常磐公園(偕楽園)—文化財指定名と通称、二つの名を持つ日本三名園
大正十一年(1922)三月八日、史蹟名勝天然紀念物保存法のもとで国の指定を受けたとき、この水戸の庭園は「常磐公園」として登録された。今日、多くの人が「偕楽園」の名で親しむ、千波湖を見下ろす約十三万八千五百平方メートルの広大な敷地である。指定名称が「偕楽園」ではなく「常磐公園」なのには理由がある。明治六年(1873)、太政官布達によって明治政府が一般公開を始めた際の名称が「常磐公園」であり、大正の指定はその表記を引き継いだ。創設時の名「偕楽園」は昭和七年(1932)に園名として復活し、現在の案内板や入園券、観光案内ではこちらが用いられている。同じ場所に二つの名が並び立つのは、この庭が江戸末期から明治、昭和を経て歩んできた歴史の反映でもある。
「衆と偕に楽しむ」—— 徳川斉昭の理念
偕楽園を構想し、自ら造園したのは水戸藩第九代藩主・徳川斉昭(1800–1860)である。前年に開いた藩校・弘道館を「修学(一張)の場」と位置づけ、対をなす「休養(一弛)の場」として天保十二年(1841)に工事を始め、翌十三年(1842)七月に開園した。「偕楽」の語は『孟子』の一節「古之人 與民偕楽 故能楽也」に由来し、藩主が独り楽しむのではなく、領民とともに楽しむ庭であるという理念を、斉昭は自ら撰した「偕楽園記」に記している。開園に先立つ天保十年(1839)、その文章を刻んだ石碑が好文亭の東に建てられた。開園当初から月のうち三と八のつく日には領内の庶民にも開放され、近世以降の日本における公園思想の先駆として評価されてきた。
指定の経緯と範囲
大正十一年の指定は、史蹟名勝天然紀念物保存法の指定基準のうち「八.旧宅、園池その他特に由緒のある地域の類」と「一.公園、庭園」の二つに該当する。江戸時代の大名庭園としての来歴と、日本における公園思想の源流という二重の意義が認められた結果である。指定範囲は偕楽園本園(約十一万平方メートル)に加え、桜川を挟んだ対岸の桜山(約二万六千平方メートル)・丸山(約二千平方メートル)を含む。平成二十七年(2015)には、弘道館などとともに文化庁認定日本遺産「近世日本の教育遺産群—学ぶ心・礼節の本源—」の構成文化財ともなった。
陰と陽 —— 歩いて読み解く庭園構成
偕楽園を歩く楽しみは、空間そのものを読み解くことにある。表門をくぐると、まず孟宗竹林と杉森の薄暗い小径が続く。視界は閉じ、足音だけが響く。これが斉昭の意図した「陰」の領域である。いくつかの庭門を抜け、好文亭に至った瞬間、視界が突然開けて梅林と千波湖の眺めが現れる。これが「陽」。竹林の静寂と梅林の華やぎを対置する大胆な空間構成は、池泉回遊式庭園を主流とする他の大名庭園とは一線を画す偕楽園独自の特色で、兼六園・後楽園とは異なる設計思想として研究者からも注目されてきた。
陰の領域の途中、杉林の崖下に湧くのが吐玉泉である。古くは眼病に効くと伝えられ、好文亭の茶室「何陋庵(かろうあん)」の茶の湯にも用いられた。白い円形の井筒は常陸太田市真弓山産の寒水石(大理石)で、現在のものは昭和六十二年(1987)に据えられた四代目に当たる。泉のすぐ上には、樹齢約八百年といわれる太郎杉が立つ。
好文亭 —— 藩主自ら筆をとった別邸
園の中央に立つ好文亭は、天保十一年(1840)四月、斉昭自身が設計した木造二層三階建ての別邸である。藩主が自ら設計図を引いた建造物は、全国でも数えるほどしかない。本体に隣接する平屋の奥御殿と合わせて「好文亭」と総称される。名は梅の異名「好文木(こうぶんぼく)」に由来し、晋の武帝が学問を好めば梅が咲き、廃すれば咲かなかったという中国の故事を踏まえている。
内部に入ると、意外なほど室内が暗い。意図的に視界を絞った薄暗がりに、簡素な障子と襖絵だけが浮かび上がる。本館一階と奥御殿を結ぶ太鼓橋廊下、茶坊主が燭台のそばに控えた「対古軒(たいこけん)」、茶室「何陋庵」、階段の途中に設けられた警護の武士のための「武者控」、木製滑車を利用した小型の昇降機、漢詩を作るための韻字を書いた板戸など、随所に斉昭の創意が見える。昭和二十年(1945)の水戸空襲で焼失したが、創建時の姿を可能な限り忠実に復元する方針で再建工事が進められ、昭和三十三年(1958)に完成。襖絵全九十六面は、日本画家の須田珙中(1908–1964)と田中青坪(1903–1994)が復元を手がけた。
狭く曲がりくねった階段を上り切ると、最上階の楽寿楼(らくじゅろう)に至る。表門からの暗く狭い視界が、ここで一気に解き放たれる。眼下に園内の梅林、その先に千波湖、晴れた日には筑波山までを視界に収める。陰から陽への動線の終着点が、この一室なのである。
梅三千本と「水戸の六名木」
偕楽園の名を世界に知らしめているのは、約百品種・三千本という梅の植栽である。植えられた理由は美観だけではない。「種梅記の碑」に記されたとおり、実を梅干として備蓄し、非常時の食糧とする実用的な目的も兼ねていた。早咲きの冬至梅は十二月下旬から、遅咲きの江南所無(こうなんしょむ)は四月初旬まで花を残し、日本の他の梅園に比べて開花期間が長いことでも知られる。
百品種のうち、花の形・香り・色が特に優れた六品種は「水戸の六名木」と呼ばれ、六角形の柵で囲われて遠目にも識別できる。烈公梅(斉昭の諡号「烈公」に由来)、月影、虎の尾、白難波、柳川枝垂、江南所無の六種である。例年二月中旬から三月下旬にかけて開催される「水戸の梅まつり」は、明治三十年(1897)頃を起源とし、百二十年以上の歴史を持つ。
梅以外の季節と周辺案内
桜川を挟んだ桜山には約六百本の桜が植えられ、ソメイヨシノに加え、春と秋から冬にかけての二度咲く二季咲桜も見られる。四月下旬から五月にかけては約三百八十株のキリシマツツジ・ドウダンツツジ、九月にはハギ、十一月には千波湖周辺の紅葉が園内を彩る。東門のすぐ外に建つ常磐神社は、明治七年(1874)、徳川光圀・斉昭を祭神として偕楽園の一角を割いて創建されたもの。徒歩十分ほどの徳川ミュージアムには水戸徳川家伝来の約三万点に及ぶ文書・調度が収蔵されており、水戸黄門こと光圀ゆかりの品も見ることができる。
Q&A
- 常磐公園と偕楽園は同じ場所ですか
- はい、同じ場所です。「常磐公園」は明治六年(1873)の公園指定および大正十一年(1922)の史跡名勝指定における正式名称で、「偕楽園」は天保十三年(1842)の創設時に徳川斉昭が付けた名称です。昭和七年(1932)に園名は偕楽園に戻り、現在の案内板や入園券もこの名で統一されています。
- 梅の見頃はいつですか
- 最も多くの品種が同時に咲くのは二月下旬から三月中旬ですが、品種ごとに開花時期が異なり、早咲きは十二月下旬、遅咲きは四月初旬まで楽しめます。「水戸の梅まつり」は例年二月中旬から三月下旬に開催されます。
- 好文亭の中に入れますか
- 入館できます。別途入館料(大人二三〇円・小人一二〇円)が必要です。三階の楽寿楼からは梅林と千波湖を一望でき、一階西塗縁広間にはカフェ樂が併設されていて、抹茶や珈琲をいただきながら庭を眺めることもできます。
- どの門から入るのがおすすめですか
- 陰から陽へという斉昭が設計した動線を体感するなら、孟宗竹林を抜けて好文亭へ至る表門ルートが本来の歩き方です。一方、アクセス重視の場合は、バス停・偕楽園駅・常磐神社のいずれからも近い東門が便利で、観光協会もこちらを案内することが多くなっています。
- 偕楽園駅は通年で使えますか
- JR常磐線の偕楽園駅は臨時駅で、毎年二月から三月の梅まつり期間中の土日祝の昼間に限り、水戸・いわき方面行きの下り列車が停車します。上り列車(東京方面)は停まらないため、帰路は水戸駅まで戻って乗り換える必要があります。通年であれば水戸駅北口からのバスが基本となります。
基本情報
| 名称 | 常磐公園(偕楽園/ときわこうえん・かいらくえん) |
|---|---|
| 所在地 | 茨城県水戸市常磐町・見川町 |
| 指定区分 | 国の史跡及び名勝 |
| 指定年月日 | 大正十一年(1922)三月八日 |
| 指定基準 | 八.旧宅、園池その他特に由緒のある地域の類/一.公園、庭園 |
| 面積 | 合計約十三万八千四百九十三平方メートル(偕楽園本園 一一〇,四七八m²、桜山 二五,九一六m²、丸山 二,〇九九m²) |
| 開園 | 天保十三年(1842)、水戸藩第九代藩主 徳川斉昭による創設 |
| 開園時間 | 六時〜十九時(二月中旬〜九月三十日)、七時〜十八時(十月一日〜二月中旬) |
| 好文亭開館時間 | 九時〜十七時(二月中旬〜九月三十日)、九時〜十六時三十分(十月一日〜二月中旬)。最終入館は閉館十五分前まで |
| 入園料 | 本園 大人三二〇円・小人一六〇円(梅まつり期間を除き県民は無料、開門〜午前九時は全員無料)。好文亭 大人二三〇円・小人一二〇円 |
| アクセス | JR常磐線水戸駅北口より茨城交通バス・関東鉄道バスで約二十分。梅まつり期間中は臨時の偕楽園駅(下りのみ停車)が利用可能 |
| 管理 | 茨城県(偕楽園公園センター) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「常磐公園」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/426
- 常磐公園(偕楽園)(水戸市)
- https://www.city.mito.lg.jp/site/education/3717.html
- 常磐公園(茨城県教育委員会)
- https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/kuni-121/
- 偕楽園公式ホームページ ご利用案内
- https://ibaraki-kairakuen.jp/guide/
- 偕楽園公式ホームページ 好文亭
- https://ibaraki-kairakuen.jp/kobuntei/
- 常磐公園(偕楽園)(日本遺産ポータルサイト)
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/5/
最終更新日: 2026.05.18