浅野川大橋詰火の見櫓:大正時代から金沢の防災を見守り続ける鉄骨の番人
金沢市東山のひがし茶屋街入口、浅野川大橋の北詰にひっそりと佇む浅野川大橋詰火の見櫓(あさのがわおおはしづめひのみやぐら)。大正13年(1924年)に建造されたこの鉄骨造りの火の見櫓は、金沢市内に現存する最古の火の見櫓として、平成17年(2005年)に国の登録有形文化財に登録されました。現役を退いた今もなお、浅野川のほとりでかつての金沢の防災の歴史を静かに伝え続けています。
歴史的背景
加賀百万石の城下町として栄えた金沢は、木造家屋が密集する町並みゆえに、江戸時代から幾度となく大火に見舞われてきました。宝暦9年(1759年)の宝暦の大火をはじめ、数々の火災が城下を襲い、火の見櫓は町の安全を守るうえで欠くことのできない施設でした。見張り番が櫓の上から周囲を見渡し、火災を発見すると半鐘を打ち鳴らして町民や消防組に急を知らせたのです。
この火の見櫓は大正13年(1924年)10月、金沢市内の高田商会によって建造されました。鋳鉄製の銘板にその施工者と年月が刻まれており、建造当時の記録を今に伝えています。建設当初の高さは約23メートルで、6〜7階建てのビルに相当する堂々たる姿でしたが、昭和46年(1971年)に老朽化のため上部が切断され、手摺を含めて現在の約11メートルとなりました。そのため、基部の太さに比べて背丈がやや低い独特のプロポーションとなっています。
かつて金沢には、この浅野川大橋詰の櫓のほか、犀川大橋の橋詰(蛤坂の上り口)と下堤町にも火の見櫓が立っており、これら3基は「金沢の三櫓」と呼ばれていました。しかし他の2基はすでに失われており、現存するのはこの浅野川大橋詰の櫓のみです。
文化財としての価値
平成17年(2005年)11月10日、浅野川大橋詰火の見櫓は国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。金沢市内に現存する最古の火の見櫓であること、大正期の鉄骨建造物として防災施設の歴史を物語る貴重な遺構であることが、その登録理由です。
構造上の特徴として、三角形平面という珍しい形状を採用していることが挙げられます。柱や横材には山形鋼(アングル鋼)が用いられ、筋違(すじかい)には鋼棒が使われています。さらに一部にはアーチ型の装飾的要素が取り入れられており、単なる実用構造物にとどまらない、大正時代ならではの近代的デザインへの意識がうかがえます。
見どころ・建築的特徴
現在の高さは約11メートルと控えめですが、じっくりと観察すると数々の見どころがあります。
- 三角形平面の鉄骨構造:正方形や円形の平面が一般的な火の見櫓にあって、三角形という珍しい断面形状が採用されています。この独特の形状が構造的な安定性と視覚的な個性を生み出しています。
- 半鐘の残存:櫓の最上部には半鐘がそのまま残されており、かつて火災警報に使われていた往時の姿を今に伝えています。
- 鋳鉄製銘板:高田商会の名と大正13年10月の日付が刻まれた銘板が残り、建造の来歴を示す貴重な証拠となっています。
- アーチ型装飾:鉄骨構造の一部にアーチが用いられ、大正期の近代建築に特有の意匠が見られます。
- 対岸の木造火の見櫓(復元):浅野川大橋の南側(橋場町側)には、明治中頃まで存在した木造の火の見櫓が復元されています。江戸・明治期と大正期の防災建築を比較して見ることができ、歴史の変遷を感じることができます。写真付きのプレートも設置されており、往時の浅野川沿いの風景をしのぶことができます。
訪問案内
浅野川大橋詰火の見櫓は、浅野川大橋の北詰(東山側)に位置し、交番のちょうど向かい側に立っています。屋外の路傍に建つ構造物のため、見学は自由で、いつでも近くから眺めることができます。なお、梯子の下部はアクリル板で保護されており、登ることはできません。
ひがし茶屋街への入口に位置しているため、茶屋街の散策と合わせて訪れるのが便利です。JR金沢駅からは城下まち金沢周遊バスなどで橋場町バス停まで約10分、そこから徒歩すぐです。車の場合は、北陸自動車道金沢東ICから東山方面へ約15分です。
周辺の観光スポット
火の見櫓は金沢でも屈指の観光エリアに位置しており、徒歩圏内に多彩な名所があります。
- ひがし茶屋街:江戸時代の茶屋建築が美しく保存された重要伝統的建造物群保存地区。国の重要文化財に指定されているお茶屋「志摩」では内部見学が可能です。
- 浅野川大橋:大正11年(1922年)に建造された3径間連続RCアーチ橋で、こちらも国の登録有形文化財。大正ロマンの風情を今に伝える美しい橋です。
- 主計町茶屋街:浅野川の西岸に位置する風情豊かな茶屋街。細い路地と伝統的な木造建築が並ぶ静かな界隈です。
- 梅ノ橋:浅野川大橋の上流に架かる歩行者・自転車専用の橋で、浅野川と周辺の歴史的町並みの美しい眺望が楽しめます。
- 金沢城公園・兼六園:加賀藩の居城跡と日本三名園の一つ。火の見櫓から南西へ徒歩約15分です。
Q&A
- 火の見櫓とはどのような建物ですか?
- 火の見櫓は、火災の早期発見と警報のために設けられた監視塔です。見張り番が高所から周囲を見渡して火災を発見し、半鐘を打ち鳴らして町民や消防組に知らせる役割を果たしていました。木造家屋が密集した日本の城下町では、防災上きわめて重要な施設でした。
- なぜ建設当時より低くなっているのですか?
- 大正13年の建設当初は約23メートルの高さがありましたが、昭和46年(1971年)に老朽化のため上部が切断され、現在の約11メートルになりました。このため、基部の太さに対して高さが低い独特のプロポーションとなっています。
- 火の見櫓に登ることはできますか?
- いいえ、安全上の理由から梯子の下部がアクリル板で保護されており、登ることはできません。ただし、屋外に立つ構造物のため、間近から自由に見学・撮影することが可能です。
- 「金沢の三櫓」とは何ですか?
- かつて金沢市内には浅野川大橋詰、犀川大橋の橋詰(蛤坂の上り口)、下堤町の3か所に火の見櫓があり、「金沢の三櫓」と呼ばれていました。しかし、犀川大橋詰と下堤町の櫓は現存せず、唯一残るのがこの浅野川大橋詰の火の見櫓です。
- 見学に料金はかかりますか?
- 料金はかかりません。浅野川大橋のたもとに立つ屋外の構造物のため、いつでも無料で自由に見学できます。ひがし茶屋街の散策と合わせてお立ち寄りください。
基本情報
| 名称 | 浅野川大橋詰火の見櫓(あさのがわおおはしづめひのみやぐら) |
|---|---|
| 建造年 | 大正13年(1924年);昭和46年(1971年)改造 |
| 構造 | 鉄骨造、三角形平面、高さ約11m(手摺を含む) |
| 施工 | 高田商会(金沢市内) |
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(建造物)、平成17年(2005年)11月10日登録 |
| 所有者 | 金沢市 |
| 所在地 | 〒920-0831 石川県金沢市東山3-1-2先(浅野川大橋北詰) |
| アクセス | JR金沢駅から城下まち金沢周遊バスで橋場町バス停下車、徒歩すぐ(約10分) |
参考文献
- 浅野川大橋詰火の見櫓 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/184863
- 浅野川大橋詰に火の見櫓あり - 金沢日和
- https://www.kanazawabiyori.com/editors/2015/05/1843.html
- 浅野川大橋 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E9%87%8E%E5%B7%9D%E5%A4%A7%E6%A9%8B
- 昔の「火の見櫓」が絵になる橋のたもと - いいじ金沢
- https://iijikanazawa.com/news/contributiondetail.php?cid=6150
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004953
最終更新日: 2026.03.28