武庫川女子大学甲子園会館(旧甲子園ホテル)――遠藤新が遺した昭和初期の名建築

武庫川の右岸を上甲子園のほうへ歩いていくと、緑釉瓦の屋根が低く長く伸びた建物が目に入る。両翼を左右にひろげ、中央の塔屋が静かに立ち上がる、ライト様式の独特な水平線。1930(昭和5)年4月15日、ここは「甲子園ホテル」として開業した。「東の帝国ホテル、西の甲子園ホテル」と並び称された関西屈指のリゾートホテルである。

ホテルとしての営業はわずか14年で幕を閉じた。だが建物は壊されることなく、戦後の艱難を経て武庫川学院が国から譲り受け、1965年からは武庫川女子大学の学舎となった。現在は建築学部・大学院建築学研究科の校舎として、学生たちが日々この空間で学んでいる。2009年、国の登録有形文化財に登録された。

設計はフランク・ロイド・ライトの愛弟子・遠藤新。施工は大林組。竣工から90年以上が過ぎたいまも、外観は当時の姿をほぼそのまま伝える。週日に予約をすれば、誰でも内部を見学することができる。

二人の再起がかたちにしたホテル

甲子園ホテルは、二人の人物の「再起」から生まれた。支配人・林愛作(1873-1951)と、設計者・遠藤新(1889-1951)である。

林は東京の帝国ホテルの支配人を務めた人物で、新館(ライト館)の設計を当時無名に近かったフランク・ロイド・ライトに依頼した張本人だった。だが工期の長期化と予算超過が問題化し、ライトは完成を見ずに帰国、林もまた支配人を辞することになる。残された現場を引き継いだのが、ライトの主任技師として帝国ホテルの設計・施工を最後まで支えた遠藤だった。

関西に本格的なリゾートホテルを――阪神電鉄の主導で進められた甲子園ホテル計画は、支配人として林を、設計者として遠藤を起用した。帝国ホテルの現場で苦楽をともにした二人が、今度こそ理想のホテルをつくるという、ある種の宿題のような企てだった。

工期は13ヶ月。背景にはふたつの事情があったとされる。ひとつは、開業直後の1930年4月23日に高松宮夫妻の前泊が予定されていたこと。両殿下は翌24日、神戸港から欧州へ向かう予定であった。もうひとつは、林自身が帝国ホテルの工事遅延の代償を身に染みて知っていたこと。当時の建設費は約100万円。現在の貨幣価値に換算して30億円相当ともいわれる。

開業後、高松宮、東久邇宮、ベーブ・ルース、谷崎潤一郎、原節子といった内外の著名人が滞在した。舞踏会では作曲家・山田耕筰がオーケストラを指揮したと伝わる。林が出来上がった建物の写真と図面を米国のライトに送ると、ライトからは「見事なお手並み」と評価する手紙が届いたという。もっとも宴会場の家具やカーペットには容赦ない批評が添えられていた、というのが甲子園会館を語る上での定番のエピソードである。

戦況の悪化により、1944年、建物は海軍病院として国に接収される。終戦後はアメリカ進駐軍の将校宿舎として約10年使われ、その後は旧大蔵省の管理下に置かれた。「由緒ある建物を保存したい」と1965年に学校法人武庫川学院が払い下げを受け、外観の景観回復を条件に大規模な改修が行われた。2006年からは建築学科の学舎として活用されている。

登録の理由――関西本格ホテルの先駆例

文化庁の解説によれば、登録の眼目は「敷地中央に建つ。建築面積2,056㎡、鉄筋コンクリート造、地上4階地下1階建、緑黄色の桟瓦葺。起伏に富んだ空間構成や、テラコッタタイルによる幾何学意匠などライトの建築手法を基調としつつ、和風意匠を加味してまとめた、関西の本格的ホテルの先駆例」――この一文に集約される。

注目すべきは、ライト本人の手による帝国ホテル(旧館)が1968年に解体され、エントランス部分のみ博物館明治村に移築保存されている、という現実である。甲子園会館は、ライトの建築言語をその一番弟子が継承し、現地で建物全体が使われ続けている、ほぼ唯一の存在といってよい。日本における「ライト式建築」を体験的に学べる場所として、その価値は年を追って高まっている。

顕彰は重なってきた。2007年に経済産業省の近代化産業遺産に認定、翌2008年に第17回BELCA賞(ロングライフ部門)を受賞、2009年の登録有形文化財登録と同年、兵庫県景観形成重要建造物に指定。2013年にはDOCOMOMO JAPAN選定「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」にも選ばれている。

もう一点付け加えると、1995年の阪神・淡路大震災で甲子園会館の被害はごくわずかにとどまった。低く張り出した軒と量塊感のある構成は、ライトが好んだ意匠であると同時に、地震荷重に対しても合理的な姿をしていた。震災後、ライト建築の耐震性能に関する評価はむしろ高まっている。

見どころ――館内のディテール

平面は左右対称。中央に玄関・フロント・メインロビーを置き、東翼に旧メインダイニング、西翼に大宴会場(バンケットルーム、現・西ホール)を張り出させる。両翼の上階には、客室を階段状に積み上げた構成。ホテル時代の客室数は全70室を数えた。

見学時に注意して見ておきたいディテールをいくつか挙げておく。

打出の小槌。ホテル全体のシンボルとして繰り返し用いられる意匠で、外壁のテラコッタレリーフ、エントランス前の泉水まわり、室内のタイル細工など、いたるところに姿を見せる。西宮はえびす宮総本社・西宮神社のお膝元であり、福の神えびす様が手にもつ縁起物がモチーフに採られた。

日華石と泰山タイル。外壁の素材は、ライトが帝国ホテルで多用した大谷石に風合いが近い日華石(石川県小松市産)と、京都の池田泰山の窯で焼かれた泰山タイル。泰山タイルは皇室御用達でもあった近代洋風建築を彩った装飾陶板で、現存例の少なさからも貴重性が高い。さらにライトの代名詞であるスクラッチタイルは型枠内に積み込んだ状態でコンクリートと一体打設されており、技法の希少さで知られる。

西ホール天井の市松格子光天井。旧バンケットルームの天井は、雪見障子に通じる市松格子を巨大化したような格子状の光天井に仕上げられている。日本の座敷意匠を西洋大空間のスケールに翻訳したような構成で、見学者の多くが声を上げるポイントである。

幾何学と水。床と壁に散りばめられた円と矩形の幾何学模様は、ライトのオーガニック建築の文法を引き継ぐ。エントランスまわりの泉水からは、水琴窟を思わせる澄んだ音が聞こえる。バーの床に施されたタイルのモザイクには遊び心が宿り、解説者に教えられて初めて気づく人が多い。

緑釉瓦の屋根。瓦は淡路産の緑釉瓦。光の加減で黄緑から深緑まで色を変える。建物を遠景で眺めると、低く長く伸びた緑の帯が水平線を形作っているのが分かる。

ひとつ留意点。ホテル時代の客室は、1965年以降の改修で大半が教室・スタジオに転用されており、現存する形ではほぼ残っていない(4階の和室の一部のみが残る)。今日の見学者が体験できるのは、玄関、ロビー、両翼のホール、外観、そして庭園――すなわち遠藤と林が「ホテルの顔」として最も力を入れた公共部分である。

周辺のたのしみ方

上甲子園エリアは、武庫川の堤防に沿って邸宅と松林がつらなる閑静な高級住宅街である。野球の聖地・阪神甲子園球場は南へ約2キロ。地名は共有しても、空気はまったく異なる。

建物の東側を流れる武庫川の河川敷は、地元の散策路として親しまれており、2月下旬から4月にかけては菜の花が一面に咲く。続いて桜の季節を迎える。打出の小槌の意匠の源である西宮神社(1月の十日えびすが有名)は南東に約3キロ。建築好きには、もう一駅先の芦屋に建つヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅、1924年、フランク・ロイド・ライト設計)と合わせて訪ねるコースもよく組まれる。師と弟子、それぞれの建築を一日でめぐることができる地域は、日本でもこのあたり以外には例がない。

Q&A

Q見学はできますか?
A完全予約制で見学できます。武庫川女子大学が平日に見学会を実施しており、参加費は無料、所要時間は約90分。玄関、西ホール、屋上、庭園などをガイドの解説付きで巡ります。予約は甲子園会館庶務課の見学受付専用ダイヤル(0798-67-0290、平日10:00~16:00)。月ごとの見学スケジュールは公式サイトで告知されます。
Q設計はフランク・ロイド・ライトですか?
A設計者は遠藤新です。ライトの愛弟子で、帝国ホテル新館の現場を最後まで支えた主任技師でした。竣工後、遠藤がライトに写真と図面を送ったところ、ライトから「見事なお手並み」と評価する返書が届いたと伝わります。一方で家具やカーペットには手厳しい批評も添えられており、ライトの人となりを示すエピソードとして語られています。
Qなぜ「東の帝国ホテル、西の甲子園ホテル」と並び称されたのですか?
A設計の系譜が同じくライト派であること、皇族や著名な内外人を顧客に持ったこと、テラコッタと石材を駆使した幾何学意匠という共通の建築言語をもつことなどが理由です。帝国ホテルの開業(1923年)から7年後に開業し、まだ阪神間にこの規模の本格ホテルが存在しなかった時代背景もあいまって、東西のライト式ホテルとして並び称されました。
Q館内でなぜ打出の小槌の意匠が多用されているのですか?
Aえびす宮総本社である西宮神社が近隣にあり、福の神えびす様の持ち物として親しまれてきた縁起物だからです。ホテルのシンボルとしてふさわしいモチーフとして採用され、外壁のテラコッタレリーフ、泉水周辺のタイル、内装の細工と、館内の各所に姿を変えて現れます。
Qなぜ見学が完全予約制なのですか?
A現在も武庫川女子大学建築学部の現役の校舎として、講義・スタジオ・図書室・研究室が日常的に稼働しているためです。授業や研究活動への影響を抑えつつ、解説付きで丁寧に建築を体験してもらう仕組みとして、ガイドツアー形式が採られています。創建時の内装を保護するうえでも、人の流れを管理することは合理的な選択といえます。

基本情報

名称武庫川女子大学甲子園会館(旧甲子園ホテル)
ふりがなむこがわじょしだいがくこうしえんかいかん(きゅうこうしえんほてる)
所在地兵庫県西宮市戸崎町6他(登録上の所在地)/見学者向け案内住所:戸崎町1-13
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日2009年(平成21年)1月8日
その他の顕彰近代化産業遺産(2007年)、第17回BELCA賞ロングライフ部門(2008年)、兵庫県景観形成重要建造物(2009年)、DOCOMOMO JAPAN選定「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」(2013年)
竣工1930年(昭和5年)/工期約13ヶ月
設計遠藤新(1889-1951)
施工大林組
当初の支配人林愛作(1873-1951、元・帝国ホテル支配人)
構造鉄筋コンクリート造4階地下1階建塔屋付、一部瓦葺
建築面積2,056㎡
員数1棟
所有者学校法人武庫川学院
現在の用途武庫川女子大学建築学部・大学院建築学研究科の学舎
アクセスJR甲子園口駅から徒歩約10分/阪神甲子園駅から阪神バス「JR甲子園口」行きで約10~15分、「戸崎町」バス停下車徒歩約3分
見学完全予約制(電話:0798-67-0290)。参加無料。受付時間は平日10:00~16:00。スケジュールは公式サイト参照。

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁)――武庫川女子大学甲子園会館(旧甲子園ホテル)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/183736
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007524
武庫川女子大学甲子園会館 公式サイト
https://www.mukogawa-u.ac.jp/~kkcampus/
武庫川女子大学甲子園会館――建築について
https://www.mukogawa-u.ac.jp/~kkcampus/kenchiku/

最終更新日: 2026.05.16