照林坊客殿 | 八棟のうち、ただ一棟だけ理由が違う
平成23年(2011)7月25日、広島県三次市の照林坊は八棟をまとめて国の登録有形文化財に登録した。うち七棟の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。本堂の西南に建つ客殿だけが、別の基準で登録されている。「造形の規範となっているもの」。
この一点が客殿の性格をよく示している。というのも、客殿は境内の中で古い建物ではない。竣工は昭和9年(1934)。同じ境内に立つ鐘撞堂や経蔵より二世紀近く新しい。評価されたのは古さではなく、建物の型そのものだった。
照林坊は正式には明鏡山照林坊。浄土真宗本願寺派の寺院で、三次市三次町1280、巴橋からほど近い旧市街に境内を構える。寺伝によれば、開基は親鸞聖人の高弟で関東六老僧の一人に数えられる明光上人。福山の地に建てられた寺が移転を重ね、第十代住職の代、慶長7年(1602)に三次へ移されたと伝わる。以後四百年あまり、境内の建物は少しずつ積み重なってきた。
対面所という部屋
客殿の内部は、性格の異なる二つの空間に分かれる。
ひとつが対面所である。真宗寺院において対面所とは、住職が門徒や来客と正式に向き合う場を指す。照林坊のそれは17畳半。一方の壁面を大トコが占める。側面には鞘の間と呼ばれる細長い部屋が付き、前方には玄関の間が置かれる。訪れた者はいきなり住職の前に出るのではなく、いくつかの空間を順に抜けてから対面する。動線そのものが儀礼になっている。
もうひとつが座敷で、座敷飾りを一通り備える。
文化庁の解説文は、この建物を短く言い切っている。「近代における真宗対面所の一例」。昭和初期、対面所という部屋型は新築されることが少なくなっていた。寺院建築には鉄筋コンクリートやガラスが入りはじめ、対面所が残っている寺でも、それはたいてい江戸期以前から受け継いだものだった。照林坊はそこであえて木造で、旧来の平面構成に従って新たに一棟を建てている。登録基準にいう「造形の規範」とは、美しさの評価ではない。部屋型が、後から見て学べるだけの明快さで残っている、という意味である。
登録番号は34-0117。八棟の先頭に置かれた番号だ。昭和61年(1986)に改修されている。
境内から見えるもの
正面から近づくと、玄関より先に屋根が建物の格を告げる。入母屋造。ただし棟の向きが返してあり、三角形の妻面が正面を向く。これを妻入という。長い軒の線ではなく、破風の三角が来訪者の真上に来る構えである。
葺きは本瓦葺。丸瓦と平瓦を交互に伏せる重い葺き方で、格式のある建物に用いられる。隣接する御成の間の桟瓦葺とは、ここではっきり差がついている。
妻面の下に唐破風造の玄関が付く。唐破風は中央が持ち上がり両端が下がる曲線の破風で、古くから貴人を迎える入口の意匠とされてきた。内部の対面所が何のための部屋か、外から見ただけで分かる仕掛けになっている。
周囲には下屋がまわる。軒先が低く落ちるため、建築面積196㎡という規模のわりに、水平方向に落ち着いた輪郭に見える。
実務的な注意をひとつ。登録は指定とは別の制度である。登録有形文化財は所有者の手元に残り、使われ続けることが前提になっている。照林坊の八棟も展示物ではなく、現役の門徒寺の設備として機能している。一般の来訪者が目にするのは境内と外観までで、対面所を含む内部は寺務に用いられており、公開日程は設けられていない。内部の拝観を希望する場合は事前に寺へ連絡する(0824-62-2284)。
Q&A
- 客殿の中に入れますか。
- 自由拝観はできません。照林坊は現役の浄土真宗寺院で、客殿は寺務に使われているため公開日程はありません。境内と建物の外観は見ることができます。内部の見学を希望する場合は事前に寺へお問い合わせください。
- 登録有形文化財と重要文化財はどう違うのですか。
- 登録は規制の緩やかな制度です。平成8年(1996)に始まり、おおむね築50年以上の建造物を対象とします。大きな改変の際には許可ではなく届出で足ります。重要文化財の指定は、はるかに強い制約を伴います。登録制度は建物が使われ続けることを前提に設計されており、照林坊の八棟もその通りの状態にあります。
- 昭和9年の建物がなぜ文化財になるのですか。
- 築50年が目安であり、平成23年の登録時点で客殿は築77年でした。登録制度には、指定するには新しすぎ、失うには惜しい20世紀の建物を拾い上げるという役割があります。
- 照林坊では他に何が登録されていますか。
- 境内の主要な八棟すべてが平成23年に一括登録されました。本堂(嘉永5年/1852)、山門(寛文5年/1665)、鐘撞堂(延享元年/1744)、経蔵(宝暦2年/1752)、庫裏(享和元年/1801)、渡り廊下(江戸後期)、そして客殿と御成の間(ともに昭和9年/1934)です。
- 交通手段を教えてください。
- 三次町は巴橋の北側に広がる旧市街で、本通り商店街から徒歩圏です。三次市へはJR芸備線、または広島方面から中国自動車道でアクセスできます。
基本情報
| 名称 | 照林坊客殿(しょうりんぼうきゃくでん) |
|---|---|
| 区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録番号 | 34-0117(第70回登録) |
| 登録年月日 | 平成23年(2011)7月25日 |
| 登録基準 | 造形の規範となっているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 年代 | 昭和9年(1934)/昭和61年改修 |
| 構造及び形式等 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積196㎡。入母屋造妻入本瓦葺、正面に唐破風造玄関、周囲に下屋 |
| 種別 | 宗教/建築物 |
| 所在地 | 広島県三次市三次町1280 |
| 所有者 | 宗教法人照林坊 |
| 寺院 | 明鏡山照林坊(浄土真宗本願寺派) |
| 公開状況 | 現役寺院につき内部の定例公開なし。問い合わせ 0824-62-2284 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)── 照林坊客殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008776
- 文化遺産オンライン ── 照林坊客殿
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/161587
- 三次観光推進機構(みよしDMO)── 明鏡山 照林坊
- https://www.miyoshi-dmo.jp/play/shourimbo/
- 広島県 ── 指定文化財一覧(PDF)
- https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/591373.pdf
- 三次市 ── 登録有形文化財(建造物)
- https://www.city.miyoshi.hiroshima.jp/soshiki/49/3527.html
最終更新日: 2026.07.18