紙本著色聖徳太子絵伝 ― 那珂の古刹に伝わる鎌倉時代の名宝

茨城県那珂市の静かな田園地帯に佇む浄土真宗本願寺派の古刹、上宮寺。この寺に大切に伝えられてきた一巻の絵巻が、国の重要文化財「紙本著色聖徳太子絵伝」です。鎌倉時代に紙本に彩色で描かれた横長の絵巻で、縦37.8センチメートル、長さ739.4センチメートルにおよぶ大作です。30枚の紙を継いだ画面に、日本仏教史の上で深く尊崇されてきた聖徳太子(574-622年)の生涯が、ゆったりとした構図と柔らかな筆致で描かれています。本願寺の名宝が遠く関東の地に伝わるまでの経緯は、それ自体が日本の宗教史の劇的な一場面を物語る物語でもあります。

聖徳太子の生涯と信仰

聖徳太子は、推古天皇の摂政として六世紀末から七世紀初頭にかけて活躍した古代日本を代表する人物です。仏教の興隆、十七条憲法の制定、大陸の制度を取り入れた中央集権的な国家形成への貢献など、その業績は伝説的に語り継がれてきました。没後ほどなくして救世観音の化身として神格化が始まり、平安時代中期には十世紀初頭に成立した『聖徳太子伝略』によって釈尊伝になぞらえた伝記説話が集大成されます。これに基づいて法隆寺で絵伝や童子像が制作され、太子信仰は寺院の枠を超えて広く民衆に浸透していきました。

鎌倉時代になると、各宗派が聖徳太子を日本仏教共通の祖として位置づけ、絵画・彫像ともに多くの太子像が生み出されました。聖徳太子絵伝もこの隆盛のなかで描き継がれた代表的な作例であり、上宮寺の絵伝はその貴重な遺品の一つです。

大和絵の伝統を伝える絵巻

本絵伝は、巻頭に詞書一段を置き、続いて十四段の絵で太子の事績を描き出しています。詞書は太子の簡単な伝歴をまとめており、絵の最初の場面は太子の「懐妊・誕生」から始まります。そして物語は、太子没後二十二年、上宮王家の諸王子が五重塔から昇天する場面で締めくくられます。これは聖徳太子一族(上宮王家)の悲劇的な滅亡を象徴的に描いた一齣であり、絵巻に深い宗教的余韻を与えています。

絵画表現の上で本作品が示すのは、平安・鎌倉時代に花開いた日本独自の絵画様式である大和絵の伝統です。構図はゆったりと描かれ、描線は柔らかく、丹(たん)、朱、白線、緑青、群青などの鮮やかな鉱物顔料が用いられています。明るく穏やかな彩色法は、本絵伝に上品で温和な画趣を与えており、後代の太子絵伝にしばしば見られる劇的・教化的な作風とは趣を異にしています。

重要文化財に指定された理由

本絵伝は大正4年(1915年)3月26日に国の重要文化財に指定されました。日本における文化財保護の歴史のなかでも、極めて早い時期の指定です。その価値はいくつかの観点から評価できます。第一に、鎌倉時代に制作された聖徳太子絵伝の絵巻形式の作例として、現存する貴重な遺品であること。第二に、室町時代以降は布教のために掛幅形式の太子絵伝が主流となっていきますが、本作は、それ以前の絵巻形式という、より古い形を伝えていること。第三に、大和絵の柔らかな筆致と明るい彩色が、鎌倉時代における太子信仰の隆盛と、その時代の絵画水準を如実に物語っていることです。

石山合戦が結んだ縁

本絵伝が遠く関東の地、上宮寺に伝わるまでの経緯には、戦国時代の劇的な歴史が織り込まれています。寺伝によれば、本願寺と織田信長との長きにわたる戦い「石山合戦」(元亀元年〜天正8年、1570〜1580年)において、上宮寺第十三代の明俊が本願寺方の戦功をあげました。その功績を讃え、本願寺法主・顕如上人から明俊に下賜されたのが、この絵伝であると伝えられています。鎌倉時代に描かれた絵巻が、本願寺の宝蔵から関東の一寺院へとめぐり来たり、以来、上宮寺によって大切に守り継がれてきたのです。

上宮寺と開基・明法(弁円)の物語

上宮寺の歴史もまた興味深いものです。寺は承久3年(1221年)、明法によって創建されました。明法は俗名を弁円といい、もとは山伏(修験者)でした。伝承によれば、弁円は浄土真宗の祖・親鸞聖人の命を狙って待ち伏せたものの、聖人の動じない穏やかな佇まいに心を打たれて改心し、弓矢を捨てて入門。やがて親鸞聖人の二十四輩の一人(第十九番)として、関東における浄土真宗布教の中心的役割を担うようになりました。今も上宮寺には、弁円が二つに折ったと伝えられる弓や、山伏時代に用いた法螺貝・頭巾が伝わっているといいます。

寺はもと塔之尾・楢原(現・常陸大宮市東野付近)に開かれ、天正5年(1577年)に額田(現・那珂市額田)へ移り、天正11年(1583年)に現在地である那珂市本米崎に寺基を移しました。寺号「上宮寺」は、聖徳太子の一族すなわち上宮王家に由来し、太子信仰との深い結びつきを示しています。現在は浄土真宗本願寺派に属しています。

訪れる方への見どころ

本絵伝そのものは紙本の絵巻という性質上、保存上の理由から常時公開されているわけではありません。しかし、上宮寺を訪れることで得られる体験は、絵伝を直接拝観することだけにとどまりません。境内は田園に囲まれた静謐な空気に包まれ、堂々とした本堂、山門、鐘楼が、八百年を超える時を刻んできた古刹の重みを伝えています。

聖徳太子絵伝に直接ふれたい方は、地域の博物館や美術館で開催される企画展示の情報を事前に調べてご訪問されることをおすすめいたします。また、絵伝の特別な拝観を希望される場合は、必ず事前に上宮寺へお問い合わせの上、聖なる場にふさわしい礼節をもってお参りください。なお、本絵伝の管理・保存については、状況により茨城県立歴史館(水戸市緑町2-1-12)など県内の文化施設と連携が行われる場合があります。最新の所在については上宮寺または茨城県の文化財関係機関にご確認ください。

那珂市周辺の見どころ

上宮寺のある那珂市とその周辺には、歴史と自然を楽しめる見どころが点在しています。那珂市歴史民俗資料館では地域の歴史や民俗を知ることができ、額田城跡は中世武士の文化を偲ばせます。海外でも評価の高い「常陸野ネストビール」を造る木内酒造の本社蔵も近く、見学や試飲を楽しむことができます。また、額田地区の毘盧遮那寺は茨城県指定文化財「紙本墨書大般若経」を所蔵し、初夏には牡丹の花が美しく咲き誇ります。茨城県民の森では自然散策やハイキングも楽しめ、文化と自然を組み合わせた旅程を組むのに最適な地域です。

Q&A

Q上宮寺の紙本著色聖徳太子絵伝とはどのような作品ですか。
A鎌倉時代に紙本に彩色で描かれた絵巻で、聖徳太子の生涯を詞書一段と絵十四段で表しています。茨城県那珂市の上宮寺に所蔵され、大正4年(1915年)に国の重要文化財に指定された貴重な作品です。
Qなぜ関東の上宮寺にこの絵伝が伝わっているのですか。
A寺伝によれば、上宮寺第十三代の明俊が、石山合戦(1570〜1580年)における戦功をたたえられ、本願寺の顕如上人から下賜されたものとされています。以来、上宮寺で大切に伝えられてきました。
Q実物の絵伝を見ることはできますか。
A紙本の絵巻という性質上、保存のため常時公開はされておりません。地域の博物館等での特別展示の機会に出陳される可能性もありますので、見学を希望される方は事前に上宮寺や県の文化財関係機関への問い合わせをおすすめいたします。
Qこの絵伝の芸術的な特徴は何ですか。
Aゆったりとした構図と柔らかな描線、丹・朱・白線・緑青・群青などを用いた明るく穏やかな彩色法に大和絵の伝統が色濃く表れています。鎌倉時代の絵巻形式による太子絵伝の貴重な遺品として、絵画史上きわめて重要な位置を占めています。
Q上宮寺へのアクセス方法を教えてください。
A所在地は茨城県那珂市本米崎2270番地です。常磐自動車道・東海スマートICからお車で約5分、那珂ICからは約15分です。公共交通機関ですと、JR常磐線「東海駅」から約5キロメートルの距離です。

基本情報

名称 紙本著色聖徳太子絵伝(しほんちゃくしょく しょうとくたいしえでん)
指定区分 国指定 重要文化財(絵画)
指定年月日 大正4年(1915年)3月26日
制作時期 鎌倉時代
形態 紙本著色 1巻、紙継30枚
寸法 縦37.8cm、長さ739.4cm
構成 詞書1段、絵14段
所有・管理者 上宮寺(楢原山正法院上宮寺、浄土真宗本願寺派)
所在地(管理寺院) 〒311-0101 茨城県那珂市本米崎2270
アクセス 常磐自動車道・東海スマートICから車で約5分、那珂ICから約15分/JR常磐線「東海駅」から約5km
拝観について 保存のため通常公開はされておりません。詳細は上宮寺へ事前にお問い合わせください。

参考文献

紙本著色聖徳太子絵伝 – 茨城県教育委員会
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/kuni-34/
上宮寺 (那珂市) – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/上宮寺_(那珂市)
上宮寺ー浄土真宗本願寺派(公式サイト)
https://jyouguji.org/
上宮寺 - 二十四輩第十九 明法が開基の寺院|親鸞聖人を訪ねて
https://www.shin.gr.jp/shinran/24/t_038.html
絹本著色 聖徳太子絵伝 – 茨城県教育委員会
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/ken-240/
那珂市の観光名所・おすすめ観光スポット案内 - 茨城VRツアー
https://www.vr-ibaraki.jp/sightseeing-spots/ibaraki-naka-360vr-tour.html
聖徳太子絵伝 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/聖徳太子絵伝

最終更新日: 2026.05.13