旧和田岬灯台 ― 須磨の松林に佇む、日本最古の鉄造灯台
神戸・須磨海浜公園の松林の一角に、鮮やかな朱色をまとった小さな灯台が静かに立っています。地元で「須磨の赤灯台」として親しまれるこの建造物が、正式名称を「旧和田岬灯台」と言います。明治17年(1884年)に建てられた、現存する日本最古の鉄造(鋳鉄製)灯台です。
かつては神戸港の入口・和田岬でおよそ80年にわたって船を導き、役目を終えた後は須磨の地で余生を過ごすこの灯台は、日本が海外に門戸を開いた時代の記憶を、今もその姿に静かに宿しています。
日本の開港とともに生まれた灯台
旧和田岬灯台の歴史は、慶応3年(1867年)4月に江戸幕府と英国との間で結ばれた「大坂約定」にさかのぼります。兵庫(現在の神戸)の開港を前に、大阪湾内に5基の洋式灯台を建設することが取り決められ、その一つとして和田岬に灯台が設置されることとなりました。
初代の和田岬灯台は、明治政府に招かれたイギリス人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計・監督のもと、明治3年(1870年)1月に着工、明治4年(1871年)4月に竣工しました。当時の姿は、白く塗られた八角形の木造三層塔で、明治5年(1872年)1月に初点灯しています。海面から灯心までの高さは約15.6メートル、光の到達距離は約16キロメートルに達したと伝えられます。
しかし、海辺に立つ木造灯台は耐久性に乏しく、火災の危険も抱えていました。そこで明治17年(1884年)3月、鉄造の二代目灯台へと建て替えられます。これが現在残る「赤灯台」であり、六角形・三層構造、灯光も石油灯からガス灯に変更されました。設計は、英国留学から帰国した日本人技師・石橋絢彦によるものと推測されており、以後全国に続く鉄造灯台の先駆けとなりました。
須磨海浜公園への移設と保存
二代目灯台は、神戸港の発展を見守りながら80年近くにわたって現役を務めました。昭和38年(1963年)10月15日、和田岬沖の埋め立て工事によってその役目を終えましたが、歴史的価値を惜しまれて解体を免れ、翌昭和39年(1964年)に現在の須磨海浜公園内へと移設・保存されました。
そして平成10年(1998年)9月2日、現存最古の鉄造灯台として国の登録有形文化財に登録されました。近代日本の港湾史、そして西洋技術の移入を物語る貴重な建造物として、正式に国の文化財に位置づけられたのです。
文化財に指定された理由
旧和田岬灯台が国登録有形文化財に登録されている最大の理由は、現存する日本最古の鉄造灯台であるという点にあります。木造から鉄造へと灯台建築が移り変わる過渡期に誕生した本灯台は、その後日本各地で建造される鉄造灯台の原型となりました。六角形の鉄骨造・三層構造という形式そのものが、明治期の洋式灯台建築の一つの到達点を示しています。
加えて、初代木造灯台で用いられたイギリス製チャンス兄弟商会製のレンズ(1870年製)が、破損しつつも現存していることも学術的価値を高めています。明治初期の西洋技術の導入と、日本人技師による自主的な設計・改良という、近代化の両面を一つの建造物のなかに読み取ることができる点が、旧和田岬灯台ならではの魅力と言えるでしょう。
見どころ
鉄造の塔は、高さ約15.8メートル、1層の一辺が約3.9メートルの六角形。直径としては約7.5メートルを測ります。決して巨大な建造物ではありませんが、朱塗りの鉄パイプが織りなす繊細な構造と、松林の緑・空と海の青を背景に立つ姿は、ヴィクトリア朝を思わせる優雅さを湛えています。松の枝越しに見上げる赤灯台は、須磨でも屈指の撮影スポットです。
塔身には「記念額」が掲げられており、明治5年(1872年)1月29日の初代灯台初点灯、明治17年(1884年)3月10日の鉄造灯台再点灯という二つの日付が刻まれています。右から二文字ずつ縦に読むこの額は、この灯台が歩んできた二つの時代を静かに物語っています。
内部は普段非公開ですが、毎年11月1日の「灯台記念日」に合わせて1階部分が特別公開されます。当日は予約不要・無料で内部に入ることができ、建築当初の構造や現存するレンズを間近で見学できる貴重な機会となっています。旅行の計画に合わせて訪問時期を調整するのもおすすめです。
周辺情報
灯台が立つ須磨海浜公園は、2023年から2024年にかけて大規模にリニューアルされた海辺の公園で、目の前には約1,800メートルにわたる白砂の須磨海岸が広がります。夏には関西を代表する海水浴場としてにぎわい、松林とともに「白砂青松百選」にも選ばれている景勝地です。
公園内には、2024年にオープンした「神戸須磨シーワールド」があり、西日本で唯一シャチの展示を行う水族館として人気を集めています。少し足を伸ばせば、バラの名所として知られる須磨離宮公園(約1.5キロメートル)や、『平家物語』にゆかりの深い古刹・須磨寺(福祥寺、約1.6キロメートル)も徒歩圏内。灯台を起点に、半日〜1日かけて須磨の自然・文化を味わうコースを組むことができます。
Q&A
- 灯台の内部は見学できますか?
- 通常は非公開ですが、毎年11月1日の「灯台記念日」前後に、神戸市が1階部分を一般公開する日があります。料金は無料、申込みも不要です。公開日程は神戸市公式サイトで事前に発表されます。
- アクセス方法を教えてください。
- JR「須磨海浜公園」駅から南西へ徒歩10〜12分が便利です。山陽電車「月見山」駅または「須磨寺」駅からも徒歩約15分、神戸市営バス「海浜公園前」バス停からは南西へ徒歩約12分で到着します。
- 見学に料金はかかりますか?
- 公園内に立つため、外観の見学はいつでも無料です。年に一度の内部一般公開も無料となっています。
- 「赤灯台」と呼ばれるのはなぜですか?
- 明治17年(1884年)に鉄造灯台として建て替えられた際、全体が鮮やかな赤色に塗装されました。その特徴的な色から、地元で「須磨の赤灯台」と呼ばれるようになり、今日まで親しまれています。
- 周辺でおすすめの観光スポットはありますか?
- 同じ園内の神戸須磨シーワールドや須磨海水浴場、徒歩圏内にはバラで有名な須磨離宮公園(約1.5キロメートル)、源平ゆかりの須磨寺(約1.6キロメートル)があります。半日〜1日の散策コースに最適です。
基本情報
| 名称 | 旧和田岬灯台(きゅうわだみさきとうだい) |
|---|---|
| 愛称 | 須磨の赤灯台 |
| 所在地 | 兵庫県神戸市須磨区須磨浦通1-1(須磨海浜公園内) |
| 初代灯台の設計(木造・1871年) | リチャード・ヘンリー・ブラントン(英国人技師) |
| 二代目灯台の設計(鉄造・1884年) | 石橋絢彦と推定 |
| 竣工 | 初代(木造):明治4年(1871年)4月/二代目(鉄造):明治17年(1884年)3月 |
| 構造 | 鉄骨造、六角形、三層構造/直径約7.5メートル、高さ約17メートル |
| 廃灯 | 昭和38年(1963年)10月15日 |
| 現在地への移設 | 昭和39年(1964年) |
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(建造物)/平成10年(1998年)9月2日登録 |
| 所有者 | 神戸市 |
| アクセス | JR「須磨海浜公園」駅から徒歩約10〜12分/山陽電車「月見山」駅・「須磨寺」駅から徒歩約15分 |
| 見学料 | 無料(外観はいつでも見学可能) |
参考文献
- 文化遺産オンライン「旧和田岬灯台」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/147315
- 神戸市「旧和田岬燈台(きゅうわだみさきとうだい)」
- https://www.city.kobe.lg.jp/a83166/kanko/bunka/bunkazai/history/isan/wadamisaki.html
- 神戸市「国登録文化財『旧和田岬灯台』の内部を一般公開します」
- https://www.city.kobe.lg.jp/a21651/255408914605.html
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000705
最終更新日: 2026.04.22