飛弾家住宅蔵:みかんのために建てられた倉

すべての文化財が鑑賞のために建つわけではない。呉市大長、みかんの島・大崎下島に建つ飛弾家の蔵は、果実を納めるために建てられた。位置は屋敷の南側、主屋とは中庭を挟んで向かい合う。この島の経済がまわる要となった一つの目的、みかんの保存のために建てられた棟である。

年代は大正末期、一九一二年から一九二五年の幅に入る。土蔵造の平屋建で、東西に棟を通す切妻造、長辺から入る平入とする。主屋側にあたる北面には蔵前の庇を設ける。外からは二階建ほどの高さに見えるが、その高さは階に分けられていない。

登録の理由と価値

蔵が国の登録有形文化財となったのは平成十五年(二〇〇三)三月十八日、告示は同年四月八日、第三十六回登録による。登録番号は34-0040。「造形の規範となっているもの」として評価された。ここでの型は地域の農業倉庫であり、その価値は、何のために建てられたかを率直に示す点にある。

内部を見れば要点は明らかになる。二階分の高さを床も天井も区切らず、一つの空間として通す。当初よりみかんの保存用に建てられたことが知られ、文化庁はこの用途がみかん栽培の地域色を示すと記す。大長は明治中頃に早生温州みかんの導入に成功した、国内でも早い産地の一つである。その作物に合わせて形をとった倉は、交易が建築に書き込まれた姿といえる。

見どころ

中庭から、向かい合う主屋と蔵を読み比べたい。二棟は屋敷の働く中心を挟み、一方は家族のため、他方は収穫のために建つ。主屋へ向けた北面の蔵前の庇は、日々の暮らしとの実用的な関係を示す。果実が運び込まれ、また運び出される動線である。

もう一つ目にとめたいのは、その量塊である。床のない二階分の内部は、寒い季節を通して多量のみかんを保つという課題への意図的な答えであった。近くの離れがみかんの富の装飾面を見せるのに対し、この蔵は、その富を生んだ労働の側を示している。

Q&A

Q蔵は何に使われたのですか。
Aみかんの保存のために建てられました。床も天井もなく二階分の高さを通す一つの内部空間は、一家の収穫を納めるための設計です。
Qいつ建てられましたか。
A大正末期、一九一二年から一九二五年の幅に入ります。江戸後期の主屋よりかなり後、屋敷の後半の増築にあたります。
Q倉庫がなぜ文化財になるのですか。
A暮らしの様式を記録するからです。みかん保存に合わせて形をとった建物は、大長を特徴づけたみかん経済を反映し、文化庁もその地域色を登録の理由に挙げています。
Q大長みかんとは何ですか。
A明治中頃に早生温州みかんの導入に成功して以来、大長は全国に知られる産地となりました。島の土壌と気候の好条件が、みかんの評判を長く支えてきました。
Q見学できますか。
A飛弾家住宅は個人の住宅で非公開ですが、建物は周囲の道から見られます。同じ島で公開されている歴史的建築としては、近くの御手洗地区があります。

基本情報

名称飛弾家住宅蔵(ひだけじゅうたくくら)
所在地広島県呉市豊町大長5368
区分登録有形文化財(建造物)
登録平成15年(2003)3月18日登録/同年4月8日告示、登録番号34-0040
時代大正末期(1912~1925)
員数・規模1棟、土蔵造平屋建・瓦葺、建築面積約70平方メートル
公開個人住宅につき非公開(外観は周囲の道から見学可)

参考文献

文化庁 ― 国指定文化財等データベース「飛弾家住宅蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003310
呉市 ― 呉市の文化財「飛弾家住宅蔵」
https://www.city.kure.lg.jp/site/bunkazai/kunitouyubun-9.html
文化遺産オンライン ― 飛弾家住宅蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/188040

最終更新日: 2026.07.11