酒が実際につくられた建物
前野家住宅(本家門前屋)西蔵は、兵庫県宍粟市山崎町山崎にある大正9年(1920年)建築の仕込蔵で、令和6年(2024年)8月15日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
同日に登録された前野家の3棟のうち、これが働く建物である。酒蔵通りに面した店舗兼主屋は住まいと商いの場、その隣の土蔵は道具を収める蔵。西蔵は主屋の南に位置し、米と水と麹が酒に変わる仕込蔵だった。建築面積310平方メートル、木造2階建、瓦葺。
3棟のなかでは80年ほど新しい。文化庁の記録は大正9年建築、昭和中期に改修とする。主屋と土蔵はいずれも江戸末期の建物である。これだけの規模の蔵は、事業が必要としない限り建たない。建築年は、第一次世界大戦後の数年間に本家門前屋がどういう状態にあったかを、それなりに雄弁に示している。
建物が仕事をさばく仕組み
酒造りでは、材料が縦に動く。精米した米が地上階に届き、蒸され、上へ運ばれ、冷まされ、麹菌をつけられ、再び下ろされて背の高い仕込桶に入り、そこで数週間を過ごす。仕込蔵は、クレーンなしでこの循環を成立させなければならない。
ここでの解決策は建物そのものに書き込まれている。東面の北寄りに、木製のスロープが外壁を這うように二階へ上がる。階段ではない。荷を積んだ台車が通り、米を背負った人が歩ける幅のスロープである。内部の二階は板敷の一室で、床の中央よりやや南に荷揚口が開く。材料を周囲を回って運ぶのではなく、必要な位置へ真下に落とせる。
一階はかつて間仕切りのない一室で、床は土間だった。土間は手抜きではない。板張りにはできない仕方で温度の振れを吸収し、湿気を保つ。一年でもっとも寒い時期に進む発酵にとって、この二つはどちらも決定的である。
屋根は半切妻造、南北棟で桟瓦を葺き、戸口は南の妻に開く。文化庁の解説文が強調するのは梁間の大きさで、これは仕込みの床から柱を減らすために払う構造上の代償である。同じ解説文は、この建物を酒造業の繁栄を伝える長大な蔵と結んでいる。
ここで醸された酒のその後
前野家の屋号は門前屋、銘柄は「三笑」だった。宍粟に残る記録では、天保元年(1830年)ごろに北門前屋(現在の老松酒造)から分かれて酒造業を始めたと伝わる。報道はこの銘柄が江戸後期からおよそ150年続いたとしており、終わりは昭和52年(1977年)、前野家が酒造業から退いたときである。
三笑は40年ほど姿を消した。平成30年(2018年)、同じ通りで操業を続ける山陽盃酒造と老松酒造が、まちづくりの取り組みとしてこの名を復活させる。条件は共通で、宍粟市産の酒米「兵庫夢錦」と地元の水を使うこと。山陽盃は生酛純米、老松は純米吟醸をそれぞれ三笑の名で醸し、いずれも市内でしか販売しない。毎年の蔵出しは一宮町の庭田神社で式が営まれてきた。播磨国風土記に、カビ(麹)を用いた酒に関する最古とされる記述が伝わる場所であり、宍粟市が日本酒発祥の地を名乗る根拠でもある。
つまり酒は再び醸されている。かつて醸されていた蔵から数百メートルの場所で、前野家が分かれたもう一方の家の後継によって。西蔵はいま有限会社本家門前屋の所有で、3棟のうち国のデータベースに法人所有と記載されている唯一の一棟である。
酒蔵通りを訪ねる
西蔵は公開されておらず、見学の受け入れもない。主屋の背後、50-11という別筆の敷地に建つため、通りからは眺めるというより垣間見るかたちになり、その量塊の多くは屋根の稜線として認識される。前野家の敷地を理解したい人は、主屋の正面から始めて南へたどるのがよい。
その正面には入ることができる。店舗兼主屋の一階の一部は「町家cafe&ギャラリー さんしょう」として営業し、隣接区画は本家門前屋酒店として宍粟の地酒を扱う。しそうツーリズムガイドの掲載では11時から15時(ラストオーダー14時)、定休日は日曜と月曜、材料がなくなり次第終了。時期により営業時間が変わるため、0790-62-0039で確認しておきたい。外観の撮影は公道からであれば自由に行える。
宍粟市には鉄道の駅がない。姫路駅北口から神姫バスで山崎バスセンターまで約60分、そこから酒蔵通りまでは徒歩10分ほど。車の場合は中国自動車道の山崎インターチェンジを降りて北へ5分から8分、大手前通りのしそう山崎観光駐車場が拠点になる。
現役の二蔵はいずれも通りに面して販売所を構え、季節には三笑も並ぶ。近くの旧中門前屋の建物は宿に転用された。地元がもっとも賑わうのは秋で、最上山のもみじが関西一円から人を集める。
Q&A
- 前野家住宅(本家門前屋)西蔵の内部は見学できますか?
- 西蔵は有限会社本家門前屋が所有する私有建築で、内部は公開されていません。同じ敷地の前面に建つ店舗兼主屋は、一階の一部がカフェと酒店として営業しているため、そちらには利用客として入れます。
- 前野家住宅(本家門前屋)西蔵は何に使われていた建物ですか?
- 酒造業の仕込蔵です。一階は土間の大きな一室で、東面には二階へ上がる木製スロープが取り付き、二階の板敷の床には荷揚口が開いています。材料を上げ下ろしする動線が建物の構造そのものに組み込まれています。
- 前野家住宅(本家門前屋)西蔵はいつ建てられ、いつ登録されたのですか?
- 文化庁の記録では大正9年(1920年)建築、昭和中期に改修されています。登録有形文化財(建造物)となったのは令和6年(2024年)8月15日で、登録番号は28-0820、答申は同年3月15日でした。
- 本家門前屋がかつて醸していた酒はいまも飲めますか?
- 元の酒蔵は昭和52年に廃業しましたが、銘柄「三笑」は平成30年に山陽盃酒造と老松酒造の二蔵が復活させました。宍粟市産の酒米「兵庫夢錦」を使い、市内の酒販店と飲食店でのみ取り扱われています。
- 前野家住宅(本家門前屋)西蔵へはどう行けばよいですか?
- 宍粟市には鉄道がありません。姫路駅北口から神姫バスで山崎バスセンターまで約60分、下車後は徒歩10分ほどで酒蔵通りに着きます。車なら中国自動車道の山崎インターチェンジから北へ5分から8分です。
基本データ
| 名称 | 前野家住宅(本家門前屋)西蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県宍粟市山崎町山崎字西新町50-11 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号28-0820 第107回登録 |
| 指定年 | 令和6年(2024年)8月15日登録(答申は同年3月15日) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積310平方メートル。大正9年建築、昭和中期改修 |
| 所有者 | 有限会社本家門前屋 |
| 公開状況 | 内部非公開。周囲の通りから部分的に見学可 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース 前野家住宅(本家門前屋)西蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015066
- 文化庁 文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)令和6年3月15日
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/94080301_03.pdf
- 宍粟市 「発酵のふるさと」といわれる理由
- https://www.city.shiso.lg.jp/kanko/hakkonohurusatoshiso/8142.html
- 兵庫県公式観光サイト HYOGO!ナビ 酒蔵通り
- https://www.hyogo-tourism.jp/spot/result/1170
- しそうツーリズムガイド 町家cafe&ギャラリー さんしょう
- https://shiso.or.jp/highlights/町家カフェ さんしょう
最終更新日: 2026.08.26