敷地の東北端に建つ石造の蔵

荒川家住宅石蔵は、茨城県筑西市甲868の荒川家の屋敷の東北端に建つ明治42年(1909年)の石造2階建で、平成11年(1999年)に登録有形文化財に登録された。桟瓦葺の切妻造、建築面積は83平方メートル。

棟は東西に通る。桁行5間、梁間2間半で、同じ屋敷の内蔵より一回り大きい。荒川家の5棟のうち、石を積んで壁とするのはこの1棟だけである。

荒川家住宅石蔵が建った明治42年は、店蔵の完成から2年後にあたる。醤油醸造を営んでいた時期の、収蔵量の増加に対応したものと考えられる。

県境を越えてきた石

荒川家住宅石蔵の登録番号は08-0011、登録基準は内蔵と同じく「再現することが容易でないもの」である。

文化庁の解説は、この蔵を栃木近辺でよく見かける大谷石の石蔵に似た造りと記す。茨城県教育委員会はより踏み込んで、大谷石による石蔵と説明している。大谷石は宇都宮市大谷町周辺で採れる凝灰岩で、軽く加工しやすく、火に強い。近代の北関東では蔵の材料として広く使われた。

筑西市は栃木県と接しており、下館から大谷までは県境をひとつ越えるだけである。荒川家住宅石蔵は、その石の産地がどこまで商圏を広げていたかを示す1棟でもある。

東の妻面に付く額縁と庇

荒川家住宅石蔵で最初に目が行くのは東の妻面である。開口部の周囲を直線だけで構成した額縁で囲み、その上に雨除けの庇を載せる。庇は持送りで支える。

石造の壁に開口を穿つと、雨水が壁面を伝って目地を痛める。庇はそれを避けるための実用的な装置だが、額縁と組み合わせることで、開口が壁のなかで独立した図形に見えてくる。

この直線的なまとめ方は、24年後に同じ屋敷に建つ主屋のアール・デコ調の外観とも、どこかで通じている。石工の仕事と洋風意匠が、別の経路で似た形にたどり着いた例と見ることもできる。

見学方法とアクセス

荒川家住宅石蔵は個人の所有で公開されておらず、敷地の奥に建つため通りから全体を見ることはできない。外観の写真は文化庁の国指定文化財等データベースに掲載されている。

撮影のために敷地内へ入ることはできない。周辺の私有地から近づく行為も控えてほしい。

駅からの道のりは約700メートル、下館駅北口から10分ほどの徒歩圏である。JR水戸線、関東鉄道常総線、真岡鐵道が同駅に乗り入れる。公開の有無を確かめたい場合は筑西市の文化スポーツ課へ(2026年9月5日時点)。

Q&A

Q荒川家住宅石蔵は見学できますか。
A荒川家住宅石蔵は非公開です。敷地の東北端に建つため通りから全体を見ることもできません。外観写真は文化庁の国指定文化財等データベースに掲載されています。
Q荒川家住宅石蔵はいつ建てられましたか。
A明治42年(1909年)の建築です。平成11年(1999年)8月23日に登録有形文化財に登録されました。登録番号は08-0011です。
Q荒川家住宅石蔵はどんな石でできているのですか。
A茨城県教育委員会は大谷石による石蔵と説明しています。文化庁の解説は、栃木近辺で見られる大谷石の石蔵に似た造りと記しています。大谷石は宇都宮市大谷町周辺で採れる凝灰岩です。
Q荒川家住宅石蔵の見どころはどこですか。
A東の妻面です。開口部を直線で構成した額縁で囲み、雨除けの庇を持送りで支えています。石造の壁を雨から守る工夫が、そのまま意匠になっています。
Q荒川家住宅石蔵へのアクセスを教えてください。
A下館駅北口から約700メートル、徒歩10分ほどです。JR水戸線、関東鉄道常総線、真岡鐵道が乗り入れています。

基本データ

名称荒川家住宅石蔵(あらかわけじゅうたくいしぐら)
所在地茨城県筑西市甲868
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成11年(1999年)登録
員数1棟
寸法石造2階建、瓦葺、建築面積83平方メートル
所有者個人
公開状況非公開。通りから全体は見えない

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース(登録有形文化財・建造物)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001238
茨城県教育委員会「荒川家住宅母家ほか4棟」
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/bunkazai-registered-6491/
筑西市「荒川家住宅」(登録番号08-0007〜08-0011)
https://www.city.chikusei.lg.jp/kyouiku-bunka-sports/bunkazai/nationally-registered/page000272.html

最終更新日: 2026.09.05