戦火をくぐり抜けた邸内の防空壕
この西宮の邸宅に建つ建物のなかで、ひとつだけは快適さのためでなく、生き延びるために造られた。温山記念会館防空壕は、敷地裏にあたる東端に据えられた鉄筋コンクリート造の掩体である。かつてこの敷地を所有した実業家・新田長次郎(1857〜1936)の邸宅は昭和3年(1928)に建てられたが、この防空壕はそれより後、昭和前期の戦時期に、全国の家庭で空襲が現実の脅威となったなかで増設された。文化庁の記録も、単年ではなく昭和前期という幅のある年代を記している。
長次郎は松山大学の前身校を創立した人物で、1989年に邸宅一式が新田家から大学へ寄贈された。守るべき対象であったスパニッシュ様式の本館とともに、この防空壕が兵庫県に建ちながら大学名を冠するのはそのためである。この種の私設防空壕は戦時中に数多く造られたが、戦後はたいてい取り壊された。来歴の明らかな邸宅の一部として無傷で残るものは珍しい。
防空壕が登録された理由
2006年(平成18)3月、この防空壕は登録有形文化財となった。登録番号は28-0219である。敷地内の6件が同時に登録されたが、そのなかで「再現することが容易でないもの」の基準で登録されたのはこの防空壕だけであった。この文言には意味がある。ほかの建物が造形の規範や歴史的景観への寄与として評価されたのに対し、防空壕は戦時下の民間防空の遺構として、いまや再び造ることの難しい類型として評価された。
登録有形文化財は1996年に設けられ、近代建造物を実用に供したまま守る区分である。防空壕の場合、保護とは、日常の家庭生活が空襲の脅威をどう受け止めたかを示す物証を残すことでもある。建物が撤去されれば失われやすい証拠である。
訪ねて見るべきところ
防空壕は南北5.7メートル、東西3.9メートル、約35平方メートルの一室で、壁の厚さは30センチに達する。出入口は2箇所あり、それぞれ2重の耐爆扉を備える。ひとつは西面の南端に、もうひとつは南面の東端に開く。内部の天井はドーム状に造られ、鉄製の換気設備が2箇所、密閉された室内に空気を通す役を担った。いずれも、至近の爆風に耐えることを目的とした構造の実際的な工夫である。
この防空壕は、敷地の境界とも結びついている。背面の出入口は、鉄筋コンクリート造の外塀の東面を貫いて開く。すなわち防空壕と外塀は連携して機能するよう計画されていた。防空壕と塀を並べて読むと、防空が後付けの思いつきではなく、敷地の構成に組み込まれていたことがわかる。
敷地は松山大学が所有し、ゼミナールや研究に用いられ、防空壕は敷地の私的な裏手に位置する。気軽に見学できる場所ではない。見たい場合は、事前に大学へ問い合わせ、どのような見学が可能かを尋ねてほしい。
Q&A
- 防空壕はいつ造られたのですか。
- 昭和前期の戦時期で、1928年の本館より後です。公式記録は単年ではなく昭和前期という幅のある年代を記しています。
- なぜ「再現することが容易でない」として登録されたのですか。
- 戦時下の私設防空壕の現存例だからです。多くは戦後に取り壊されたため、来歴の明らかな邸宅内に無傷で残る例は再び造ることが難しいと評価されました。
- どのような防護の工夫がありますか。
- 壁は厚さ30センチの鉄筋コンクリート、出入口2箇所には2重の耐爆扉、天井はドーム状で、鉄製の換気設備が密閉時に空気を送りました。
- 内部に入れますか。
- 自由には入れません。防空壕は大学所有の敷地の私的な裏手にあります。見学の可否は事前に松山大学へ問い合わせてください。
基本情報
| 名称 | 松山大学温山記念会館防空壕 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県西宮市甲子園口1-12-31 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(2006年3月2日登録/登録番号 28-0219) |
| 建設年 | 昭和前期(戦時期。単年の記録なし) |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造、一室、ドーム状天井、壁厚約30センチ、面積約35平方メートル、南北5.7メートル・東西3.9メートル |
| 特徴 | 2重耐爆扉の出入口2箇所、鉄製換気設備2箇所 |
| 所有者 | 学校法人松山大学 |
| 交通・見学 | JR甲子園口駅から徒歩約5分。敷地の私的な裏手にあり、見学は事前に大学へ要確認。 |
References
- 国指定文化財等データベース — 松山大学温山記念会館防空壕
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005309
- 松山大学 — 温山記念会館
- https://www.matsuyama-u.ac.jp/guide/campus/kinen/
- 西宮流 西宮ペディア — 松山大学温山記念館(旧新田邸)
- https://nishinomiya-style.jp/glossary/matsuyamakinekan
最終更新日: 2026.07.02