酒蔵通りの角に建つ商家
前野家住宅(本家門前屋)店舗兼主屋は、兵庫県宍粟市山崎町山崎にある江戸末期の商家建築で、令和6年(2024年)8月15日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
建物が占めるのは、地元で「酒蔵通り」と呼ばれる道の角地である。山崎藩の旧城下にあたる一帯で、角に立つとひとつの立ち位置から正面全体が見渡せる。軒まで途切れなく漆喰で塗り込めた外壁、低く抑えた二階に穿たれた小さな格子窓、そして持送を並べた出桁の連なり。文化庁の記録では木造2階建、瓦葺、建築面積399平方メートルとされている。
前野家の屋号は門前屋。宍粟に残る記録によれば、天保元年(1830年)ごろに北門前屋(現在の老松酒造)と分かれ、本家門前屋として酒造業を興したと伝わる。銘柄は「三笑」。報道によれば、その製造販売は江戸後期からおよそ150年続き、昭和52年(1977年)に酒造業から撤退したことで幕を閉じた。
商いは終わった。建物は残った。
登録が評価したもの
国の登録有形文化財は、指定文化財とは性格が異なる制度である。指定が全国的に突出した少数の建造物を強く保護するのに対し、平成8年(1996年)に始まった登録は、築およそ50年以上の建物を対象に、大きな改変の前に届け出を求めるだけという軽い規制にとどめる。使い続けることを前提とした制度設計で、登録件数の多くは今も現役の住宅や店舗、工場が占めている。
店舗兼主屋の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録番号は28-0818、第107回登録にあたる。文化審議会の答申は令和6年3月15日、告示は同年8月15日である。
単独での登録ではない。同じ日に土蔵(28-0819)と西蔵(28-0820)も登録され、門前屋の敷地は3棟一括で制度に入った。理由は文化庁の解説文に読み取れる。主屋の間口が際立って長く、その西隣に土蔵が接続して同じ線を延ばすため、3棟が別々の建物としてではなく、ひと続きの屋敷景観として見えるからである。宍粟市では、同じ通りに面する中門前屋の主屋が市内初の国登録有形文化財となった前例がある。
年代は江戸末期、西暦では1830年から1868年の間とされ、平成22年(2010年)に改修を受けている。地域の建物調査では天保14年(1843年)建築という具体的な年が挙げられており、国のデータベースが示す範囲には収まるものの、根拠は地元記録に拠る。
足を止めて見たい細部
まず二階を見上げたい。ここは本格的な二階ではなく、天井の低い「つし二階」で、漆喰の面に開く小さな格子窓が虫籠窓である。太い漆喰の桟を細かく並べることで、煙や熱を逃がしながら壁面の連続性を保つ。文化庁がこの物件に添えた写真のキャプションも、虫籠窓と装飾性のある肘木を挙げている。どこから見ればよいかの案内としては的確だ。
視線を軒先に下ろす。前に張り出した桁が出桁で、これを受けるのが持送と呼ばれる曲線をもつ部材である。ふつうの町家なら4つか5つ並ぶところ、この建物では長い間口いっぱいに連続する。その反復こそが、正面に落ち着かないほどの賑やかさを与えている。大工に相応の手間賃を払い、家の格を通りに向けて示した結果と見てよい。
内部の構成は町家の定石を素直に踏む。東側を土間が貫き、かつては店に入る人も荷もここを通った。土間の西には居室が一列に並ぶ。南西の隅が座敷で、床、違棚、書院を備える。商家が客を迎える場所である。
現在一階の一部で営業するカフェに席をとると、客席の吹き抜けを見上げるよう勧められる。地元の案内によれば、つし二階に設けられた茶室の窓がそこから見えるという。通りに面した格子や、外壁の足元を守る犬矢来も残るが、これらは国の登録の解説文ではなく、西播磨地域の建物調査に記録されたものである。
いま訪ねるということ
一階の一部は「町家cafe&ギャラリー さんしょう」として営業している。店名は失われた酒銘に由来する。隣接する区画は本家門前屋酒店として、宍粟の地酒や小物を扱う。しそうツーリズムガイドの掲載情報では、営業は11時から15時、ラストオーダー14時、定休日は日曜と月曜。材料がなくなり次第終了し、時期によって時間が変わるため、電話で確かめてから向かうのが確実である。
博物館ではなく、私営の店である。文化財としての拝観料はなく、内部に入る方法は席について注文することに尽きる。外観は公道から自由に撮影できる。内部を撮りたい場合は、ほかの飲食店と同じように、まず店の人に一言断りたい。
行き方には少し計画がいる。宍粟市には鉄道が通っていない。姫路駅北口から神姫バスで山崎バスセンターまでおよそ60分、そこから酒蔵通りまで徒歩10分ほど。車なら中国自動車道の山崎インターチェンジを降りて北へ5分から8分、大手前通りのしそう山崎観光駐車場に停めるのが一般的である。
20分で切り上げるのは惜しい。同じ通りには老松酒造と山陽盃酒造という二つの現役の蔵が見える距離にあり、両蔵はいま、宍粟産の酒米「兵庫夢錦」を使って「三笑」をそれぞれの解釈で醸し、市内限定で販売している。少し歩いた中門前屋の建物は宿に生まれ変わった。山崎藩陣屋の紙屋門や、最上山のもみじ山までは、さらに10分から15分といったところだ。
Q&A
- 前野家住宅(本家門前屋)店舗兼主屋の内部は見学できますか?
- カフェの利用客として入ることができます。一階の一部が「町家cafe&ギャラリー さんしょう」、隣接区画が本家門前屋酒店として営業しています。登録文化財としての拝観料はなく、二階へのガイドツアーなどもありません。
- 前野家住宅(本家門前屋)の営業時間と定休日を教えてください。
- しそうツーリズムガイドの掲載では11時から15時(ラストオーダー14時)、定休日は日曜と月曜です。材料がなくなり次第終了し、時期により営業時間が変わるため、0790-62-0039へ事前に確認することをお勧めします。
- 前野家住宅(本家門前屋)へは電車で行けますか?
- 宍粟市には鉄道がありません。姫路駅北口から神姫バスで山崎バスセンターまで約60分、下車後は徒歩10分ほどで酒蔵通りに着きます。所在地は宍粟市山崎町山崎50です。
- 前野家住宅(本家門前屋)店舗兼主屋は写真撮影できますか?
- 外観は公道から自由に撮影できます。角地に建つため、長い間口を一枚に収めやすい立地です。内部を撮影する場合は、店内のほかの利用客に配慮したうえで、店の方に事前に確認してください。
- 前野家住宅(本家門前屋)店舗兼主屋はいつ、どの区分で文化財になったのですか?
- 令和6年(2024年)8月15日に国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。登録番号は28-0818で、同じ日に土蔵と西蔵も登録され、3棟一括で制度に入っています。
基本データ
| 名称 | 前野家住宅(本家門前屋)店舗兼主屋 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県宍粟市山崎町山崎字西新町50-7他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号28-0818 第107回登録 |
| 指定年 | 令和6年(2024年)8月15日登録(答申は同年3月15日) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積399平方メートル |
| 所有者 | 個人(国のデータベースでは非公表) |
| 公開状況 | 「町家cafe&ギャラリー さんしょう」および本家門前屋酒店として営業中。内部は店舗利用者に開放、外観は通りから見学可 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース 前野家住宅(本家門前屋)店舗兼主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015064
- 文化遺産オンライン 前野家住宅(本家門前屋)店舗兼主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/593662
- 文化庁 文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)令和6年3月15日
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/94080301_03.pdf
- 兵庫県公式観光サイト HYOGO!ナビ 酒蔵通り
- https://www.hyogo-tourism.jp/spot/result/1170
- しそうツーリズムガイド 町家cafe&ギャラリー さんしょう
- https://shiso.or.jp/highlights/町家カフェ さんしょう
- 西播磨ビンテージ建物図鑑 本家門前屋(町家カフェさんしょう)
- https://vintage-nishiharima.jp/?p=426
最終更新日: 2026.08.26