旧第九十銀行本店本館 — 盛岡に残る、近代日本建築の先駆け
岩手県盛岡市の中心部、中津川のほとりにたたずむ「旧第九十銀行本店本館」は、東北を代表する明治期のれんが造建築のひとつです。明治43年(1910年)12月に銀行本店として竣工したこの建物は、現在「もりおか啄木・賢治青春館」として保存活用され、国の重要文化財に指定された貴重な建築の内部を、無料で見学することができます。
建築・文学・明治の街並みに関心のある旅人にとって、ここはまさに静かな宝物のような場所。19世紀末ヨーロッパの建築運動と、盛岡の若き建築家の感性、そして日本を代表する文学者ふたりの青春が、一棟のれんが造の建物のなかで響き合う、特別な空間です。
近代化の時代に生まれた銀行
第九十銀行は、明治政府が殖産興業を推し進めた1878年(明治11年)、全国に設立された国立銀行のひとつとして盛岡で誕生しました。経済的役割を増していくなか、本店にふさわしい新社屋として、本館の建設計画が動き出します。明治41年に起工し、明治43年12月に竣工。落成したこの建物は、近代都市として歩み始めた盛岡の象徴となりました。
設計を担当したのは、東京帝国大学を卒業して間もない盛岡出身の若き建築家・横濱勉(よこはまつとむ)です。当時としては大型公共建築の設計を任されるのは異例のこと。横濱は、その期待に応えるかのように、時代の慣例にとらわれない、静かに革新的な作品を生み出しました。なお、横濱は石川啄木や宮沢賢治と同じく盛岡中学校の出身であり、この建物には盛岡という街の文化的なつながりが、設計者を通じて織り込まれているともいえます。
なぜ重要文化財に指定されたのか
旧第九十銀行本店本館は、2004年(平成16年)7月6日、国の重要文化財に指定されました。その評価の核心は、当時としてきわめて先進的な建築言語にあります。明治期の銀行建築は、神殿風の堂々たる西洋古典様式に倣い、高い吹抜けの営業室を中心に据えるのが主流でした。しかし、横濱の設計は、より静かで先を見据えたものでした。
外観は、半円アーチや屋根のドーマー窓を配したマンサード型屋根を備え、銀行建築としての重厚さをロマネスク・リヴァイヴァル様式によって表現しています。一方、内部は意匠を抑制した直線的で簡素なデザインで、19世紀末ウィーンを中心に展開した「ゼツェッシオン(分離派)」の影響がうかがえます。重厚な外観と先進的で整理された内部空間という対照的な構成は、大正期に日本で花開く表現主義建築の先駆けとも評価され、19世紀末の欧州における建築運動を、いち早く日本へ取り入れた稀有な事例として、近代建築史上きわめて重要な存在とされています。
また、2階床組のトラス梁や、2階床換気口の開閉機構など、構造・技法にも見るべき工夫が随所に施されており、技術史の観点からも見応えのある建築です。
魅力と見どころ
建物に近づくと、まず目を奪われるのは素材の調和です。壁面は端正に積まれた赤れんがで、入口や窓のアーチ、隅石には盛岡近郊・川目産の花崗岩の切石があしらわれています。屋根は天然スレートと銅板で葺かれたマンサード型を基本とし、ドーマー窓が軽やかなリズムを与えています。正面から見て非対称に構成された立面は、当時の左右対称が定番だった銀行建築のなかでもひときわ柔らかな佇まいを見せます。
旧営業室(常設展示室)
かつて窓口や客溜まりとして賑わった営業室は、現在、石川啄木と宮沢賢治の青春時代を紹介する常設展示室として生まれ変わっています。直筆の手紙や貴重な初版本、ゆかりの品々が、明治の建築空間のなかで静かに語りかけてきます。
旧金庫室「光と音の体験室 スバル」
もっとも印象的な空間のひとつが、旧金庫室を活かした体験室「スバル」。重厚な金庫扉をくぐると、宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』の世界観をモチーフにした光と音の演出が広がります。歴史的建築と現代的な表現が出会う、唯一無二の体験空間です。
旧頭取室(映像体験室)
かつて頭取が執務した部屋は、建物や啄木・賢治、そして明治期の盛岡を紹介する映像体験室として活用されています。落ち着いた空間で、街と人物の歴史を映像で味わえます。
2階展示ホール(旧総会室)
2階の広々とした展示ホールは、もとは銀行の総会室として使われていた空間。現在は啄木・賢治に関する企画展、地元ゆかりの美術展、コンサートなど、年間を通じてさまざまな催しの舞台となっています。高い天井と落ち着いた木部の意匠が、特別なひとときを演出します。
喫茶「あこがれ」
館内には、注文を受けてから豆を挽くスタイルの喫茶「あこがれ」があり、レトロな雰囲気のなかでゆったりとコーヒーを味わえます。展示鑑賞のあとの一服にぴったりの空間です。
周辺情報 — 歴史ある盛岡の街歩き
旧第九十銀行本店本館が建つ中ノ橋通周辺は、東北でも屈指の散策エリアです。盛岡はニューヨーク・タイムズ紙の「2023年に行くべき52か所」で2番目に紹介された街でもあり、この地区を歩けばその理由を実感できるはずです。
- 岩手銀行赤レンガ館(旧盛岡銀行本店本館):すぐ近くにある1911年竣工のれんが造建築。東京駅を設計した辰野金吾と盛岡出身の葛西萬司による設計で、こちらも国の重要文化財。
- プラザおでって:観光案内、レンタサイクル、中津川を望むテラスを備えた複合施設。
- 中津川河畔の遊歩道:春の桜、秋の紅葉が美しい川沿いの散策路。
- 盛岡城跡公園(岩手公園):南部氏の旧城跡に整備された風格ある公園。
- 桜山神社:境内に巨石「烏帽子岩」を擁する歴史ある神社。
- 肴町商店街:地元の工芸品や和菓子、飲食店が並ぶアーケード街。
- 盛岡てがみ館:地域ゆかりの文人たちの書簡を展示する小規模な博物館。
Q&A
- 入館料はかかりますか?
- 「もりおか啄木・賢治青春館」としての一般入館は無料です。旧営業室、旧金庫室、各展示室を含む大半の空間を無料で見学できます。なお、2階展示ホールで開催される企画展・催し物の内容によっては有料となる場合があります。
- 開館時間と休館日は?
- 開館時間は10時から18時まで(入館は17時30分まで)。休館日は毎月第2火曜日と年末年始(12月29日~1月3日)です。第2火曜日が祝日にあたる場合は開館し、その翌日が休館となります。
- 盛岡駅からのアクセス方法は?
- 盛岡駅からタクシーで約10分。バスの場合は岩手県交通「水道橋行き」(所要時間約20分)に乗車し「青春館前」下車すぐ、または「でんでんむし号」で「盛岡バスセンター」下車徒歩約3分が便利です。
- 館内で写真撮影はできますか?
- 撮影された建物や展示物の写真・動画は、個人的に楽しむ非営利目的の範囲でご利用いただけます。展示資料保護のため、ご不明な点はスタッフにお声がけください。
- 見学にはどれくらい時間がかかりますか?
- 建築鑑賞と展示見学を合わせて、おおむね45分から1時間ほどが目安です。喫茶「あこがれ」で休憩する場合はさらに30分ほど見ておくとよいでしょう。すぐ近くの岩手銀行赤レンガ館とあわせて巡るのがおすすめです。
基本情報
| 名称 | 旧第九十銀行本店本館(きゅうだいきゅうじゅうぎんこうほんてんほんかん) |
|---|---|
| 現在の用途 | もりおか啄木・賢治青春館 |
| 所在地 | 岩手県盛岡市中ノ橋通一丁目1番25号 |
| 設計 | 横濱勉(よこはまつとむ/盛岡出身) |
| 建築年 | 明治41年(1908年)起工、明治43年(1910年)12月竣工 |
| 構造・規模 | 煉瓦造、2階建、一部地下1階、建築面積264.61平方メートル、スレート及び銅板葺、煉瓦塀附属 |
| 様式 | 外観:ロマネスク・リヴァイヴァル様式/内部:ゼツェッシオン(分離派)の影響を受けた意匠(大正期の表現主義建築の先駆け) |
| 文化財指定 | 国指定重要文化財(建造物)/指定年月日:2004年(平成16年)7月6日 |
| 所有者 | 盛岡市 |
| 開館時間 | 10:00~18:00(入館は17:30まで) |
| 休館日 | 毎月第2火曜日/年末年始(12月29日~1月3日) |
| 入館料 | 無料(企画展により有料の場合あり) |
| アクセス | JR盛岡駅からタクシーで約10分/岩手県交通バス「青春館前」下車すぐ |
参考文献
- 文化遺産オンライン — 旧第九十銀行本店本館
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/177082
- 盛岡市公式ホームページ — 国指定文化財等 旧第九十銀行本店本館
- http://www.city.morioka.iwate.jp/shisei/moriokagaido/rekishi/1009335/1009340/1009346.html
- いわての文化情報大事典 — 旧第九十銀行本店本館
- http://www.bunka.pref.iwate.jp/archive/hist30
- もりおか啄木・賢治青春館 公式サイト
- https://seishunkan.jp/
- 公益財団法人日本交通公社 全国観光資源台帳
- https://tabi.jtb.or.jp/res/030024-
- 旅東北 — もりおか啄木・賢治青春館(旧第九十銀行本店本館)
- https://www.tohokukanko.jp/attractions/detail_1122.html
最終更新日: 2026.05.10