1棟の本堂 ― 1964年に国宝
明王院本堂は、広島県福山市草戸町にある鎌倉時代後期の建造物で、1900年(明治33年)4月7日に重要文化財となり、1964年(昭和39年)5月26日に国宝に指定された。員数は1棟、所有は明王院である。
1964年5月26日の国宝は、ここまで扱った物件のなかで新しい部類にあたる。同じ寺の明王院五重塔は1953年3月31日で、11年早い。
構造は桁行五間、梁間五間、一重、入母屋造、向拝一間、本瓦葺である。年代の欄は1321年、解説は元応三年とする。
重要文化財と国宝で、二棟の順序が入れ替わる
同じ寺の本堂と五重塔で、指定の順番が逆になっている。
重要文化財になったのは、本堂が1900年4月7日、五重塔が1913年4月14日である。本堂が13年早い。
国宝になったのは、五重塔が1953年3月31日、本堂が1964年5月26日である。今度は塔が11年早い。
先に重要文化財となった本堂が、国宝では後になった。二段階のあいだで順序が入れ替わっている。
浄土寺では、多宝塔が1901年、本堂が1913年に重要文化財となり、国宝は両者とも1953年3月31日で同じだった。歓喜院では、同じ日に重要文化財となった二棟のうち一方だけが国宝へ進んだ。
明王院の二棟は、どちらも国宝になりながら、順序が入れ替わっている。
浄土寺本堂と、構造の記述が一字一句同じである
この本堂の構造欄には、見覚えのある文字列が並ぶ。
桁行五間、梁間五間、一重、入母屋造、向拝一間、本瓦葺、とある。
浄土寺本堂の構造欄も、桁行五間、梁間五間、一重、入母屋造、向拝一間、本瓦葺である。一字一句同じになる。
崇福寺大雄宝殿と崇福寺第一峰門では、解説文が同じだった。あちらは同じ寺の二棟である。
明王院本堂と浄土寺本堂は別の寺、別の市にある。それでいて構造の記述が完全に一致している。
年代は明王院本堂が1321年、浄土寺本堂が1327年で、6年しか違わない。同じ時期に、同じ形の建物が建てられていたことになる。
混ざり方は、二つと三つで違う
様式の記述は、浄土寺本堂と異なる。
明王院本堂は、その様式が和様に唐様(禅宗建築の様式)を混じている古い例であって、とされる。和様と唐様の二つである。
浄土寺本堂は、和様を基調として唐様、天竺様を混用したいわゆる折衷様式に属し、とされる。こちらは三つになる。
構造の記述が同じでも、様式の説明は違う。混ぜられた要素の数が一つ多い。
評価の書き方も違う。浄土寺本堂は、年代の確証あるものとしては最古の例に属する、と最古を主張した。
明王院本堂は、様式混合の時期を示す基準となる作である、とされる。最古ではなく、時期を測るものさしとして位置づけられている。
参拝
所在は広島県福山市草戸町で、所有は明王院である。境内に建つ建物であり、外観は参拝の際に見ることができる。
評価の全体は、鎌倉時代本堂の優作のひとつであって、である。一つ、という限定が付いている。
なお旧来の記述に「日本最古の折衷様建築」とするものが見られるが、文化庁の記録は古い例とするのみで、最古とはしていない。本稿はこの表現を用いない。
同じ境内の明王院五重塔は1基と数えられ、年代は1348年である。本堂より27年新しい。
内部の拝観については寺の定めによる。訪問前に確認したい。
Q&A
- 明王院本堂はいつ指定されましたか。
- 1900年(明治33年)4月7日に重要文化財、1964年(昭和39年)5月26日に国宝へ指定されました。員数は1棟、所在は広島県福山市草戸町、所有は明王院です。
- 五重塔とどちらが先に指定されたのですか。
- 段階によって違います。重要文化財は本堂が1900年、五重塔が1913年で本堂が13年早く、国宝は五重塔が1953年、本堂が1964年で塔が11年早くなっています。
- どのような建て方ですか。
- 文化庁は「その様式が和様に唐様(禅宗建築の様式)を混じている古い例であって」と記します。浄土寺本堂が三つの様式を混用するのに対し、こちらは二つです。
- 日本最古の折衷様建築ですか。
- 文化庁の記録は「古い例」とするのみで、最古とはしていません。旧来の記述にそうするものが見られますが、本稿はこの表現を用いていません。
- 何が評価されているのですか。
- 文化庁は「鎌倉時代本堂の優作のひとつであって」とし、「様式混合の時期を示す基準となる作である」と記します。時期を測るものさしとして位置づけられています。
基本情報
| 名称 | 明王院本堂(みょうおういんほんどう)/同じ境内の明王院五重塔も国宝 |
|---|---|
| 所在地 | 広島県福山市草戸町 |
| 指定区分 | 国宝(建造物・宗教建築) |
| 指定年 | 1900年(明治33年)4月7日 重要文化財/1964年(昭和39年)5月26日 国宝 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行5間、梁間5間、一重、入母屋造、向拝1間、本瓦葺。この構造の記述は浄土寺本堂と一字一句同じである。年代の欄は1321年で、解説も同じ年を元号で記す。時代は鎌倉後期 |
| 所有者 | 明王院 |
| 公開状況 | 境内に建つ建物で、外観は参拝の際に見ることができる。内部の拝観は寺の定めによる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 明王院本堂
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/202069
- 文化遺産オンライン 明王院五重塔
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195800
- 文化遺産オンライン 浄土寺本堂(広島県尾道市)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/176362
- 福山市 明王院本堂
- https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64279.html
最終更新日: 2026.09.05