田中写真館 — 昭和初期の遊び心が息づく洋風建築の傑作
広島県三次市吉舎町の静かな通りに、ひときわ目を引く3階建ての洋風建築が佇んでいます。田中写真館は、1928年(昭和3年)に竣工した木造の写真館で、カイゼル髭をモチーフにしたユニークな窓飾りや、むくり屋根と西洋式円柱が融合した玄関など、地方の職人による自由闘達な創造力が凝縮された建物です。1997年に国の登録有形文化財に登録され、竣工から約1世紀を経た今もなお、吉舎町のシンボルとして地域の人々に親しまれています。
小さな町に生まれた大胆な建築
大正末期から昭和初期にかけて、日本各地では西洋建築の様式を取り入れた建物が次々と建てられていました。都市部だけでなく、地方の小さな町でもその波は確実に広がっていたのです。吉舎町で写真館を営む田中家のために、地元の棟梁・吉川惣一(よしかわ そういち)が設計・施工を手がけたのがこの建物です。
木造地上3階・地下1階建て、建築面積98平方メートルの建物は、外壁にモルタルを塗った洋風の外観を持ちます。しかし、その意匠は単なる西洋建築の模倣にとどまりません。玄関部には柱頭飾り付きの円柱を配し、その上に日本建築特有のむくり(凸型にゆるやかに膨らんだ曲線)屋根を載せるという、和洋折衷の独自の表現が見られます。そして何より注目すべきは、2階部分のペディメント(三角破風)に設けられた2連窓。このアーチ窓は、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の口髭として知られる「カイゼル髭」の形をモチーフにしており、建物全体に遊び心と品格を同時に与えています。
登録有形文化財としての価値
田中写真館は、1997年(平成9年)12月12日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その評価のポイントは、地方の棟梁が独自の解釈で西洋建築の語彙を取り入れ、きわめて個性的な造形を生み出した点にあります。
昭和初期の地方における洋風建築は、都市部の建築家が設計したものとは異なり、地元の大工や棟梁が見よう見まねで、あるいは独自の美意識を加えながら建てたものが少なくありません。田中写真館はその中でも特に独創性が際立っており、カイゼル髭の窓モチーフは他に類を見ないものです。竣工当時から話題を呼び、今日まで広く親しまれ続けているという事実が、この建物の文化的価値の高さを物語っています。
見どころと建築の魅力
田中写真館の最大の見どころは、やはり2階ペディメント部分のカイゼル髭窓です。両端がくるりと上に巻き上がった形の2連アーチ窓は、まるで建物自体が微笑んでいるかのような表情を生み出しています。20世紀初頭のヨーロッパ貴族文化へのあこがれと、それを自分流にアレンジする地方職人の気概が見事に融合した意匠です。
玄関まわりも見逃せません。西洋建築の円柱とむくり屋根の組み合わせは、格式と親しみやすさを同時に感じさせる不思議な魅力があります。3階建てという高さも、当時の小さな町では際立った存在感を放ったことでしょう。写真館として3階に十分な自然光を取り入れるための実用的な理由もあったと考えられますが、それが結果として町の景観におけるランドマークを生み出すことになりました。
外観は木造モルタル塗りで、白を基調とした壁面に洋風の装飾が映えます。建物全体のプロポーションや細部の意匠を、ぜひゆっくりと観察してみてください。
吉舎町 — 歴史と文化が薫る宿場町
田中写真館が立つ吉舎町は、三次市の東南部に位置し、中世には和智氏が約200年にわたってこの地を治めていました。近世には山陰と山陽を結ぶ街道の宿場町として栄え、石見銀山で産出された銀が尾道へと運ばれるルート上の重要な中継地でもありました。町の名の由来には、承久の乱で隠岐へ配流途中の後鳥羽上皇が「吉き舎りかな(よきやどりかな)」と称えたという伝説が残っています。
日本を代表する日本画家・奥田元宋の生誕の地でもあり、美術館「あーとあい・きさ」では元宋の作品を鑑賞することができます。毎年8月15日に開催される「吉舎ふれあい祭り」では、約5,000基の手作り灯籠が馬洗川の水面を彩り、幻想的な光景が広がります。また、地域の情報発信拠点「Xa104」では、地元の特産品やカイハラデニムを使ったオリジナルブランド「K&K Denim」の製品に出会えます。
周辺の見どころ
吉舎町とその周辺には、田中写真館とあわせて訪れたいスポットが数多くあります。町内には室町時代の観音堂を持つ大慈寺や、中世の山城跡である南天山城跡などの歴史的遺産が点在しています。馬洗川沿いの親水公園は散策に最適で、春には桜並木が美しく咲き誇ります。
三次市中心部まで足を延ばせば、中国地方でも珍しいワイナリー「広島三次ワイナリー」で地元産ワインのテイスティングが楽しめます。秋には三次盆地を埋め尽くす「霧の海」が幻想的な風景を作り出し、写真愛好家にも人気のスポットです。かつて吉舎を通っていた出雲街道の痕跡をたどりながら、宿場町の風情を感じる散策もおすすめです。
Q&A
- 田中写真館の内部は見学できますか?
- 田中写真館は個人所有の建物です。一般的には外観からの鑑賞となります。内部見学の可否については、三次市吉舎支所または地域の観光案内施設Xa104にお問い合わせください。
- 「カイゼル髭」とはどのようなデザインですか?
- カイゼル髭(カイゼルひげ)とは、ドイツ語で「皇帝」を意味する「カイゼル」に由来する口髭のスタイルで、毛先を油で固めて上向きにカールさせた形が特徴です。ドイツ帝国のヴィルヘルム2世が蓄えていたことで知られています。田中写真館では、2階のペディメント部分にこの髭の形を模した2連アーチ窓が設けられています。
- 田中写真館へのアクセスは?
- JR福塩線吉舎駅から徒歩約10分です。車の場合は、中国自動車道三次ICから約20分、中国やまなみ街道(尾道自動車道)吉舎ICから約5分です。JR三次駅からは中国バスで約35分、毘沙門橋停留所下車後徒歩約5分でもアクセスできます。
- 吉舎町を訪れるのに最適な季節は?
- 四季を通じて楽しめますが、春は馬洗川沿いの桜、夏は8月15日の灯籠流しが見どころです。秋は紅葉と三次盆地の幻想的な朝霧が楽しめ、冬は静かな雰囲気の中でじっくりと建築を鑑賞できます。
基本情報
| 名称 | 田中写真館(たなかしゃしんかん) |
|---|---|
| 文化財区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 1997年(平成9年)12月12日 |
| 竣工年 | 1928年(昭和3年) |
| 構造 | 木造地上3階地下1階建、モルタル塗外壁、建築面積98㎡ |
| 設計・施工 | 吉川惣一(地元の棟梁) |
| 所在地 | 広島県三次市吉舎町吉舎末政190他 |
| アクセス | JR福塩線吉舎駅から徒歩約10分/中国自動車道三次ICから車で約20分/中国やまなみ街道吉舎ICから車で約5分 |
参考文献
- 田中写真館 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/136188
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000418
- 田中写真館 — じゃらんnet 観光情報
- https://www.jalan.net/kankou/spt_34584ae2180021836/
- 吉舎町自治振興連合会 — 三次市公式ホームページ
- https://www.city.miyoshi.hiroshima.jp/soshiki/8/3217.html
- 吉舎町 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E8%88%8E%E7%94%BA
最終更新日: 2026.03.24