スパニッシュ邸宅を支えた使用人の住まい
大邸宅は、それを動かす人々を必要とする。温山記念会館第二研修所は、その人々が暮らした建物である。この小さな木造建築は、もともと実業家・新田長次郎(1857〜1936)の邸宅における使用人の住居であった。長次郎は松山大学の前身校を創立した人物で、後にこの兵庫県西宮市の邸宅一式が新田家から大学へ寄贈された。意匠を誇る本館に対し、この建物はただ実用に徹していた。使用人棟のような付属屋は、役目を終えれば残されないのが常で、こうして現存すること自体が珍しい。
建設は本館と同じ昭和3年(1928)で、設計も同じく長次郎の娘婿・木子七郎(1884〜1955)が手がけた。位置は敷地の北西隅、本館と道路の間である。桁行4間・梁間3間半、建築面積約39平方メートルの木造平屋建で、屋根は寄棟造にスパニッシュ瓦(S字瓦)を葺き、本館の屋根を小さくうつしたような姿を見せる。
使用人棟が登録された理由
2006年(平成18)3月、この建物は登録有形文化財となった。登録番号は28-0217、基準は「造形の規範となっているもの」である。同じ日に敷地内の6件が一括で登録された。登録有形文化財は1996年に設けられた区分で、近代建造物を実用に供したまま無用な改変から守る仕組みである。
その価値は、邸宅としての完結性にある。戦間期の富裕な家庭は使用人を抱えた小さな組織であり、この敷地は華やかな居室だけでなく、その運営を支えた側の建物までとどめている。文化庁の評価も、本館の付属施設として貴重である点を挙げる。本館だけでは描けない、阪神間の邸宅の日常を補う建物といえる。
訪ねて見るべきところ
内部の間取りは、その用途を映す資料として読める。南側には3室、すなわち6畳間と3畳間の和室に加え、3畳の小さな洋室が並ぶ。台所や水回りといった役目の場は北側にまとめられている。隣の本館を切り盛りする人々にとって理にかなった配置である。
外観では、屋根が建物を敷地全体へ結びつけている点に注目したい。スパニッシュ瓦、寄棟の形、控えめな規模は、ただの物置ではなく、本館の意匠を意図的に静かにした版として読める。建物は道路に近く建つため、内部が非公開でも、外観はアプローチから眺められる。
敷地は松山大学が所有し、学生のゼミナールや研究に用いられ、この付属屋は現在「第二研修所」として使われている。展示施設ではない。敷地を間近に見たい場合は、事前に大学へ問い合わせ、見学の可否と時期を確認してほしい。
Q&A
- もとは何に使われた建物ですか。
- 新田家の邸宅の使用人住居です。本館を切り盛りした使用人がここで暮らしました。
- なぜ現在は「第二研修所」と呼ばれるのですか。
- 1989年に松山大学が邸宅を受け継いだ後、各建物を教育・研究用に転用しました。この建物は研修施設としての役割とその名称を得ました。
- 松山大学のある愛媛県にあるのですか。
- いいえ。大学名にかかわらず、この敷地は兵庫県西宮市甲子園口にあります。大学創立者の自邸だったためです。
- 内部は見学できますか。
- 自由には見られません。敷地は大学が使用しており、見学は時期や手配によります。訪問前に松山大学へ確認してください。
基本情報
| 名称 | 松山大学温山記念会館第二研修所 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県西宮市甲子園口1-12-31 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(2006年3月2日登録/登録番号 28-0217) |
| 建設年 | 昭和3年(1928) |
| 設計 | 木子七郎 |
| 構造 | 木造平屋建、寄棟造スパニッシュ瓦葺、建築面積約39平方メートル、桁行4間・梁間3間半 |
| 当初の用途 | 使用人住居 |
| 所有者 | 学校法人松山大学 |
| 交通・見学 | JR甲子園口駅から徒歩約5分。常時公開の施設ではなく、見学は事前に大学へ要確認。 |
References
- 国指定文化財等データベース — 松山大学温山記念会館第二研修所
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005307
- 松山大学 — 温山記念会館
- https://www.matsuyama-u.ac.jp/guide/campus/kinen/
- 西宮流 西宮ペディア — 松山大学温山記念館(旧新田邸)
- https://nishinomiya-style.jp/glossary/matsuyamakinekan
最終更新日: 2026.07.02