東多田夢勝庵裏門及び北塀とは
東多田夢勝庵裏門及び北塀は、兵庫県川西市東多田二丁目にある旧庄屋屋敷の北東の隅を囲む江戸時代後期の築地塀と、その途中に開く薬医門形式の裏門で、平成31年(2019年)に国の登録有形文化財に登録された。
東多田夢勝庵裏門及び北塀の年代は「江戸後期」で、西暦欄は1751年から1830年。文化庁のデータベースは、裏門を木造、瓦葺、間口2.0メートル、北塀を瓦葺の土塀で総延長18メートルと記している。
向きを変えながら延びる北塀
東多田夢勝庵裏門及び北塀のうち北塀は、基礎を乱石積とし、外壁を漆喰塗、屋根を桟瓦葺とした築地塀である。乱石積は、形をそろえない自然の石を組み合わせて積む方法で、白い壁の足もとに不ぞろいな石の表情が出る。
北塀は敷地の東の面の北端から始まり、緩やかに向きを変えながら北の面の中ほどまで延びる。角を直角に折らず、曲がるように回り込むところが、この塀の見どころである。
東多田夢勝庵裏門及び北塀の裏門
東多田夢勝庵裏門及び北塀の裏門は、北塀の途中に構えた薬医門形式の門で、屋根は切妻造の桟瓦葺である。間口は2.0メートルあり、屋敷のなかの露地門(1.0メートル)の倍の幅をもつ。
薬医門は、門の柱の後ろに控えの柱を立て、その上に屋根をかける形式で、武家や寺院の門にも用いられる格式のある形である。背面の道路に向けてこの形式の門を構えたことからは、裏口であっても見苦しくない構えにしようとした意図がうかがえる。
屋敷の背面を重厚に見せる東多田夢勝庵裏門及び北塀
東多田夢勝庵裏門及び北塀は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁は、敷地背面の道路に面して、屋敷後方の構えを重厚に整えていると評価している。
東多田夢勝庵の表は南東の長屋門だが、北側の道を通る人にとっては、この北塀と裏門が屋敷の顔になる。北西の隅の土蔵とともに、屋敷の背面を形づくっている。
東多田夢勝庵裏門及び北塀の見学
東多田夢勝庵裏門及び北塀は民間企業が所有する屋敷の一部で、一般公開の案内は見当たらない(2026年10月確認)。裏門をくぐって敷地に入ることはできない。
文化庁の解説のとおり東多田夢勝庵裏門及び北塀は敷地背面の道路に面しているので、6件のなかでは長屋門とならんで外から見やすい。乱石積の基礎と、緩やかに向きを変える塀の線は、道路から確かめられるはずだ。撮影は公道からに限り、周辺の住まいに配慮したい。屋敷への行き方は東多田夢勝庵のページにまとめてある。
Q&A
- 東多田夢勝庵裏門及び北塀はいつつくられましたか?
- 文化庁のデータベースでは江戸後期とされ、西暦欄は1751年から1830年です。
- 東多田夢勝庵裏門及び北塀の北塀はどのような塀ですか?
- 基礎を乱石積、外壁を漆喰塗、屋根を桟瓦葺とした築地塀で、総延長は18メートルです。敷地東面の北端から緩やかに向きを変えて北面の中ほどまで延びます。
- 東多田夢勝庵裏門及び北塀の裏門はどのような門ですか?
- 薬医門形式の切妻造桟瓦葺の門で、間口は2.0メートルです。
- 東多田夢勝庵裏門及び北塀が登録有形文化財になった理由は何ですか?
- 平成31年(2019年)に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。文化庁は敷地背面の道路に面して屋敷後方の構えを重厚に整えていると評価しています。
- 東多田夢勝庵裏門及び北塀は外から見られますか?
- 敷地背面の道路に面しているので、公道から外観を見ることができます。民間企業が所有する屋敷で一般公開の案内はなく、敷地に入ることはできません。
基本情報
| 名称 | 東多田夢勝庵裏門及び北塀 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県川西市東多田2丁目647-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成31年(2019年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 裏門 間口2.0m、北塀 総延長18m |
| 所有者 | 株式会社プランテック |
| 公開状況 | 一般公開なし(民間企業所有。道路側の外観のみ) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)東多田夢勝庵裏門及び北塀
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012778
- 文化遺産オンライン 東多田夢勝庵裏門及び北塀
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/403961
- 市内の指定文化財一覧(川西市)
- https://www.city.kawanishi.hyogo.jp/kyoiku/s_2862.html
最終更新日: 2026.10.02