銅像を失った台石が残る
多木浜洋館記念碑は、兵庫県加古川市別府町東町にある昭和11年(1936年)建造の石造記念碑で、平成14年(2002年)に国の登録有形文化財となった。
載せるはずだった銅像は、いまはない。残っているのは石である。文化庁の記録は台石の寸法を「底面14尺四方、高18尺」と記す。メートル法になおせば底辺およそ4.2メートル、高さおよそ5.5メートル。素材は北木島産の花崗石で、瀬戸内海に浮かぶこの島の石切場は、目の詰まった白い花崗岩を全国の土木・建築事業に送り出してきた。
台石には「肥料主」の三字が刻まれている。文化庁のデータベースは、この揮毫を斎藤実によるものとする。斎藤は昭和7年から9年まで内閣総理大臣を務めた人物である。
登録上の員数は「1所」、面積は148平方メートル。これは石の塊そのものではなく、敷石を含む一帯を指した数値である。
別府村から出た「肥料王」
多木久米次郎(1859~1942)は、家業の魚肥製造を二十代前半で引き継いだ。そこから先が普通ではない。明治18年(1885年)、当時の別府村で獣骨を原料とする蒸製骨粉の製造を始める。日本で最初の人造肥料とされるものである。続いて過燐酸石灰にも手を広げ、大正7年(1918年)には多木製肥所を設立した。現在の多木化学の前身にあたる。世間は彼を「肥料王」と呼んだ。記念碑の三字は、その呼び名を踏まえている。
稼いだ金は地元に落とした。記念碑が建つのは多木浜洋館主屋の西北方である。別府川の河口近くに久米次郎が建てた木造4階建の迎賓施設で、本人はこれを「同比閣」と名づけた。屋根も外壁も一面に銅板を張ってあるため、地元では長く「あかがね御殿」の名で通っている。潮風にさらされた銅はとうに鈍い茶緑色へ変わっており、その呼び名は今では少しばかり想像力を要する。
加古川観光協会の記録によれば、台石の上にあった銅像は戦時中の金属供出で取り払われ、そのまま戻らなかった。像がどれほどの大きさだったかは、残された台石の量感から推し量るほかない。
台石が文化財になった理由
日本の建造物には二つの制度が並んで走っている。指定は、国として最高水準の価値をもつと判断された少数の建物に適用され、現状変更に強い規制がかかる。もう一方の登録は平成8年(1996年)に始まった緩やかな仕組みで、おおむね築50年以上、その土地の景観をかたちづくってきた膨大な建造物群を対象とする。多木浜洋館記念碑は平成14年8月21日に登録され、告示は同年9月3日。登録番号は28-0109、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
単独の登録ではない。同じ日に、主屋、この記念碑、石造門、そして敷地北辺と西辺を延長54メートルにわたって囲む煉瓦塀の4件がまとめて登録されている。記念碑の種別は「建築物」ではなく「その他工作物」。門や塀、煙突などに与えられる区分である。
解説文は造形を「簡潔かつ豪放」と評する。現地で見ると、その言い方は正確だ。装飾らしい装飾がない。花崗石を方形に切り、積み、あとは量塊だけで押し切っている。すぐ近くに建つ洋館の、銅板細工とステンドグラスで埋め尽くされた意匠とは別の判断がここにはある。令和2年(2020年)には兵庫県の景観形成重要建造物にも指定された。
訪ねるには
敷地は学校法人多木学園の所有で、昭和63年(1988年)に土地建物の寄付を受けている。自由に立ち入れる場所ではない。見学は月2回程度の見学会に限られ、開催はおおむね平日。所要時間は約1時間30分、料金は1人500円で、ガイドが付く。予約は別府幼稚園が窓口となり、最少催行人員は5名、定員は20名程度である。
見落としやすい条件が二つある。高校生以下は参加できず、団体での申し込みは現在受け付けを停止している。館内の撮影は不可。記念碑自体は屋外に建っているので、撮影の可否は当日ガイドに確認するとよい。また洋館の2階・3階には冷暖房設備がない。瀬戸内の夏に訪ねるなら覚えておきたい。
行き方は難しくない。山陽電車の別府駅から徒歩約15分。JR加古川駅からならかこバスに乗り「スポーツ交流館前」で降りればすぐである。旧別府港の埋立地を整備した別府みなと緑地が近く、同じ散策のなかに組み込める距離にある。
洋館を見る前に、まず台石の真下に立って見上げてほしい。この寸法は、そこにない像のために計算されたものだ。欠けているという事実が、この工作物のいちばん面白いところである。
Q&A
- 多木浜洋館記念碑は見学できますか。予約は必要ですか。
- 見学会に参加すれば見られます。敷地は学校法人多木学園の私有地のため、自由見学はできません。見学会は月2回程度、主に平日に開催され、所要約1時間30分、料金は1人500円です。別府幼稚園を窓口とする事前予約が必要で、最少催行人員は5名です。
- 多木浜洋館記念碑の上に銅像がないのはなぜですか。
- この花崗石の台石は昭和11年(1936年)に、多木製肥所創始者・多木久米次郎の銅像を据えるために築かれました。加古川観光協会の記録によれば、銅像は戦時中の金属供出で取り払われ、その後再建されていません。登録有形文化財として登録されているのは、残された台石を含む一帯です。
- 多木浜洋館記念碑に刻まれている文字は何ですか。
- 「肥料主」の三字です。文化庁の国指定文化財等データベースは、この揮毫を斎藤実によるものと記しています。斎藤は昭和7年(1932年)から昭和9年(1934年)まで内閣総理大臣を務めました。
- 多木浜洋館記念碑へは加古川駅からどう行けばよいですか。
- JR加古川駅からかこバスに乗り、「スポーツ交流館前」で下車すればすぐです。私鉄を使う場合は、山陽電車別府駅から徒歩約15分。車の場合は駐車場があります。
- 多木浜洋館記念碑は国宝や重要文化財ですか。
- いずれでもありません。登録有形文化財です。平成8年(1996年)に始まった制度で、歴史的景観をかたちづくる建造物を緩やかに保護する枠組みです。記念碑は平成14年8月21日に、主屋・石造門・煉瓦塀とあわせて登録されました。
基本データ
| 名称 | 多木浜洋館記念碑(たきはまようかんきねんひ) |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県加古川市別府町東町174 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/その他・その他工作物/登録番号 28-0109 |
| 指定年 | 平成14年(2002年)8月21日登録、同年9月3日告示 |
| 員数 | 1所 |
| 寸法 | 石造、面積148平方メートル。台石は底面14尺四方・高18尺(約4.2メートル四方、高さ約5.5メートル)、北木島産花崗石 |
| 所有者 | 学校法人多木学園 |
| 公開状況 | 月2回程度の見学会のみ(主に平日)。所要約1時間30分、1人500円、要事前予約(別府幼稚園)。最少催行5名、定員20名程度。高校生以下不可、団体受付は停止中。館内撮影不可 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「多木浜洋館記念碑」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002971
- 文化遺産オンライン「多木浜洋館記念碑」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/140241
- 加古川市教育委員会「多木浜洋館(主屋、記念碑、石造門、煉瓦塀)4件/国登録文化財」
- https://www.city.kakogawa.lg.jp/soshikikarasagasu/kyouiku/kakuka/kyoikushidobu/bunkazai_cyosa/bunkazai/kunitourokukaisetu/31305.html
- 多木浜洋館・同比閣 公式サイト(学校法人多木学園)
- https://hamayoukan.befu-youchien.com/
- 加古川観光協会「多木浜洋館(あかがね御殿)・別府港」
- https://kako-navi.jp/spot/19143.html
最終更新日: 2026.08.26