通りに開く昭和3年の薬医門

眞田家住宅表門は、広島県三原市東町の眞田家の屋敷で敷地北面の東寄りに建つ昭和3年(1928年)の薬医門で、令和3年(2021年)2月4日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。旧山陽道に面した屋敷の入口にあたり、同じ北面に建つ主屋とともに通りから見える数少ない建物の一つである。

屋根は切妻造で銅板葺。桁行は一間で、間口は2.4メートルとされる。角柱の上に冠木(かぶき)を渡し、柱から差し出した挿肘木(さしひじき)と斗(ます)で女梁・男梁を受け、その先に軒桁を架ける。棟木は本蟇股(ほんかえるまた)で支え、軒は垂木を一段だけ間隔をあけて並べた一軒疎垂木(ひとのきまばらだるき)とする。柱の間に扉を吊り、内法の上には細い縦桟を並べた筬欄間を入れる。

登録の理由と価値

眞田家住宅の6件のうち、5件は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録されたが、眞田家住宅表門だけは「造形の規範となっているもの」という別の基準による。門の規模は小さいが、組物と蟇股、筬欄間まで、細部を寺社建築の語彙で丁寧に組み立てている点が評価されたと読める。

眞田家住宅表門は昭和3年に建てられ、平成14年(2002年)に移築された。移築の経緯や元の位置は、文化庁のデータベースには記されていない。同じ平成14年には主屋も改修されており、屋敷の表側で工事の重なった年だったことになる。なお、文化庁のデータベースでは表門の所有者欄が空欄になっている。

見上げて見るところ

眞田家住宅表門は、少し離れて全体を見たあと、門の下から見上げると面白い。冠木の上で挿肘木が前後へ張り出し、斗を介して梁を二段に受けている。上の男梁と下の女梁が重なって軒を持ち出す様子は、正面からより斜め下からのほうが立体的に読める。

棟の下では本蟇股が棟木を受ける。蟇股は本来、梁の上で荷重を受ける部材で、左右に脚を開いた形からその名がある。小さな門の妻の奥に、この部材がきちんと納まっている。扉の上の筬欄間は、細い桟の影が扉の面に落ちる午後の光で見るとよい。

軒の垂木は一段で、間隔を広くとって並ぶ。二段に重ねる寺院の門に比べると軽やかで、住宅の門としての品のよさはここに出ている。

見学方法

眞田家住宅表門は旧山陽道に面して建っているため、通りから外観を見ることができる。ただし屋敷は私有地で、門の内側へ入ることはできない。一般公開の案内は確認できなかった(2026年9月時点)。門の前に立ち止まって見上げるのは構わないが、扉の開閉や出入りの妨げにならないよう、通りの端に寄って見てほしい。

撮影についての公式の案内は見当たらない。屋敷への行き方と見学の条件は、眞田家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q眞田家住宅表門は見学できますか?
A旧山陽道に面して建っているので、通りから外観を見ることができます。屋敷は私有地のため、門の内側には入れません。
Q眞田家住宅表門はどのような形式の門ですか?
A切妻造銅板葺の薬医門です。桁行一間で、角柱の上に冠木を載せ、挿肘木と斗で女梁・男梁を受けて軒桁を架けます。棟木は本蟇股で受け、扉の上には筬欄間を入れています。
Q眞田家住宅表門はいつ建てられましたか?
A昭和3年(1928年)の建築で、平成14年(2002年)に移築されています。
Q眞田家住宅表門が登録有形文化財になった理由は?
A「造形の規範となっているもの」の基準で、令和3年(2021年)2月4日に登録されました。眞田家住宅の6件のうち、この基準で登録されたのは表門だけです。
Q眞田家住宅表門はどこにありますか?
A眞田家の屋敷の敷地北面の東寄り、旧山陽道に面した位置に建っています。所在地は広島県三原市東町1丁目416-1で、すぐ脇に主屋の玄関があります。

基本情報

名称眞田家住宅表門
所在地広島県三原市東町1丁目416-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和3年(2021年)2月4日登録
員数1棟
寸法間口2.4メートル(木造、銅板葺)
所有者文化庁データベースに記載なし
公開状況外観は旧山陽道から見られる(敷地内は非公開)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)眞田家住宅表門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013649
文化遺産オンライン 眞田家住宅表門
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/539798
文化庁 文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)令和2年(2020年)7月17日 別紙
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/92385301_01.pdf

最終更新日: 2026.09.25