覆屋の中にあった江戸時代の松尾社

長田神社松尾社は、兵庫県神戸市長田区長田町3丁目の長田神社で拝殿向拝の東に建つ江戸時代後期の末社社殿で、昭和3年(1928年)に現在地へ移築され、平成14年(2002年)2月14日に国の登録有形文化財に登録された。一間社流造、銅板葺で、建築面積は0.81平方メートルである。

祭神は大山咋神と春日大神である。神社は、大山咋神を水などの恵みを与える山の神、春日大神を武甕槌神と経津主神の二柱の武神と説明している。文化庁は建築年代を江戸後期(西暦1751年から1829年の幅)とし、大正13年(1924年)の火災を免れた末社の一つとしている。

長田神社松尾社の登録理由と、ほかの末社との違い

長田神社松尾社の登録番号は28-0087で、登録基準は「造形の規範となっているもの」である。文化庁の解説によれば、火災の前は覆舎(おおいや)の中に収められていた。小さな社を雨風から守るため、別の建物で覆っていたのである。

規模は桁行2尺3寸、梁間2尺1寸で、拝殿をはさんで向かい合う蛭子社と同じ大きさ・同じ仕様である。ただし据え方が違う。長田神社松尾社は石積の基壇の上に亀腹を築き、その上に一間社流造を載せている。文化庁は、この点で透塀の内にある末社、すなわち天照社・八幡社に似ていると指摘する。

覆屋から出され、本殿と同じ亀腹の上に据え直されたことで、松尾社は昭和の境内のなかで一段格の高い据え方を与えられたことになる。

長田神社松尾社の見どころ

長田神社松尾社を見るときは、社の足元に注目したい。石積の上に亀腹が丸く盛り上がり、その上に社が載る。隣の月読社が石積の基壇に直接載っているのと比べると、据え方の違いがすぐ分かる。

位置は拝殿の向拝の東、月読社の南である。拝殿の西で向かい合う蛭子社と同じ寸法なので、両方を見比べると、据え方以外はそろえてあることが確かめられる。

長田神社松尾社の見学方法

長田神社松尾社は拝殿の東側から自由に参拝でき、外観も見学できる。社殿の内部は公開されていない。

神社の年中行事では、4月2日に末社松尾社祭が行われる。境内への行き方と参拝の条件は長田神社のページにまとめてある。

Q&A

Q長田神社松尾社の祭神は何ですか?
A大山咋神と春日大神です。神社は大山咋神を山の神、春日大神を二柱の武神と説明しています。
Q長田神社松尾社は火災前どこにありましたか?
A文化庁の解説によれば、火災の前は覆舎の中に収められていました。昭和3年(1928年)に現在地へ移築されました。
Q長田神社松尾社とほかの末社の違いは何ですか?
A石積基壇の上に亀腹を築いて社を載せている点で、透塀内の天照社・八幡社に似た据え方です。寸法は蛭子社と同じです。
Q長田神社松尾社はどこにありますか?
A拝殿の向拝の東、月読社の南にあります。拝殿をはさんで蛭子社と向かい合っています。
Q長田神社松尾社の祭りはいつですか?
A神社の年中行事では、4月2日に松尾社祭が行われます。

基本情報

名称長田神社松尾社(ながたじんじゃまつおしゃ)
所在地兵庫県神戸市長田区長田町3-1-1
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号28-0087
指定年平成14年(2002年)2月14日登録
員数1棟
寸法木造、銅板葺、建築面積0.81平方メートル
所有者宗教法人長田神社
公開状況拝殿の東側で参拝・外観見学可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):長田神社松尾社
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002668
文化遺産オンライン:長田神社松尾社
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/138438
長田神社:境内地図・末社
https://nagatajinja.jp/keidai/keidai.php
長田神社:年中行事・毎月の行事
https://nagatajinja.jp/gyouji/ichiran.php

最終更新日: 2026.10.01