洋館の八年後に建てられた和館
萩野家住宅座敷棟は、兵庫県神戸市須磨区潮見台町一丁目にある大正4年(1915年)建築の木造平屋建の座敷棟で、令和7年(2025年)3月13日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。建築面積69平方メートル、屋根は瓦葺の一部を鉄板葺とする。
敷地は須磨海岸の北側の高台にある。鉄道が海岸を市街から近い場所に変えたあと、神戸の商家がこのあたりの斜面に屋敷を構えていった。萩野家の敷地でいちばん古いのはこの座敷棟ではない。明治40年(1907年)に建った洋館が先で、外壁は下見板張、南に柱を並べた玄関ポーチとベランダを構え、ベランダの天井は菱組に組まれている。その八年後、洋館の北東に和館として建て増されたのが本稿の座敷棟である。
洋館に和館を並べる、あるいはその逆の構成は、当時の資産家の住宅では珍しくない。洋間で客と仕事を受け、畳の間で家族と先祖と年中行事を受け持つ。潮見台の萩野家で特筆すべきなのは、その両方が土蔵とともに同じ敷地に残っている点である。阪神・淡路大震災で多くを失った区にあって、これは簡単なことではない。
座敷の中身 ― 続き間と南庭
棟は南北に伸び、入母屋造桟瓦葺の屋根を架ける。南東へ便所棟が延び、二つの腕で南側の庭を囲い込む形になる。平面は明快で、二室の続き間座敷。間仕切の襖を引けば二室がひと続きになり、南面には縁が通って座敷と庭を隔てる。
格式のある造作は南室にまとまっている。掛軸と季節の花を置く床。その脇に、琵琶を置いたことに由来する低い棚である琵琶床。さらに違棚が段違いに組まれる。外壁側には付書院が縁側へ張り出し、机面の上に低い窓が開く。書院座敷の基本的な語彙がひととおり揃っており、文化庁の解説文もその点を明記している。
登録の判断で効いたのは材である。床柱には絞丸太が立つ。北山の林業地で、型を当てて育てることで表面に縦の凹凸を出した杉で、一本仕上げるのに数十年を要する。ほかに瘤付丸太も用いられている。どちらも削って作るものではなく、選んで得るものだ。解説文は「良材吟味した」「瀟洒なつくり」という言い方をしている。台帳の抑えた文体のなかでは、これは相当の評価にあたる。
令和7年の登録と、その基準
登録はごく新しい。国の文化審議会が萩野家住宅を答申したのが令和6年(2024年)11月22日、登録は翌令和7年3月13日、第109回にあたる。登録番号は洋館が28-0827、この座敷棟が28-0828、土蔵が28-0829。
座敷棟に適用された登録基準に触れておきたい。登録有形文化財にはいくつかの基準があり、最も多く使われるのは「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。座敷棟はそれとは別の「造形の規範となっているもの」で登録された。周囲の景観への寄与ではなく、建物そのものの造形を評価する基準である。床まわりの造作や床柱の材が解説文に書き込まれているのは、この基準で見られたからだ。
三棟目の土蔵も見ておきたい。敷地の北西隅に建つ家財蔵で、切石積の基礎に南面して立つ2階建、切妻造妻入の鉄板葺、外壁は漆喰塗。2階の上部には登梁と束立の和小屋を現す。正面戸口の楣の上には、波と龍が鏝絵で飾られている。漆喰を鏝で盛り上げて絵をつくる技法で、これができる左官が郊外の住宅に呼ばれることは多くない。萩野家がどこに金をかけたかが、この一箇所によく出ている。
見学について ― 先に読んでほしいこと
萩野家住宅は個人の住まいである。資料館ではなく、開館時間も拝観料も見学者用の入口もない。登録有形文化財になったからといって、立ち入る権利が生じるわけではない。国のデータベースに住所が載っているのは、登録が公の記録だからであって、訪問を受け付けているからではない。
建物を見たい場合、現実的な方法は文化庁のデータベースに掲載された写真を見ることになる。座敷と厠の南西面外観が載っている。潮見台町自体は、JR神戸線の須磨駅または山陽電鉄の山陽須磨駅から坂を10分ほど上った先の住宅地である。歩くのは自由だが、通り過ぎてほしい。敷地に入る、塀越しに庭へカメラを向ける、呼び鈴を押す、いずれも控えていただきたい。
須磨には別の楽しみ方がある。平敦盛ゆかりの須磨寺は須磨寺駅から歩いてすぐ。東の斜面には神戸市立須磨離宮公園が広がる。そして眼下の海岸こそ、この高台に萩野家のような屋敷が建ち並んだ理由そのものである。新しく登録された物件は、神戸市の文化財関連イベントで一日だけ公開されることもある。「絶対に見られない」と決めてしまう前に、市の文化財に関する告知を確認しておくとよい。
Q&A
- 萩野家住宅座敷棟は見学できますか。公開されていますか。
- 公開されていません。萩野家住宅は現役の個人住宅で、開館時間も拝観料も見学者用の入口もありません。登録有形文化財への登録は建物を記録する制度であり、公開を義務づけるものではありません。敷地への立ち入りや庭への撮影はお控えください。単発の公開があるかどうかは神戸市の文化財関連の告知でご確認ください。
- 萩野家住宅座敷棟はいつ登録有形文化財になりましたか。
- 令和7年(2025年)3月13日、第109回の登録で、登録番号は28-0828です。国の文化審議会の答申は前年の令和6年11月22日でした。萩野家住宅は三棟がまとめて登録されており、明治40年(1907年)の洋館、大正4年(1915年)のこの座敷棟、大正元年から7年(1912〜1918年)ごろの土蔵が対象です。
- 萩野家住宅座敷棟と洋館・土蔵はどういう関係にありますか。
- 同じ敷地に建つ一連の屋敷構えです。明治40年の洋館が先に建ち、その北東に大正4年に座敷棟が加わりました。土蔵は敷地北西隅の家財蔵です。洋間で客を迎え、畳の座敷で家族と年中行事を受け持つという、当時の資産家住宅に一般的な構成をとっています。
- 萩野家住宅座敷棟の見どころはどこですか。
- 二室の続き間座敷のうち南室に、床・琵琶床・違棚・付書院がひととおり備わります。床柱には北山の絞丸太、ほかに瘤付丸太が用いられ、良材を吟味した瀟洒なつくりと評価されています。南面の縁を介して、便所棟とで囲い込んだ南庭を望む構成も見どころです。
- 萩野家住宅座敷棟の最寄り駅はどこですか。
- 所在地は神戸市須磨区潮見台町一丁目、須磨海岸の北側の高台です。JR神戸線の須磨駅、または山陽電鉄本線の山陽須磨駅から坂を10分ほど上った住宅地にあたります。ただし公開施設ではないため、位置の目安としてお考えください。
基本データ
| 名称 | 萩野家住宅座敷棟(はぎのけじゅうたくざしきとう) |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県神戸市須磨区潮見台町一丁目28 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 28-0828 |
| 指定年 | 令和7年(2025年)3月13日登録・告示(第109回) |
| 員数 | 1棟(洋館・土蔵と合わせて3棟を同時登録) |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺一部鉄板葺、建築面積69平方メートル |
| 所有者 | 個人(国のデータベースに所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 非公開(個人住宅) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 萩野家住宅座敷棟
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015336
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 萩野家住宅洋館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015335
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 萩野家住宅土蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015337
- 文化遺産オンライン — 萩野家住宅洋館
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/622469
- 兵庫県教育委員会文化財課「文化財の保存と活用」(令和7年2月・文教常任委員会資料)
- https://web.pref.hyogo.lg.jp/gikai/iinkai/index/joniniinkai/bunkyo/documents/06-3bunshiryo070214.pdf
- 兵庫県 — 近代住宅・景観形成建造物等の調査資料
- https://web.pref.hyogo.lg.jp/ks26/machi-saisei/documents/nijisentei.pdf
最終更新日: 2026.08.26