石造に見せかけた木造の家
旧植竹庄兵衛家住宅洋館は、茨城県稲敷市江戸崎字大日久保の高台に建つ昭和12年(1937年)建築の木造2階建で、平成19年(2007年)10月2日に登録有形文化財(建造物)として登録された。南を向き、桁行11メートル、梁間9.2メートル、建築面積は173平方メートル。屋根はスレート葺で、煙突が立つ。
まず壁を見てほしい。下地は木造で、仕上げはモルタルである。そのモルタルに一定の間隔で目地が切られ、切石を積み上げた壁のように見せている。手が届く距離まで近づけば材料は隠しようがない。それでも、車寄せから見上げるかぎり、写真に写るかぎり、石造という見立ては成立している。
南面の屋根は半切妻で、軒の線を破って半円のペディメントが立ち上がる。文化庁の国指定文化財等データベースは、旧植竹庄兵衛家住宅洋館についてアール・デコほかの影響が所々に見られると記す。全体を一つの様式が支配しているのではなく、あちこちに顔を出す、という言い方が的確で、この家は借りてきた意匠を臆せず使いながら、どの様式にも収まりきらない。
建つ場所にも意味がある。台地は東に江戸崎入の干拓地を見下ろす。かつて霞ヶ浦から内陸へ入り込んでいた浅い水域を干し上げた土地で、この家の建て主である植竹庄兵衛はその干拓事業を主導した人物である。家は、自分がつくった土地を眺める位置に置かれた。
登録番号08-0223が与えられた理由
旧植竹庄兵衛家住宅洋館の登録番号は08-0223。平成19年(2007年)10月2日にこの住宅へ与えられた三つの番号のうち最初のもので、和館が08-0224、土蔵が08-0225と続く。三棟とも「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録有形文化財に登録された。
これだけの規模の戦前の洋館は、たいてい名の知られた建築家の設計で、たいてい都市に建っている。この家は干拓地を見下ろす農村の台地に建ち、細部の扱いは同時代の官庁建築や大資本家の邸宅よりも自由で、思いつきに近い箇所すらある。稲敷市は登録を報じた広報稲敷平成19年8月号でまさにその点を挙げ、意匠の自由さと奔放さが都市の建築とこの家を分けていると書いた。同じ記事は、近年の調査で小屋裏から銘札が見つかり、この住宅を建てた棟梁が坂本栄治であることが分かったとも記している。
建築とは別の来歴も、この建物は背負っている。稲敷市によれば、戦争の色が濃くなるころ、海軍軍人でもあった皇族の久邇宮朝融王が一時ここを住まいとした。1945年の終戦後は所有者が変わり、大日苑の名で結婚式場や宴会場として使われた。敷地が今も大日苑と呼ばれているのはそのためである。
旧植竹庄兵衛家住宅洋館で見ておきたいところ
最初に南面へ正対して屋根を読む。昭和10年代の関東の農村で半切妻のスレート屋根という選択自体が珍しく、そこへ半円のペディメントが据わることで、平面が本来持っていない中心が立ち上がる。公式の記載にわざわざ「煙突付」とあるのも見落とせない。この家が西洋式に暖をとっていたことを、その一語が示している。
次にモルタルの目地を追う。角を曲がるところで目地がどう処理されているかを見ると面白い。本物の石積みなら隅石が要る。モルタルには要らないので、壁はそのまま連続していく。仕掛けが見えるのはその瞬間だ。
内部で尋ねてみたいのは2階の大広間である。稲敷市はこの部屋からの眺めを、干拓地と、その先に広がる霞ヶ浦を見渡せるものだと説明している。家がこの場所に建てられた理由がその眺めであり、旧植竹庄兵衛家住宅洋館について、外観の写真ではどうしても伝わらない部分でもある。
帰る前に西へ回りたい。木造の和館がこの棟に接し、その先に土蔵が続く。洋室と畳の間が出会う継ぎ目こそ、この住宅の設計がいちばん骨を折っているところである。
旧植竹庄兵衛家住宅洋館の見学方法
旧植竹庄兵衛家住宅洋館は私有の建物で、文化庁のデータベースは所有者を株式会社ミトモサービスとしている。決まった公開日はない。登録以降、地元のNPO法人稲敷伝統文化保存会が敷地の保存に関わっており、稲敷市も登録当時、この団体の電話番号を問い合わせ先として案内した。見学は事前に電話で相談するのが通例である。公開日は不定で、催しや撮影で貸し切られる日は閉じられるため、出かける前に確認したい。内部を見られるかどうかも、その日の管理者の判断による。
撮影には管理者の了解が要る。この敷地は撮影地として長く使われてきた場所であり、そのことは撮影が自由である理由ではなく、所有者が慎重である理由になっている。
稲敷市内に鉄道駅はない。東京方面からはJR常磐線で土浦へ出て、JRバス関東の霞ヶ浦線に乗り換え、江戸崎まで約45分。江戸崎坂上バス停から台地へ上がって徒歩約3分である。車なら圏央道稲敷インターチェンジを使う。門を入った空き地に駐車でき、そこは家が新しかったころ庭だった場所にあたる。
Q&A
- 旧植竹庄兵衛家住宅洋館の内部は見学できますか。
- 事前の相談によります。大日苑の敷地内にある私有の建物で、決まった開館時間はありません。管理する地元の保存団体へ電話で申し込むのが通例で、内部を見られるかどうかはその都度の判断になります。
- 旧植竹庄兵衛家住宅洋館はいつ建てられましたか。
- 文化庁は建設年代を昭和12年(1937年)としています。稲敷市は、同年に上棟式が行われ、昭和14年(1939年)に登記されたと補足しています。登録有形文化財への登録は平成19年(2007年)10月2日です。
- 旧植竹庄兵衛家住宅洋館の建築様式は何ですか。
- 一つの様式名では言い表せません。公式の記載はアール・デコの影響が所々に見られるとし、木造の躯体を石造に見せる目地切りのモルタルで包み、半切妻のスレート屋根に半円のペディメントを載せています。
- 旧植竹庄兵衛家住宅洋館の規模はどれくらいですか。
- 桁行11メートル、梁間9.2メートル、建築面積173平方メートルの2階建で、煙突が付きます。
- 旧植竹庄兵衛家住宅洋館へのアクセスは。
- 稲敷市内に鉄道駅はありません。JR常磐線土浦駅からJRバス関東霞ヶ浦線で江戸崎まで約45分、江戸崎坂上バス停から徒歩約3分です。車では圏央道稲敷インターチェンジを利用します。
基本情報
| 名称 | 旧植竹庄兵衛家住宅洋館 |
|---|---|
| 所在地 | 茨城県稲敷市江戸崎字大日久保甲2354 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号08-0223 |
| 指定年 | 2007年10月2日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行11メートル、梁間9.2メートル 建築面積173平方メートル 2階建 |
| 所有者 | 株式会社ミトモサービス |
| 公開状況 | 常時公開ではない。見学は管理者への事前連絡による |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース 旧植竹庄兵衛家住宅洋館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006237
- 文化遺産オンライン 旧植竹庄兵衛家住宅洋館
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/143501
- 茨城県教育委員会 いばらきの文化財 旧植竹庄兵衛家住宅洋館ほか2棟
- https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/bunkazai-registered-6077/
- 稲敷市 広報稲敷 平成19年8月号(No.029)
- https://www.city.inashiki.lg.jp/data/doc/1254669620_doc_2.pdf
- 稲敷市 交通アクセス
- https://www.city.inashiki.lg.jp/page/page000119.html
最終更新日: 2026.09.06