中引梁の墨書が告げる大正十一年

保坂家住宅土蔵は、茨城県結城市大字結城字浦町にある大正11年(1922年)建築の土蔵造二階建で、平成23年(2011年)7月25日に国の登録有形文化財となった。

小規模な建物は、たいてい建設年を失う。この蔵は自らそれを記していた。結城市の調査は、中引梁に残る墨書を確認している。「大正拾壱年戌年四月壱□ 保坂勇吉建之 棟梁中村房太郎」。日付の一字は判読できないが、大正11年4月の上棟であること、施主が保坂勇吉、棟梁が中村房太郎であることは読み取れる。保坂勇吉は、通りの向かいで慶応年間に酒造業を起こした武勇の創業者と同じ名でもあり、当主に受け継がれた名とみられる。

規模は小さい。建築面積20平方メートル、桁行5.5メートル・梁間3.6メートル。結城市の調査は間尺で桁行3間・梁間2間と記す。商品を収める蔵ではなく、文書や家財を納める文庫蔵である。

小さな文庫蔵が登録された理由

文化庁が挙げる基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録番号は08-0242、第70回登録として平成23年7月25日に告示された。西に接する平屋の主屋は同日付で08-0241として登録され、向かいの武勇でも建物5棟と煉瓦造の煙突1基が同時に登録されている。

この規模の建物が評価を受けた理由は二つある。ひとつは墨書である。年紀と棟梁名を備えた建物は、年代の分からない周辺の建築を測るための基準点になる。結城には年代不明の蔵が数多く残っており、その意味でこの一棟の価値は面積に比例しない。

もうひとつは、火に対する構えである。結城は商業の町として育ち、その代表的な建築型式が見世蔵であった。この土蔵に使われている語彙は、その系譜に属する。外壁は漆喰仕上げ。1階と2階の南側中央には観音開扉の防火窓を設ける。開口部には掛子塗の両開戸を吊る。掛子塗とは、扉と枠の合わせ目に段を設けて漆喰を塗り込め、煙の侵入を防ぐ仕上げをいう。

加えて、外観上の役割がある。隣の主屋は平屋で、意識して低く抑えられている。土蔵はその東端に立ち、より重い量塊で列を締めくくる。文化庁の解説も、重厚な妻面が外観を引き締めると述べている。

南妻を読む、そして閉まらない扉

文化庁は、この蔵を南北棟の切妻造妻入、桟瓦葺と記載する。南妻の1階と2階の開口部には銅板葺の庇が付き、掛子塗の両開戸が吊られる。一方、結城市の調査は切妻・平入とし、出入口は西側、主屋との間をつなぐ幅1間の板間に面して開くと記述する。両者はおそらく同じ建物の別の面を見ており、一方は正面としての南妻を、他方は日常の出入口を指しているのだろう。ただし記載の食い違いは事実として存在し、一次資料としては文化庁の記載が優先される。

その西側の扉について、市の調査はもう一点を指摘している。観音開きの扉が開口部に対して寸足らずで、当初から閉めることを想定していなかったと推測される、というのである。同じ家の建物どうしをつなぐ屋根の下の通路に面した戸であれば、その読みは筋が通る。対照的に、南面の防火窓は本気で造られている。

構造の記載についても一言。文化庁は土蔵造2階建とし、結城市の一覧は木造2階建と記す。これは対立する主張というより記述の粒度の違いで、土蔵は土と漆喰の下に木の軸組を持つ。

見学の条件は明確である。現に人の住む個人住宅の一部であり、内部は非公開。公開時間も拝観料も設定されていない。公道からは南の妻面がよく見え、実際に見る価値があるのもその面である。道路上からの撮影は差し支えないが、敷地は私有地なので立ち入らないこと。JR水戸線結城駅の北口から約1キロメートル、徒歩10分ほど。向かいの武勇は予約制で酒蔵見学を行い、直売所も併設している。

Q&A

Q保坂家住宅土蔵の建設年はどのように分かったのですか。
A内部の中引梁に残る墨書によります。「大正拾壱年戌年四月」の年紀と、施主・保坂勇吉、棟梁・中村房太郎の名が記されており、大正11年(1922年)4月の上棟と判明しました。日付の一字は判読できません。
Q保坂家住宅土蔵の内部は見学できますか。
Aできません。現役の個人住宅の敷地内にあり、内部は非公開です。登録有形文化財に公開の義務はありません。外観、とくに南の妻面は公道から見ることができます。
Q保坂家住宅土蔵はどのような性格の蔵ですか。
A文書や家財を納める文庫蔵です。建築面積20平方メートルの2階建で、結城の商家が構えた大型の商品蔵と比べれば小さく、その用途に見合った規模といえます。
Q保坂家住宅土蔵へは結城駅からどう行きますか。
AJR水戸線結城駅の北口から旧市街へ北に約1キロメートル、徒歩10分ほどです。浦町の通りの北側、保坂家住宅主屋の東端に接して建ち、向かいが武勇の醸造場にあたります。
Q保坂家住宅土蔵の周辺に、ほかの登録有形文化財はありますか。
A西に接する保坂家住宅主屋がまず挙がります。通りの向かいの武勇には建物5棟と高さ約11メートルの煉瓦造煙突があり、いずれも登録有形文化財です。結城市はこの一帯で15件の登録物件を挙げており、結城酒造や奥順の建物も含まれます。

基本データ

名称保坂家住宅土蔵(ほさかけじゅうたくどぞう)
所在地茨城県結城市大字結城字浦町135他
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 08-0242
指定年平成23年(2011年)7月25日 登録・告示
員数1棟
寸法建築面積約20平方メートル。桁行5.5メートル・梁間3.6メートル、2階建
所有者文化庁データベースに記載なし(個人所有)
公開状況内部非公開。外観のみ公道から見学可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「保坂家住宅土蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008622
結城市「保坂家住宅」(登録有形文化財)
https://www.city.yuki.lg.jp/kosodate-kyouiku/shougaigakushuu/bunkazai/bunkazai/tourokuyuukei/page003239.html
結城市「武勇」(登録有形文化財)
https://www.city.yuki.lg.jp/kosodate-kyouiku/shougaigakushuu/bunkazai/bunkazai/tourokuyuukei/page003240.html
株式会社武勇「酒蔵見学」
https://buyu.jp/tour/

最終更新日: 2026.08.06