分かる
年代の根拠が、月日まで示される。
五重塔はその伏鉢の刻銘により、貞和四年(1348年)十二月十八日九輪を上げたことが明らかである、とある。
九輪は塔の頂部に立つ相輪の一部である。それを上げた日が、12月18日と特定されている。
刻銘は伏鉢にある。伏鉢も相輪の一部で、その表面に彫られた文字が根拠になっている。
姫路城イ、ロ、ハ、ニの渡櫓では大天守の年代が墨書から、不動院金堂では天井絵の銘文から分かるとされた。浄土寺多宝塔では、相輪の内側に経が納められていた。
本件は相輪の表面に彫られた文字である。しかも建立の年ではなく、頂部を据えるという特定の工程の日が記録されている。
参拝
所在は広島県福山市草戸町で、所有は明王院である。境内に建つ塔であり、外観は参拝の際に見ることができる。
構造にも特徴がある。心柱は二重目で止まり、とある。塔の中心を貫く柱が、最上部まで通っていない。
内部の絵についても詳しい。壁には真言八祖の行状絵伝を、四天柱には金剛界の三十六尊を描き、そのほか側柱、長押まですべて絵で荘厳されており、とある。四天柱の三十六尊は、中尊と合わせて三十七尊とされる。
残り具合も記される。後補の扉と来迎壁とを除いては、よく建立当初の装飾を伝えている、とある。後から補われた部分を除いたうえでの評価である。
解説の末尾には引用文献が示される。『国宝辞典(四)』(便利堂 2019年)で、姫路城イ、ロ、ハ、ニの渡櫓、浄土寺多宝塔に続いて3件目になる。内部の拝観については寺の定めによる。訪問前に確認したい。
Q&A
- 明王院五重塔はいつ指定されましたか。
- 1913年(大正2年)4月14日に重要文化財、1953年(昭和28年)3月31日に国宝へ指定されました。員数は1基、所在は広島県福山市草戸町、所有は明王院です。
- 中には何が安置されていますか。
- 文化庁は「大日如来(平成五年の調査で弥勒菩薩に名称変更)と不動明王・愛染明王とを安置している」と記します。1993年の調査で像の名が変わり、古い名と新しい名が併記されています。
- 寺の名は変わったのですか。
- 変わりました。文化庁は「もと常福寺と呼ばれ、律宗に属し」とし、元和年間に「水野勝成が福山入国後、寺籍を移してここを明王院とした」と記します。建物は動かず、寺の籍が移ってきています。
- いつ建てられたのですか。
- 文化庁は「その伏鉢の刻銘により、貞和四年(1348年)十二月十八日九輪を上げたことが明らかである」と記します。塔の頂部を据えた日が、月日まで特定されています。
- 内部の絵は残っていますか。
- 文化庁は「後補の扉と来迎壁とを除いては、よく建立当初の装飾を伝えている」と記します。壁には真言八祖の行状絵伝、四天柱には金剛界の三十六尊が描かれています。
基本情報
| 名称 | 明王院五重塔(みょうおういんごじゅうのとう)/同じ境内の明王院本堂も国宝 |
|---|---|
| 所在地 | 広島県福山市草戸町 |
| 指定区分 | 国宝(建造物・宗教建築) |
| 指定年 | 1913年(大正2年)4月14日 重要文化財/1953年(昭和28年)3月31日 国宝 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 3間5重塔婆、本瓦葺。年代の欄は1348年で、伏鉢の刻銘により同年12月18日に九輪を上げたことが分かる。心柱は2重目で止まる。時代は室町前期 |
| 所有者 | 明王院 |
| 公開状況 | 境内に建つ塔で、外観は参拝の際に見ることができる。内部の拝観は寺の定めによる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 明王院五重塔
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195800
- 文化遺産オンライン 明王院本堂
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/202069
- 福山市 明王院
- https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64287.html
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.05