登録番号08-0001

茨城県立水戸商業高等学校旧本館玄関は、茨城県水戸市新荘にある明治37年(1904年)竣工の木造校舎の玄関部で、1996年(平成8年)に国の登録有形文化財となった。

載った原簿はできたばかりだった。近代の建物で今も使われているものを対象に、指定より緩やかな枠組みとして登録制度が設けられたのがこの年で、最初の登録が行われたのが1996年12月20日である。この玄関はそこに含まれていた。原簿での番号は08-0001。頭の08は茨城県の県番号なので、県内で最初に登録された建造物ということになる。

校舎の工事は明治36年(1903年)に始まり、翌年の4月に竣工した。設計は茨城県技師の駒杵勤治、施工は大倉土木である。駒杵は明治10年(1877年)に山形県で生まれ、明治35年(1902年)に帝国大学を卒業した。茨城県技師としての在任は約2年にすぎないが、その間に県内で公共建築の設計を次々と手がけている。

本体を失った玄関

残っているのは一部分であり、その一部分であることに意味がある。もとは平屋の細長い校舎で、この玄関を中央に据え、左右へ教室が伸びていた。昭和45年(1970年)から校舎の改築が始まると、両翼は取り壊された。茨城県立水戸商業高等学校旧本館玄関だけが残され、いまは校地のなかに単独で建っている。訪れる人が目にするのは、胴体を失った建物の顔の部分である。

断片といっても小さくはない。登録上の建築面積は350平方メートル、木造平屋建、屋根は銅板葺。水戸市の記録は、ロココ調のドームを載せた丸みのある屋根、玄関と窓に用いた半円アーチ、石造に見せた柱、漆喰で仕上げた内部の壁と天井を挙げている。

当時の新聞がこの校舎を「ヴェルサイユ宮殿を模した」と書いた、という話が水戸市の記録に残る。文化庁の解説も「模したと伝え」という言い方をとる。称賛の言葉として読むのが妥当で、設計の典拠として受け取るべきではない。確かめられる事実のほうがむしろ面白い。西洋の意匠を日本の木造の工法で組み上げた建物を、大学を出て二年の若い技師が、地方の城下町の商業学校のために設計したのである。

見どころ

道路から近づくと、まず色が目に入る。壁は淡い桃色で、学校の敷地にはおよそ似つかわしくない。その上に載る銅板の屋根は緑青を吹いて鈍い緑になっており、上下で色相環のほぼ反対側に分かれている。

次に、石を装った仕上げを見てほしい。柱も壁面も切石を積んだように仕上げてあるが、本物の石ではない。予算や地元の職人の手を考えると石材が使えなかった明治の公共建築では、よく用いられた手である。近づけば継ぎ目でわかる。

ヴェルサイユの話を背負っているのはドームだ。円筒形の胴部を挟まず、丸みのある屋根の上に直接載る。ヨーロッパの同種のドームならこうは扱わない。その下の小屋組は日本の木造の系譜に属する。茨城県立水戸商業高等学校旧本館玄関をひと回りしてゆっくり眺める値打ちがあるのはそこだ。文化庁が記録する登録基準は「造形の規範となっているもの」で、規範とされているのはこの混ざり方である。

もうひとつ。水戸の町は1945年(昭和20年)の空襲で古い建物の大半を失った。明治期の建築が市内にほとんど残っていないことも、この玄関が地元で大切にされている理由の一つになっている。

茨城県立水戸商業高等学校旧本館玄関の見学方法

茨城県立水戸商業高等学校旧本館玄関は現役の高等学校の敷地内に建っており、見学の条件はすべてそこから決まる。校地は一般に開放されていない。公開時間の設定はなく、拝観料もない。入場という仕組み自体がないからである。授業のある日は生徒が活動している。

外観は学校の周囲を通る公道から見え、撮影もできる。ふつうはこの方法で眺めることになる。もっと近くで見たい場合は、事前に学校(電話029-224-4402)へ問い合わせてほしい。可否は学校の判断であり、行事や試験の日程にも左右される。連絡なしに校地へ立ち入らないこと、生徒を撮影しないことは守ってほしい。

所在地は水戸市新荘3-7-2。JR常磐線水戸駅の北西、約3キロメートルの位置にある。駅前のバスターミナルから路線バスが出ており、歩けば平坦な道を約40分。上野駅から水戸駅までは特急で約80分である。

連絡先とアクセスは2026年9月に確認した。学校の年間予定や見学の取り扱いは年度ごとに変わるので、出発前に確かめてほしい。

Q&A

Q茨城県立水戸商業高等学校旧本館玄関は見学できますか。拝観料はかかりますか。
A自由な見学はできません。現役の高校の敷地内にあり、公開時間も拝観料も設定されていません。外観は周囲の公道から眺めて撮影できます。近くで見たい場合は事前に学校(029-224-4402)へ問い合わせてください。
Q茨城県立水戸商業高等学校旧本館玄関へのアクセスを教えてください。
A所在地は水戸市新荘3-7-2、JR水戸駅の北西約3キロメートルです。駅前から路線バスが出ており、徒歩なら約40分。上野駅から水戸駅までは特急で約80分かかります。
Q茨城県立水戸商業高等学校旧本館玄関はなぜ玄関だけが残っているのですか。
A明治37年(1904年)の校舎は、この玄関を中央に左右へ教室部分が伸びる形でした。昭和45年(1970年)から校舎の改築が行われた際に両翼が取り壊され、玄関部だけが校地内に残されました。
Q茨城県立水戸商業高等学校旧本館玄関は本当にヴェルサイユ宮殿を模したのですか。
A当時の新聞がそう書いたという記録が水戸市に残り、文化庁の解説も「模したと伝え」という表現をとります。ドームと半円アーチに向けられた称賛として読むのが妥当で、設計の典拠が確認されているわけではありません。
Q茨城県立水戸商業高等学校旧本館玄関の登録番号にはどんな意味がありますか。
A登録番号は08-0001で、1996年12月20日の第1回登録に含まれています。頭の08は茨城県の県番号にあたるため、県内で最初に国の登録有形文化財となった建造物ということになります。

基本情報

名称茨城県立水戸商業高等学校旧本館玄関
所在地茨城県水戸市新荘3-7-2
指定区分登録有形文化財(建造物)登録番号08-0001
指定年1996年(平成8年)登録
員数1棟
寸法建築面積350平方メートル
所有者茨城県
公開状況学校敷地内のため一般非公開。外観は周囲の道路から見学可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000027
文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/113107
いばらきの文化財(茨城県教育委員会)
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/bunkazai-registered-6472/
茨城県立水戸商業高等学校旧本館玄関(水戸市教育委員会)
https://www.city.mito.lg.jp/site/education/2219.html
茨城県立水戸商業高等学校
https://www.mito-ch.ibk.ed.jp/

最終更新日: 2026.09.06