土蔵造と煉瓦造をつないだ蔵

眞田家住宅土蔵は、広島県三原市東町の眞田家の屋敷で奥座敷の南に建つ蔵で、大正前期(1912〜1918年)に建てられ昭和3年(1928年)に増築されたもので、令和3年(2021年)2月4日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。奥座敷とは廊下でつながっている。

眞田家住宅土蔵は二つの蔵からなる。北側が二階建ての土蔵造、南側が三階建ての煉瓦造で、どちらも南北に棟を通した切妻造の桟瓦葺とする。外壁は二棟を一体として漆喰で塗り上げているため、外からは一続きの蔵に見える。戸口は北面にあり、内部は一階だけが行き来できる。屋根を支える小屋組はどちらも和小屋である。建築面積は85平方メートル。

登録の理由と価値

眞田家住宅土蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録された。文化庁の解説は、この蔵が敷地南東の屋敷構えを形成すると記す。

眞田家住宅土蔵でもっとも珍しいのは、土蔵造と煉瓦造という工法の違う二つの蔵を、漆喰の外壁で一つにまとめている点である。煉瓦造の三階建てを、外からは土蔵と同じ白壁で見せている。どちらが大正前期で、どちらが昭和3年の増築部かは、文化庁のデータベースには書かれていない。内部で一階だけがつながり、二階から上は別々という構成は、別々に建った二棟を後からつないだことをうかがわせる。

見るべきところ

眞田家住宅土蔵の外観は、白い漆喰の壁と瓦の切妻屋根で、一見すると普通の蔵である。注目したいのは高さの違いで、北の二階建てと南の三階建てが同じ切妻屋根の向きで並び、屋根の高さが段違いになる。

内部の小屋組は、文化庁のデータベースに写真が「木造蔵小屋組」として載っている。和小屋は、梁の上に束を立てて屋根を支える日本の在来の組み方で、洋風のトラスとは違う。三階建ての煉瓦造も同じ和小屋で屋根を架けている点は、外観からは分からない。

眞田家住宅土蔵は廊下で奥座敷につながる。座敷で使う調度や道具を納める蔵として、接客の建物のすぐ南に置かれていたと考えられるが、用途を記した資料は確認できていない。

見学方法

眞田家住宅土蔵は私有の建物で内部は非公開であり、一般公開の案内も確認できなかった(2026年9月時点)。文化庁のデータベースは敷地の南東に建つとするが、令和2年(2020年)の文化審議会の答申は土蔵が表門とともに山陽道に面すると書いており、通りから見えるかどうかは現地で確かめられていない。

屋敷への行き方と見学の条件は、眞田家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q眞田家住宅土蔵は見学できますか?
A私有の建物で内部は非公開です。一般公開の案内は確認できませんでした(2026年9月時点)。通りから外観が見えるかどうかは確認できていません。
Q眞田家住宅土蔵はどのような構造ですか?
A北側が二階建ての土蔵造、南側が三階建ての煉瓦造で、二棟を一体に漆喰で塗り上げています。屋根はどちらも南北棟の切妻造桟瓦葺で、小屋組は和小屋です。
Q眞田家住宅土蔵はいつ建てられましたか?
A大正前期(1912〜1918年)に建てられ、昭和3年(1928年)に増築されています。どの部分が増築かは文化庁のデータベースに記されていません。
Q眞田家住宅土蔵はなぜ登録有形文化財なのですか?
A敷地南東の屋敷構えを形成する蔵として評価され、令和3年(2021年)2月4日に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録されました。
Q眞田家住宅土蔵はどこにありますか?
A眞田家の屋敷で奥座敷の南に廊下でつながって建っています。文化庁のデータベースは敷地の南東としています。

基本情報

名称眞田家住宅土蔵
所在地広島県三原市東町1丁目416-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和3年(2021年)2月4日登録
員数1棟
寸法建築面積85平方メートル(土蔵造2階建及び煉瓦造3階建、瓦葺)
所有者三真興業株式会社
公開状況非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)眞田家住宅土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013648
文化遺産オンライン 眞田家住宅土蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/517107
文化庁 文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)令和2年(2020年)7月17日 別紙
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/92385301_01.pdf

最終更新日: 2026.09.25