竹村家主屋:尾道水道のほとりに佇む大正の名建築と映画「東京物語」の記憶

広島県尾道市の海岸通り、尾道水道に面して静かに佇む竹村家主屋は、大正9年(1920年)に竣工した木造2階建ての料亭旅館です。2004年に国の登録有形文化財に登録され、日本遺産「尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市」の構成文化財にも選ばれています。

竹材を巧みに用いた繊細な書院造の意匠、重厚かつ風格ある外観、そして客室の窓からすぐ目の前に広がる尾道水道の絶景――竹村家主屋は、建築的な価値だけでなく、小津安二郎監督の不朽の名作『東京物語』(1953年)の撮影拠点として使われた映画史的な価値も併せ持つ、唯一無二の文化財です。

竹村家の歴史:尾道初の洋食屋から料亭旅館へ

竹村家の歴史は明治35年(1902年)に遡ります。瀬戸内海随一の海運・商業都市として栄えた尾道の中心街に近い久保町「渡瀬橋」東詰に、西洋料理屋「竹村家」として開店しました。「アサヒビアホール」の看板を掲げていましたが、実際はビアホールではなく洋食屋として営業しており、尾道で初めての洋食店でした。

文豪・志賀直哉は『暗夜行路』の草稿にこの店のことを書き残しています。大正9年(1920年)、同地で料亭旅館として新築リニューアルし、現在の竹村家本館が誕生しました。以来、尾道を代表する割烹旅館として、多くの文人墨客や文化人に愛され続けてきました。

作家の林芙美子は、竹村家の二代目女将と尾道高等女学校の同級生であり、尾道を訪れた際にはこの旅館で歓迎会が催され、その時の写真が今も残されています。

登録有形文化財としての価値

2004年11月8日、竹村家の主屋・門・塀が国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。その建築的価値は多岐にわたります。

主屋は木造2階建、桟瓦葺で、建築面積は481平方メートル。東西方向の北棟と南北方向の南棟が直交するT字型の平面構成を特徴としています。内部は竹材の細工や造作を多用した繊細な書院造で、職人の高い技術が随所に光ります。

北側正面は棟違いの八棟造風に構成されており、外観は重厚かつ豪放な印象を与えます。この堂々たる佇まいは地域景観の核となっており、尾道の歴史的な水辺の街並みを象徴する存在です。

門は北側道路に面して設けられた切妻造・銅板葺の門で、塀は真壁造・桟瓦葺で黒漆喰に横長の小窓が付く格調高い造りです。主屋・門・塀が一体となって、大正期の料亭旅館の風格ある空間を今に伝えています。

小津安二郎監督『東京物語』とのゆかり

竹村家が広く世に知られるきっかけとなったのが、小津安二郎監督の映画『東京物語』(1953年)です。この作品は2022年に英国映画協会発行「サイト・アンド・サウンド」誌の「世界の映画監督が選ぶベスト映画」で第4位に選出されるなど、現在も世界中の映画ファンに愛され続けています。

尾道でのロケが実現した理由のひとつに、当時の竹村家主人と脚本家・柳井隆雄がいとこの関係にあったことが挙げられます。1953年6月24日からのロケハン期間中、小津監督は坂の多い尾道の街を歩き回り、浄土寺や福善寺といった撮影地を発見しました。

小津監督をはじめとする主要スタッフ、そして笠智衆、原節子、香川京子ら主要キャストが竹村家に宿泊しました。宿に近隣の住民を集めて尾道弁をテープレコーダーに録音し、それをもとに俳優たちの方言指導が行われました。竹村家の主人と女将も方言指導に参加し、東山千栄子の尾道弁は竹村家の女将そっくりになったと伝えられています。

作中では、笠智衆演じる周吉が東京で知人と飲みながら尾道の思い出話をする場面で「ああ竹村家でか?」という台詞が登場します。これは小津監督が竹村家への感謝を込めて加えたものとされています。尾道水道を挟んで向島を望むカットは、当時の竹村家2階の周り廊下から撮影されました。

見どころ・魅力

海の上の客室

竹村家の最大の特徴は、南側が尾道水道に直接面しているという立地です。客室の窓のすぐ外が海になっており、まるで水上に浮かんでいるかのような感覚を味わえます。このような構造を持つ旅館は、尾道でも竹村家ともう1軒のみという希少なものです。行き交う船を眺めながら、波の音をBGMにくつろぐ贅沢な時間を過ごすことができます。

竹材を活かした繊細な意匠

数寄屋造りの5室の客室には、床の間・床脇・障子・天井に至るまで竹材の精緻な細工が施されています。廊下は宿の主人自らの手で磨き上げられ、美しい木の艶を宿しています。玄関の欄間には福山藩お抱え絵師・藤井松林による鯉の絵が描かれており、一歩足を踏み入れた瞬間から匠の技に触れることができます。

瀬戸内の旬を味わう懐石料理

竹村家の料理は、瀬戸内海の旬の魚介を中心とした懐石料理です。先代から受け継がれた繊細な味付けと、季節ごとの彩りを添えた美しい盛り付けが特徴で、特製の器に盛られた一皿一皿が、移りゆく海の風景とともに心に残る味わいを届けてくれます。

聚楽第ゆかりの石灯籠

裏庭には、もともと豊臣秀吉が京都に建てた聚楽第にあったと伝えられる石灯籠が置かれています。浮き彫りの太閤柄と太閤菊が特徴的なもので、建物だけでなく庭園にも歴史の重層が感じられます。

周辺の見どころ

竹村家が位置する尾道は、文学・映画・寺社・絶景が凝縮された街です。以下の名所が徒歩圏内またはすぐ近くにあります。

  • 千光寺・千光寺公園 — 806年開基の古刹。ロープウェイで山頂へ上ると、尾道水道と瀬戸内海の多島美を一望できます。「さくらの名所100選」にも選ばれた桜の名所でもあり、「文学のこみち」では尾道ゆかりの文人の作品が刻まれた石碑を巡ることができます。
  • おのみち映画資料館 — 明治時代の蔵を改修した資料館。小津安二郎監督や『東京物語』に関する資料の常設展示があり、映画の町・尾道の歴史に触れることができます。
  • 浄土寺 — 聖徳太子開基と伝えられる真言宗泉涌寺派の大本山。本堂と多宝塔が国宝に指定されており、小津監督もロケ地として選んだ名刹です。
  • 猫の細道 — 天寧寺三重塔から艮神社へ続く約200mの細い路地。芸術家・園山春二氏の「福石猫」が点在する、フォトジェニックな散策スポットです。
  • しまなみ海道 — 尾道と四国・今治を結ぶ全長約60kmのサイクリングロード。JR尾道駅近くでレンタサイクルを借りて、瀬戸内海の島々を巡る絶景サイクリングが楽しめます。

Q&A

Q外国人旅行者でも宿泊できますか?
Aはい、竹村家は現役の料亭旅館として国内外のお客様を受け入れています。楽天トラベルやじゃらんなどの主要予約サイトから予約が可能です。少人数制のため、早めの予約をおすすめします。外国語対応は限られる場合がありますので、翻訳アプリのご準備があると安心です。
Q宿泊せずに建物を見学することはできますか?
A竹村家は主に宿泊施設・料亭として営業しています。お食事のみの利用は4名様以上・要予約で可能です。見学の可否については、直接お電話(0848-37-1112)でお問い合わせください。
Q最寄り駅からのアクセスは?
AJR山陽本線・尾道駅から徒歩約20分、タクシーで約5分です。新幹線をご利用の場合は新尾道駅からタクシーで約10分、お車の場合は山陽自動車道・尾道ICから約20分です。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A尾道は四季を通じて美しい街です。3月下旬~4月中旬は千光寺公園の桜が見頃を迎え、秋は穏やかな気候と紅葉が楽しめます。夏は客室に吹き込む海風が心地よく、冬は澄んだ空気の中で瀬戸内海の島々を見渡すことができます。
Q館内の写真撮影は可能ですか?
A撮影の可否は状況により異なりますので、到着時にスタッフにご確認ください。登録有形文化財の現役旅館ですので、他のお客様へのご配慮をお願いいたします。建物外観の撮影は自由に行えます。

基本情報

名称 竹村家主屋(たけむらやしゅおく)
文化財指定 国登録有形文化財(建造物)/2004年11月8日登録
日本遺産 「尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市」構成文化財
竣工年 大正9年(1920年)
構造 木造2階建、桟瓦葺、建築面積481㎡、T字型平面、書院造
創業 明治35年(1902年)西洋料理屋として創業
所在地 〒722-0045 広島県尾道市久保3-14-1
電話番号 0848-37-1112
アクセス JR尾道駅より徒歩20分/タクシー5分、新尾道駅よりタクシー10分、尾道ICより車20分
客室 全5室、収容人数約29名/1泊2食付 25,300円~
登録文化財 主屋・門・塀の3件

参考文献

竹村家主屋 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/117294
竹村家 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E6%9D%91%E5%AE%B6
竹村家 — 日本遺産ポータルサイト
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/1266/
文化財⑮竹村家 — 日本遺産尾道市公式WEBサイト
https://nihonisan-onomichi.jp/bunkazai15_takemuraya/
小津安二郎生誕120年記念「小津めぐり」尾道篇
https://www.cinemaclassics.jp/news/3743/
竹村家 — 尾道市の観光情報(おのなび)
https://www.ononavi.jp/staying/ryokan/detail.html?detail_id=160
登録有形文化財 竹村家本館 — Relux
https://rlx.jp/21057/

最終更新日: 2026.03.24