水戸市水道低区配水塔――近代水道のロマンを伝える装飾豊かな円塔

茨城県水戸市の三の丸地区、かつての水戸城三の丸跡地にひっそりと佇む円筒形の塔――それが「水戸市水道低区配水塔」です。昭和7(1932)年に竣工し、平成12(2000)年まで実に70年近くにわたり水戸市民の生活を支え続けてきました。高さ21.6メートル、直径11.2メートルの鉄筋コンクリート造というその姿は、単なる給水施設の枠を超え、ゴシック風の装飾やレリーフをまとった「都市の記念碑」とでも呼びたくなる存在感を放っています。

配水塔の概要

この配水塔は、水戸市が初めて全市域に近代水道を敷設した際の中核施設として誕生しました。那珂川の伏流水を芦山浄水場(水戸市渡里町)で浄水し、市街北西の高台に位置する「上市(うわいち)」へは高区配水塔から、市街東部の低地に広がる「下市(しもいち)」へはこの低区配水塔から、それぞれ給水するという二系統の配水方式が採られました。下市地区は古くから埋立地で井戸水の質が悪く、清浄な水道水の整備は市民の悲願でもあったのです。

戦時中の水戸空襲をくぐり抜けて稼働し続けた配水塔ですが、平成12年3月、内部の鋼製水槽の耐久性の問題から、ついにその役目を終えました。現在は文化財として保存され、夜間にはライトアップも実施されており、周辺の三の丸緑地とあわせて市民・観光客に親しまれています。

なぜ文化財に指定されたのか

水戸市水道低区配水塔は、平成8(1996)年12月20日、登録番号「第08-0002号」として国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。これは茨城県内で2番目という、文化財登録制度導入時の極めて早い時期の登録となります。

茨城県教育委員会は、文化財としての独自の特色として、レリーフや窓に見られる洋風のデザイン、そしてそのデザインが建築家ではなく水道技師みずからの手で生み出されたという稀有な経緯を挙げています。さらに、登録された平成8年当時、まだ現役の水道施設として稼働していたという点も、文化財としての価値を際立たせる要素として評価されました。

登録有形文化財としての指定に加え、昭和60(1985)年には芦山浄水場・高区配水塔とともに「近代水道百選」に選ばれ、土木学会からも「選奨土木遺産」に認定されています。「鋼製水槽を内蔵する鉄筋コンクリート造りの水道配水塔で、外壁には装飾が施され、近代水道にかける市民の思いが込められた施設」というのが、土木遺産としての評価の言葉です。

魅力と見どころ

この配水塔の真の魅力は、近づくほどに次々と現れる装飾の細やかさにあります。実用一点張りでも不思議でない給水塔に、これほどまでに造形的な工夫を凝らした例は全国的にも珍しく、訪れる人を必ず驚かせます。

ゴシック風の正面入口

1階の入口上部には、尖塔アーチを思わせるゴシック風の装飾が施されています。さらに、水戸の象徴である「梅」と「水」の文字を組み合わせた紋様もあしらわれており、西洋建築の意匠と地域文化の象徴が見事に融合しています。

バルコニー風の回廊と消防ホースのレリーフ

塔の中央にはバルコニー風の回廊がせり出し、その上下で意匠が大きく変化します。回廊より上の正面には2か所、そして塔屋部の窓周りには10か所、合計12か所のレリーフが飾られています。これらは消防ホースのノズルをモチーフとしたデザインで、当時の近代水道が「日常生活用水」と同時に「消防用水」としての役割をも担っていたことを誇らかに示すものです。

淡い色合いと夜間ライトアップ

平成17(2005)年の改修以来、塔は水色とクリーム色を基調とした柔らかな配色をまとっています。夜間にはライトアップが行われ、装飾の陰影がいっそう浮かび上がり、まるで物語の中に登場するような幻想的な姿に変身します。

設計者・後藤鶴松の情熱

設計を手がけた後藤鶴松は、津・鶴見・熱海・真鶴などで水道工事に携わった経験豊富な水道技師でした。月俸100円で水戸市に主任技手として迎えられ、昭和5年から市の全市水道敷設を指揮しました。低区配水塔は彼が水戸で手がけた最後の建築でもあり、近代都市の理想を込めた集大成であったといわれています。起工式の日に偶然生まれた娘に「塔美子(とみこ)」と名づけたという逸話も、この塔への並々ならぬ愛情を物語る、心温まるエピソードです。

周辺情報

配水塔が立つ三の丸地区は、水戸の歴史と教育・文化の中心地でもあり、徒歩圏内に見どころが集まっています。

  • 弘道館:水戸藩第9代藩主・徳川斉昭が天保12(1841)年に創設した、江戸時代最大規模の藩校。国の特別史跡に指定されています。配水塔から徒歩数分。
  • 水戸城跡(三の丸地区):配水塔周辺は旧水戸城三の丸の一角にあたり、土塁や堀の名残が今も残ります。
  • 茨城県三の丸庁舎:昭和5(1930)年に茨城県庁舎として竣工した近代建築で、配水塔と同じ昭和初期モダニズムの空気を伝えています。
  • 東武館:明治7(1874)年創設の歴史ある剣道道場で、現在も稽古が続けられています。
  • 偕楽園:日本三名園の一つ。早春の梅まつりは全国的に有名で、配水塔の梅紋様とあわせて訪れたい名所です。

JR水戸駅北口から徒歩約10分の好立地にあり、半日の街歩きコースの拠点として理想的な場所にあります。

Q&A

Q配水塔の内部を見学することはできますか?
A通常、内部は一般公開されていません。文化財として保存されており、外観は隣接する三の丸緑地から自由に見学することができます。緑地は終日開放されており、入場は無料です。
Qいつ訪れるのがおすすめですか?
A一年を通して見学できますが、特におすすめなのは梅の咲く2月から3月頃です。近隣の偕楽園や三の丸地区が梅で彩られ、塔に刻まれた梅の紋様と相まって季節感あふれる風景が楽しめます。また夜間はライトアップが実施されており、昼とは異なる幻想的な姿を堪能できます。
Q現在も水道施設として使われているのですか?
Aいいえ。内部の鋼製水槽の耐久性の問題により、平成12(2000)年3月をもって配水塔としての役目を終えています。現在は文化財として静かに保存されています。
Qなぜ配水塔にこれほど多くの装飾が施されているのですか?
A設計者の後藤鶴松が、配水塔を単なるインフラではなく「都市の記念碑」として位置づけたためと考えられます。近代水道の整備は当時の市民にとって誇るべき事業であり、それにふさわしい意匠を施すことが、市民への感謝と未来への希望の表明であったのです。
Q東京からのアクセスを教えてください。
AJR上野駅または品川駅からJR常磐線特急で水戸駅まで約70~90分です。水戸駅北口から三の丸方面へ徒歩約10分で到着します。弘道館や水戸城跡とあわせて巡るのがおすすめです。

基本情報

名称 水戸市水道低区配水塔(みとしすいどうていくはいすいとう)
所在地 茨城県水戸市北見町126-14
設計 後藤鶴松(水戸市水道技師)
施工 水戸市直営工事
竣工 昭和7年(1932年)
構造 鉄筋コンクリート造、円筒形、高さ21.6m、直径11.2m
貯水容量 約360トン(鋼製水槽358立方メートル)
稼働期間 昭和7年(1932年)~平成12年(2000年)3月
文化財指定 登録有形文化財(建造物)/登録年月日:平成8年12月20日/登録番号:第08-0002号
その他の選定 近代水道百選(昭和60年)/土木学会選奨土木遺産
所有者 水戸市
アクセス JR水戸駅北口から徒歩約10分
見学 外観のみ。三の丸緑地から終日無料で見学可能

参考文献

文化遺産オンライン(国立情報学研究所)――水戸市水道低区配水塔
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/135798
水戸市公式ホームページ――水戸市水道低区配水塔
https://www.city.mito.lg.jp/site/education/4256.html
水戸市上下水道局――低区配水塔
https://www.city.mito.lg.jp/site/jougesuidou/4922.html
茨城県教育委員会――水戸市水道低区配水塔
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/bunkazai-registered-6476/
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000028
Wikipedia――水戸市水道低区配水塔
https://ja.wikipedia.org/wiki/水戸市水道低区配水塔

最終更新日: 2026.05.06